第5話 異世界を救って引きこもりを止める俺

 翌日、俺は異世界教会の中庭にドアを通って現れた。 

 寝過ごしていた。

 よほど疲れていたらしい、遅刻だと怒られそうだ。


 誰か居ないかと辺りを見回すと、教会の中から小さな人影がパタパタと走って来る。

 シエルだ。


「勇者様~はぶっ」


 あ、転んだ。


「ううううっ、勇者様ぁ」


 俺の側まで来たシエルは、べそをかいていた。


「転んだくらいで泣くなよ、子供かっ」

「違いますよっ! 転んで泣いてるんじゃありませんっ!」

「え? ならどうして?」


 俺の疑問にシエルはうつむいて小さな声で答える。


「だって、もう二度と会えないかと思っていたから……」

「どういうことだ?」


 顔を上げたシエルは、両目にめいっぱい涙を貯めていた。


「もう勝てそうも無いじゃないですか、それに勇者様達は誰も来てないし……」

「え、誰も来てないの?」


 俺が一番最後だと思ってたのに……。


「はい、誰も……勇者様はどうして来たんですか?

 死んじゃいますよ?」


 うーん、そうかぁ……。

 みんな諦め早いな。


「勇者様だけでも来てくれて嬉しいです。

 すごく、とっても……でも、でも、もういいです」


 涙をポロポロこぼしながらシエルは笑う。


「もういいですから、勇者様まで死ぬ事ないですよ。

 だからお帰りください。最後にお話し出来て良かったです」


 これは、この世界の人も諦めムードなんだろうな。

 だったら……。


「おい、神」

「なんだい?」

「はっ! ははー」


 神が現れ、直後に泣いていたシエルがひれ伏す。

 コントか!


「この世界の住人を、俺の世界に移住させられないのか?」

「無理だね。

 今でも君の世界の神様には、かなり無理を聞いてもらっているんだ。これ以上は厳しいな。

 大規模移民とかは無理だよ」


 今、聞き逃せない単語が……居るんだ、俺の世界にも神!

 いや、それはどうでもいい。


「シエルだけなら移住できるか?」

「可能だね」

「え? いいです勇者様。自分ひとりだけ逃げたり出来ません。最後まで頑張ります」


 そうか、君はそんな感じか。

 

「なら、やる事は一つだな」

「驚いたな、まだ戦う気なのかい? 君はそんなに熱心だったかな? どうしてだい?」

「だ、駄目ですよ、死んじゃいますよ勇者様」


 戦う理由か……。


「俺さぁ、どんなクソゲーも投げた事ないんだよね」

「くそげ?」


 シエルはきょとんとした顔だ。


「ゲームではないのですよ? 死にますよ?」

「おい神、お前が言うの?

 いいんだよ、最近、気がついた事があるんだ」

「なんです?」

「俺が死ねば、俺自身にとっては世界が滅ぶのと同じだって事をさ」


 そう、俺の命なんて、元々なんの価値もない安っぽい物なんだよ。

 だから気軽に賭けられる。


「自分の力でどうにもならない物を呪ってはいけません、自分が不幸になりますよ」

「知ってるよ。

 だがな神、俺は自殺に来たわけじゃねーよ」


「策があるんだ? 乗った! 二人で出来る? いやぁ、寝坊しちゃってさぁ」


 いつの間にか、こちらの世界にやって来ていた桐生美咲がそう言った。

 お前もか。


「有るぜ、行き当たりばったりの成功率低そうな作戦がな」

「上等!」


 そう言った桐生が親指を立てる。

 俺はその顔をじっと見つめた。


「え? な、なによ?」

「あ、いや、お前って男らしいよな」

「褒めてないよねっ!?」


 桐生以外の全員が笑った。


 

 ◇



「ラスボスの形が変わっているか」


 教会の一室、魔法で送られた映像を見て、俺達は作戦を立てる。


「腕が無くなり、上部に板状の……これは盾だな。そして無数の穴があり、そこから魔力を集約したレーザーのような攻撃をしてくると」


 俺は、未だ前線に残ってくれている精鋭部隊からの報告を反芻する。


「魔力レーザーは対空砲で、半径三キロ以内に接近した物体を無条件で迎撃する。

 上空の弾幕は厚いが、反面水平方向はそれほどでもないかな?

