そして、春。

 今シーズンは降雪がほぼ無く、一見オートバイ通学及び通勤にも差し支えないと思える天候が続いた。それでも気温が低い日は身を切るような寒さであり、道路には凍結防止の塩カルがバラまかれているのだから高嶋市の道路状況はライダーに厳しい。


 今日もリツコさんは「中さ~ん、送ってぇ~」と甘えてきた。二月・三月ならまだしも今日から四月。バイクシーズンなのだからリトルカブなりゼファーに乗っていきなさいと言うと「そっか」と答えた。


 俺に甘えるリツコさんを見たレイは「ママはあまえすぎ」と呟いた。レイは見た目こそリツコさんの血を濃く受け継いでいるが、中身は母親似とも父親似とも言えない部分が多々ある。特に食の好みは大違いで、朝食がご飯派のリツコさんに対してレイはパン派。お肉ばかり食べる肉食系なリツコさんに対してレイはお野菜もたくさん食べる。


 リツコさんに関しては夜も肉食である。


 レイはどんな大人になるだろう、レイが成人する頃の俺は六十代半ば。結婚してその先となれば七十歳までは生きねば。長生きして成長をリツコさんと共に見守りたいものだ。


 四月は年度初め、家族写真を撮るのがここ数年の我が家の恒例行事。最初はリツコさんと二人で、そして小さなオートバイが少し増えてからレイが産まれて三人で。小さな命はすくすく育って今ではお転婆な仔猫、見た目だけでなく行動もリツコさんそっくりなミニチュアリツコさんになってきた。


 最近のレイは俺の事を『お父ちゃん』と呼び始めた。少し前までは『とと』と呼んでくれていたのだが、これが成長というものか。嬉しくもあり寂しくもある。


 朝食と身支度を終えた二人に「さぁ、今日は写真を撮るぞ」と言うと、レイに「お父ちゃんは古い、今は画像やで」と注意されてしまった。そんな俺たちを微笑みながらリツコさんは見ていた。


 店前の駐輪スペースにヤマハミント・カワサキゼファー一一〇〇・ホンダジャイロXにホンダゴリラ。そして俺とリツコさんが出会う切っ掛けになったリトルカブを並べた。リツコさんは倉庫にあるジョルカブも出したいらしいが、残念ながら整備が終わっていない。来年度の家族写真を撮るまでに仕上げるのが今後の目標だ。


 ジョルカブは整備が面倒なんだよなぁ。


 レイは幼稚園の年中さんになり、今年もリツコさんは異動せず滋賀県立高嶋高校で勤務。俺は変わらず店を続ける。育ち盛りのレイに女ざかりのリツコさん、対する俺は枯れゆくばかりのオッサン。考え方も時代についていけなくなってきたらしく、気が付けば若者から見た『あっち側』になってしまいつつある。


 リツコさんがデジカメをセットしている。この光景はもう何回目になるだろう、これから何回見られるだろう。レイに「抱っこして撮ろか?」と尋ねると「イヤ!」と返ってきた。そこへリツコさんの「準備は良いかな?」の声が。


 準備OKと答えるとタイマーをセットしたリツコさんは小走りでこちらへ来て「はい、に~っ!」と号令をかけた。なんとなく「にゃー」と聞こえた気がするのは気のせいか?


 パシャリとシャッター音が鳴り、リツコさんがカメラの元へ行き撮れた画像をチェック。今年は一発で満足のいく画像が撮れたようだ。画像を撮ったところでリツコさんの出勤時間、今年度も行ってらっしゃいのチューは継続中。俺たちの様子を見て覚えたのかレイが浅井さんちの楓君にチューをしたりするのだが、まぁ子供同士やからいいか。


 リツコさんを見送るとレイを幼稚園のバスに乗せる時間だ。お転婆な彼女はネコを思わせるしなやかな動きで「おはよーございますっ!」と保母さんに元気な挨拶をしてバスに乗り込んだ。


 元気が有れば割と何でもできる、世の中って案外そういうものだろう。


 レイを見送ってからの俺は朝食後に店を開けた。今日も高嶋市は平和そのもの、天下泰平事も無し……。


 店を開けているとポツポツと来客が有る。ご近所さんに自転車だったりお買い物スクーターだったり。午後からはバイク通学をしている高嶋高校の生徒もやってきた。冬の間に乗らなかったらエンジンがかからなくなったらしい。仕方がないから電車で通ったというので「冬眠の時はキャブのガソリンを空にしてバッテリーの端子を外すとええで」と伝えておいた。恐らくバッテリーの充電とキャブレターの掃除で解決するだろう。しばらく放ったらかしにしていたオートバイなんてそんなもんだ。


 そして、この春からオートバイ通学を始める学生もやって来る。免許取り立ての若者を正しいライダーに育てるのが車輪の会加盟店の役割でもある。オートバイの楽しさを若者に伝え、オートバイで広がる世界を若者に教える。決して暴走族などにならぬように導かないと……。


 ここは滋賀県高嶋市、京都や大阪から「何もない」と言われる滋賀県の中でも特徴のない高嶋市。その中でも我が大島サイクルのある安曇河町は田舎だ。小さな町にある小さな商店街、その中にある小さなオートバイを専門に扱う小さなオートバイショップ、それが我が大島サイクル。


 店を訪れた若者に、今年も俺は問うだろう。


「いらっしゃい、どんなバイクが欲しいかな? 予算は? どんなふうに使う? オートバイに何を求める? 条件を聞こう……」


                     大島サイクル営業中(完)

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大島サイクル営業中 京丁椎 @kogannokaze1976

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