2-6. ベルの戦い

荒野を一人の青年が必死の思いで馬を走らせていた。

(早く!!1秒でも早く!!)

馬の限界を超えた走りのおかげなのか、青年の祈りが通じたのか。

青年は、魔物に襲われた様子が無いミラの街を見て、一先ずの安心を得た。

が、危機が回避されたわけでは無い。

馬を走らせながら、城門に居た騎士に向けて大声で叫んでいた。

「城門を開けてください!!そして、国王と騎士団、学術院を集めてください!!」

騎士は、馬で駆けてくる青年が学術院のベルで有る事が分かり、急いで城門を開けた。

別の騎士達は、各々、伝令として街の中に入っていった。

ここからの対応で、街の未来が大きく変わってしまう。

ベルは、その頭脳をフル回転させて、対応策を検討していた。

魔物が到着する前に防衛準備が終わらなければ、悲惨な未来が待っている。

それだけは、神様が許したとしても、ベルが許さない。

ベルは駆けてきた速度のまま街に入り、国王がいる城に急いだ。


城の大会議場には、国王を始めとして要職の面々が集まっていた。

ベルは、揃った全員に向けて真剣な眼差しで告げた。

「皆様、お集まり頂き有り難う御座います。

今、このミラの街に未曾有の危機が迫っております。

先日、エガリテ王国の闘技大会で突然現れたという変種のガルムの大群が迫ってきております。」

ベルの報告を聞いた全員が驚愕の顔を見せ、互いに視線を通わす。

「ガルムの数が不明ですが、相当数迫っていると考えられます。

その為、私は国王様に『最高防衛体制の発令』をお願い致したいです」

『最高防衛体制の発令』

これは、国の総力をもって迫り来る外敵に対する際に発令されるもので、

過去、一度も発令された事のないもので有る。

年に数度、国民も含めて訓練を行っているが、実際に発令される事は無いだろうと思われていた。

だが、ベルは今回の危急に対して発令を求めている。

現場を見てきた学術院きっての秀才が、こう言うのである。

どれだけ緊急性と危険性が高いか、判らない者はこの場には居ない。

国王が重い口を開き、一言だけ告げた。

「『最高防衛体制の発令』を行う。防衛指揮官としてベル、お前が充たれ。

禁術以外の使用も許可する。なんとしても、街を守れ」

その言葉を受け、ベルは姿勢を正し応えた。

「畏まりました」

そう答えたベルは、早速指揮を飛ばし始める。

「まず、国民の避難が最優先です。地下の巨大防護構造体シェルターに全国民を避難させて下さい。騎士団の1/3でこの避難誘導を行って下さい。

次に、外壁の全魔装砲塔ラケーテンの解除と準備を学術院総出で行って下さい。魔装弾バレットについては、備蓄全部を各魔装砲塔ラケーテンに分けて配備して下さい。

残りの騎士団の皆さんは、第1次・第2次防衛線の構築を行って下さい。

皆さん、これは時間との闘いです。迅速な対応をお願いします」

ベルの指示を聞いた各員は肯き、急ぎ現場に向かった。

「国王、私は中央統轄塔で戦線の指示を出します」

それを聞いた国王はベルの瞳を見つめ、肯いた。

ミラの街の命運を分けた戦いが始まろうとしていた。


中央統轄塔でベルは、各部署からの報告を受けていた。

「第1から第6区画は避難完了しました。混乱のせいか第7と第8区画が若干の遅れが出ているようです」

国民の動揺と混乱は仕方ないものである。

焦る気持ちを押し込めながら、ベルは努めて冷静に指示を出す。

「時間が無いですが、怪我人が出ては意味が無いです。騎士団には急ぐ様に言って下さい。

魔装砲塔ラケーテンの展開と防衛線の構築の方はどうなってますか?」

魔法念話チャントで各部隊と連絡を取り合ってる女騎士が報告する。

魔装砲塔ラケーテンの展開は完了しています。

防衛線については、第1次防衛線は完了。第2次防衛線ももうすぐ終わるようです」

ベルは別の女騎士にも声を掛ける。

「展開した探査子サーチャーにガルムの反応は?」

探査子サーチャーの端末を操作していた女騎士は、水晶を見ながら答える。

「街の南東方向、距離300kmから大型の魔力反応が多数接近しています。

現在、確認出来る数は300を超えます。防衛線、接敵予想時間まで1時間です」

国民の避難も終わった様で、防衛線も構築完了の報告が上がってきた。

初手での準備は間に合った。

ベルは少しだけ安堵して、すぐに気を引き締めた。

本番はこれからだ。打つ手を間違えれば街が消える。

まだ見えぬガルムの大群の方へ眼差しを向け、肩に掛かる重圧を感じながら、ベルは拳を握りしめた。

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魔法世界《ヨルムンガンド》の異端児《マベリック》 大波 葵 @ooba_aoi

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