 かなりの装甲強化が行われ、強固だった防御力が更に跳ね上がっていると。

 凄いな、前回の戦闘から学んだのか」


 この短時間で、たいした進化っぷりだ。


「これはアレだな、庵野監督的世界から来た化け物なんじゃないか?」

「あんの……誰?」


 超有名だと思うんだが、桐生は知らないか。


「その反面、速度は遅くなっていて、時速四十キロ程度になったのか」

「ねえ、これヤバくない? もう武器とか効かないんじゃ?」


 桐生がそう言って、俺の顔を見る。


「同じ攻撃は通用しないだろうな。

 もっとも、人数が足りないから出来ないけど」

「本当に作戦とかあるの?」


 桐生は不安そうな……というより呆れたような顔だ。

 マジでいい度胸してるよ、頼もしいぜ。


「ああ、むしろこの変化は好都合だ。喜べ、成功の確率は劇的に上がったぞ」

「どゆこと? あ、もしかして核兵器とか盗みに行くの?」


 なかなか物騒だな。だが違う。もっと強力なヤツだ。


「庵野監督的な暗い状況を、明るい藤子先生のノリで解決するんだよ」

「ふじこ……誰?」


 おい、まさか藤子先生も知らないのか、お前。



 ◇



 三時間後、俺達は俺達の世界で無人島の海岸に来ていた、シエルや総勢二百名の魔術師と共に。


 海岸には大小様々な金属性の球が集められていた。

 一番小さい物で砲丸程度、一番大きい物は重機のスチールボールだ。

 全て盗品だ。今度の相手は民間企業等だったので、代わりに相当の金貨を置いてきたが、ややこしい事になってしまうかもしれない。


「オープンザドア」


 重機関銃を二丁持った俺は、異世界への扉を開く。

 三秒後、異世界とつながり精鋭部隊の兵士が見えた。


「位置の確認。予測どおり移動中です」


 兵士はそう答える。


「よし、始めよう」


 俺が作戦の開始を告げる。


「分かった、オープンザドア」


 桐生が砂浜で、水平にドアを開く。

 三秒後、まるで落とし穴のように異世界への扉が開く。

 気圧の差で、向こうに風が流れ込んでいく。


「投下開始です」


 シエルの合図で、魔術師達が金属の球を落としていく。彼女の手にはこの世界の時計が握られている。

 順番は決められており、順調に投下が行われる。


「投下停止です」


 約五秒後、今度は停止の号令をシエルが発し、魔術師が従う。

 直後に異世界への扉が消滅する。


「オープンザドア」


 間髪入れずに桐生がまた扉を開く。


「よし、皆、その調子で頼むな。オープンザドア」


 俺は扉を開く言葉を口にした。


「死ぬなよ」


 桐生が親指を立てて言った。


「おう」


 俺も親指を立てて答えた。

 そして、俺の目の前に異世界への扉が開く。


 飛び込んだ異世界では、ラスボスが前方八十メートル程の場所に居た。

 少し遠いか? いやどのみち誘導は必須だ、ここで良い。


「オープンザドア」


 俺は元の世界へとつながるドアを設置した後、ラスボスを誘導すべく突進する。


 こっちだ、こっちへ来い、そう思いながら俺は両手で重機関銃の銃弾を叩き込む。

 ラスボスから俺に対する攻撃は、思ったより少なかった。


 奴の上空三千メートルから雨あられと降り注ぐ鉄球の迎撃に夢中だったからだろう。

 だが、鉄球より遥かに貫通力のある十二・七ミリ弾を受け、ラスボスの意識が俺に向けられる。


 いいぞ、ラスボスの進む方向は悪くない、だがこの弾幕の密度は危険だ。

 俺は、重機関銃を投棄して避けることに専念する、避ける、避ける、だが限界は近づいていた。


 もう無理か?


 そう思った直後、俺の体にレーザー状の魔力が当たる寸前、俺が開いた異世界と元世界をつなげる扉が現れる。


 それは、何もかも恐ろしい力で飲み込む黒穴だった。


 周囲の空気を、大地を、その他全てを容赦なく獰猛どうもうに引き寄せて、飲み込んでいく。

 当然、俺もラスボスも引き寄せられる。

 俺は全力の飛行魔法で抗う、だが、ラスボスには抵抗する手段がなかった。


 俺の百倍以上はあるだろうその重量も、むしろ引き寄せる力を増していた。


 瞬く間に引き寄せられ、その穴に落ちていくラスボス。

 やった、勝利を確信したその瞬間、断末魔のラスボスが放った魔力レーザーが俺の胸を捕らえる。


「ぐっ」


 最後の一撃を放ったラスボスは、穴の中へと跡形も無く消えた。

 そして、被弾して飛行魔法を使えなくなった俺もまっさかさまに落ちていく。


 扉が開いてから閉じるまでは、約五秒。

 あとどのくらい残っているのか分からないが、とても間に合いそうになかった。


 ここで死ぬのか、まあ俺にしてはよくやった方だよな。

 目を閉じた俺は、いきなり軟らかな感触に包まれる。


「このおおおおお」

「うわあああああ」


 驚いて目を開けると、シエルと桐生が俺を抱えて飛行魔法を使っていた。


 なぜ? どこから?

 目の前に桐生が開いたらしい扉があった。


 馬鹿共め、こんなことしたらお前らが死んでしまうだろ。


 引き寄せる力は強く、グングンと黒い穴が迫る。

 もうすぐ時間切れの筈だ、だが、そのコンマ何秒が足りない。


 くそっ、俺は死ぬ気で底力を振り絞る。

 この二人は死なせたくないと、心から思った。

 そして穴に引き寄せられる速度がほんの少し緩む。

 俺の飛行魔法が復活していた。


 俺達が穴に飲み込まれる寸前に、引き寄せる力は唐突に消えた。

 扉が閉じたのだ

 俺達三人は反動で、放たれた矢のように前方へ打ち出された。


 助かった……。

 こんな長く感じた五秒は初めてだった。



 ◇



「だっ、大丈夫ですか勇者様」


 シエルが魔法で俺の傷を治してそう言った。


「ああ、なんとかな」

「よかったぁ」


 シエルが俺の胸にすがりつく。


「よかったです……うっ、うううう」



 ◇



「うん、ラスボスの消滅を確認したよ」


 教会の中庭で、神が皆にそう告げる。


「うおおおおおおおおお」


 大歓声が辺りに轟いた。


 シエルがまた涙ぐんでいた。


「ほれ」


 桐生が悪戯っ子の様な笑顔で、俺の背中を押す。


「ちっ」


 俺はシエルの側に立ち、そっと抱きしめる。


「うわああああ、あっ、ゆうっしゃっ、さまあああああ」


 それをきっかけに、シエルは俺にしがみついて号泣を始めた。



 ◇



 ともかく慰労の為に宴が開かれるとの事で、俺達は休憩室で待たされていた。


「ねえ、で、結局あの黒い穴は何だったの?」


 桐生が、ラスボスを吸い込んだ穴について尋ねる。


「ああ、元の世界で出口をブラックホールの側につないだんだよ」

「ブラックホールって本当にあるの!?」

「なに言ってんだ? あるよ、有名だろ? 白鳥座X-1」

「へー、そうなんだ」


 あまり食いつきが良くなさそうだな。

 面白いと話題だと思うんだが。


「どこでもつながるドアで思考実験しなかったか?

 例えば深海につなぐとかさ。

 攻撃魔法とかよりぜんぜんチートだろ、こういうの」

「ふーん」



 ◇



 その後、教会の食堂で驚く程に歓待された。


「うぼぁぁ、ゆうじゃぁ、ざまぁあ、ごのだびはっ、うぼっ、げぶっごばああああぁ」


 聖光教会のトップ、シャハルディ十八世は俺の手を握り、嬉し号泣をしていた。

 この人こんなキャラだったのか……。

 涙と鼻水とよだれで顔はぐしゃぐしゃだ、汚い、いい年をしてこれはどうよ?

 だが、誰もそれを笑う者は居なかった。



「勇者様、こちらは我が国の誇る宮廷料理でございます。

 腕利きの料理人が精魂込めて作りました、どうかお召し上がりください」


「勇者様、この酒は我が国の特産で……」


「いや、お酒はちょっと……」


 未成年に勧めんなよ。いや、この世界だと禁じられてないのか?

 とにかく、色々な国の王様だか、大臣だかが、俺と桐生にやたらと自国の名産品を勧めてくる。


「馬鹿め、退くがよい。

 勇者様、こちらは我が国の誇るパティシエが生み出しましたスイーツの一品。

 どうかご賞味あれ」


「うわっすごっ! 美味しいよこれ、ほらほら、あーん」

「桐生、お前なぁ……うぐっ」


 桐生が自分のスプーンでスイーツをすくい、俺の口に押し込んだ。

 確かに甘くて美味い。


「ほらほら、シエルちゃんも」

「いえ、私は……うぐっ…………あ、美味しいです」

「でしょでしょ」


 その宴は深夜まで続いた。

 誰もが笑顔でハイテンションで、こういうのが嫌いだと思っていた俺にも、そんなに悪くないと思わせる時間だった 



 ◇



 宴も終わり、別れの時がやってきて、シエルがぴーぴー泣き出した。


「ほ、本当に、ぐずっ、ありがとうございましっ、た、ひっく、何度も、もう駄目だって、思った、です、でも、でも……

 勇者っさまが、全部、全部、えぐっ、助けて、くれて……ううっ」


 涙と鼻水で可愛い顔が台無しだ。


「本当はっ、別れたぐ、ないです、ぐずっ、でも、でも……ついていこうかな?

 ……う、ううん、駄目ですよね、そんなの、ずるるるるぅ」 


 美少女が思い切り鼻水をすすっていた。


「ふぐっ、んぐっ、ゆ、ゆうしゃっ、様、だから、わだじ、忘れません、ぐすっ絶対にっ」 


「うんうん、ぐすっ」


 桐生がもらい泣きしている。


「あ、いや、この世界と行き来できる扉は、いつでも使えるようにしておくから、これでお別れじゃないよ?」


 突然現れた神がそう言った。


「えぐ? ははー、ひっく」


 シエルが泣いてる途中でひれ伏した。


「いつでも好きに行き来してね」

「えーっ、台無しだよ。私の感動を返せ」


 桐生が片手でビシっと神に突っ込みを入れる。


「まあまあ、君達は英雄だし。歓待され続けるといいよ。

 なんなら大怪盗になるのに使ってくれても良いし」

「神が犯罪勧めんなよ」

「あはは

 でも、シエルちゃんもその方がいいでしょ?」

「え……は、はい」


 そう言ったシエルは、うつむいて赤くなった。


「それに、それに、

 またあんなのが来たら、よろしくね?」


 神が満面の笑顔でそう言った。

 それが本音か!

 だがまあ、このドアは超チートだ。

 元の世界でも問題解決の役に立つだろう。

 ありがたく頂戴しておこう。



 ◇



「ほら、急がないと遅刻するよ」


 桐生が俺を急かす。

 俺は引きこもりを止めて、学校に登校する覚悟を決めた。


「もしかして怖い?」


 真顔でそう尋ねる桐生に、俺は鞄から木製の短い杖を取り出して言う。


「いや、大丈夫だ抜かりは無い。

 これを見てくれ、向こうから持ってきた魔法の道具だ。

 道具ならこっちの世界でも使えるんだよ。

 これでクラス全員を催眠にかけてだな……」

「はい、没収」


 俺の手から桐生が魔法の道具を取り上げてしまう。


「あ、てめっ、返せくそっ」

「こんなもの無くても平気だってば」


 桐生がため息混じりにそう言った。


「なんでだよ?」

「だって、あんなに勇気があったじゃない」

「あれは勇気じゃねえよ、死んでも良いと思える程に自分が無価値だったから……」

「ああ、もうっ、じゃあ私が味方だから! 何があっても君の味方になるから! 任せといて!」

 

 桐生はそう言って親指を上げた後、


「ほら、行くよ」


 俺の手をとって先へ進んでいく。


 彼女の手は触り心地が良く、道の先には暖かな日差しが溢れていた。

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思春期で引きこもりの俺は、異世界なんか救わない。 まにふぁく茶 @manifakucha

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