第4話 初めての実戦

 俺達が銃器を使用した訓練を開始して、ちょうど一週間たったその日。 

 ラスボスの手によって、また街がいくつか滅んだとのニュース飛び込んできた。


 教会の空気が重い。あちこちですすり泣くような音が聞こえる。


「襲われた街の出身者です」


 シエルがその原因を教えてくれた。


「分かります、私の住んでいた村も襲われましたから」


 彼女は遠い目をして、たった一言そう言った。

 そうか、この子の覚悟はそのせいか。



 ◇



「運命神から、十分に勝機があるとの判定が出た。

 そろそろ討伐を考えて欲しい」


 神が勇者を集めてそう言った。


「訓練が足りてないと思う。あと敵の分析も不十分だ。まだ早い、万全を期すべきだと思う。」


 俺は反対意見を述べる。

 当たり前だ、自分の命をかけるからには、最大限慎重に望みたい。


「だが、こうしてる間に、多くの人々が危険にさらされているのも事実だ」


 大学生江藤は神に同調する。


「分かってるのか? ミス一つで全員が死ぬかもしれないんだぞ」


 俺は食い下がった。


「なら皆の意見を聞きたい、今戦うのか、もっと訓練をしてから戦うのか」


 江藤は皆に問う。

 そして話し合いの末、俺達のラスボス討伐が決まった。



 とはいえ、ラスボスも異世界からの侵入者だ。

 普段はこの世界に居ない。


 突然現れて、その周囲の町を数日間かけて蹂躙し、殺しつくした後にまた異世界へと戻るのだそうだ。


 俺達は今までと同じ訓練の日々を過ごしながら、ラスボス出現の報告を待った。



 ◇



 俺達の決意を知った教会は、壮行会を開いた。

 各国の王を初めとした有力者が出席して、勇者を称え、その活躍を願う声で満ちていた。

 俺達は、この世界全ての人類に残された最後の希望だそうだ。


 だが同時に、どいつもこいつも疲れ果てた顔をし、悲壮感を漂わせていた。

 だがそれも、ラスボスによる被害の大きさを考えれば当然なのかもしれない。


 ここへ来て初めて知らされたのだが、ラスボスの所為でこの世界の人口は三分の一以下にまで減らされているのだそうだ。



 ◇



 ラスボス出現の報が教会に届いた。


 訓練中だった俺達は、世界移動に使うドアを利用して現地近辺に急行する。


 そして、被害にあった街の惨状を目にする。

 ラスボス自体は、既に別の街へ移動中との事だ。


 恐らくかなり栄えていたのであろうその街は、殺戮の限りを尽くされていた。

 建物は崩れ、燃え盛り、見渡す限り数え切れない死体が散乱している。単位は万人だろう。

 たった一匹でこれをやってのけたのか? こんな短時間で? 化け物め。


 ある者は銃弾の様な物で撃ち殺され、ある者は焼け死に、ある者は強力な力でばらばらに引き裂かれて死んでいた。


 知識として知っているのと、実際に見るのとではあまりに違いすぎた。

 勇者全員が胃の内容物を全て吐いた。もちろん俺もだ。


 この世界の人間が、なりふり構わずに必死な訳だ。

 シエルが自分の身など、どうにでもと言う訳だ。

 あまりに無常で、悲惨で、絶望的だった。



 ◇



 俺達は空を飛んでラスボスを追撃する。奴が次の街に届く前に追いつく。皆が同じ気持ちだった。


 そしてついに奴を、魔法で強化した視界に捕らえる。

 前方約三キロを、時速二百キロ以上の速度で爆走していた。


 六本足、六本腕の黒い塊。

 大きさはカバ程度だろうか? 以外に小さい。

 腕以外に無数の触手を持ち、その先端から射程の長い魔法の小型誘導弾を発射する。

 中距離では火炎放射器のような攻撃を行い、近接はその六本の腕が恐ろしい怪力を振るう。


 幾多の街を滅ぼし、数多の殺戮を行った異世界からの侵略者だ。


「よし、訓練どおり行くぞ。皆、RPGを構えろ」


 大学生江藤が支持を出す。


 俺達の頭には無線とヘルメット、そしてゴーグルが付いている。

 武装は結局、五十口径の重機関銃とRPGが一丁ずつとなった。

 全て魔法で強化してあり、重機関銃は移動しながら射撃ができるように、持ちやすく改良されていた。


 俺たちの後方には、この世界の精鋭部隊が追従してくれていて、武器弾薬の補充や治療を担当してくれる。


 彼らに俺達の世界の武器を持たせて攻撃する実験も行われていたが、傷一つ付かなかった。

 やはり勇者がやるしかないのだ。


「訓練どおり散開し攻撃を開始する。いくぞ皆!」


 江藤の号令と共に、俺達は上空からフォーメーションを組んで突撃する。


 そう、俺達は歩兵ではない。

 魔法で大幅に強化された十二・七ミリの機銃とロケット弾で武装した、超小型の攻撃機なのだ。


 機先を制する一撃として、まずロケット弾の一斉発射が行われた。


 発射機の装薬で打ち出された、世界で最も普及しているであろう対戦車兵器のロケット弾頭は、魔法による威力強化と追尾性能が付与されており、高速で疾走する目標に狙いたがわずに命中する。


「機関銃に持ち替えて射撃開始、動きを止めるなよ」


 俺達はRPGを捨て、機関銃を構える。

 設計は古く旧式だが、未だに世界中で使用されている信頼性の高い重機関銃が一斉に火を噴いた。


 銃身に冷却の魔法がかけられており、連射可能な弾数は飛躍的に増加している。

 その弾頭一発一発にも魔法がかけられ威力が増大し、更に緩やかだが目標を追尾する。


 俺達の撃ち出した大量の弾丸が、ロケット弾の直撃で足を止めた黒い大量殺戮者の頭上へと、豪雨のように襲い掛かる。


 作戦は単純なものだった。

 神が事前の情報として、敵に強力な再生能力があることを教えてくれたので、遠距離から一気に、それを上回る圧倒的火力で破壊し尽すというものだった。


 奇襲は成功したと言って良かった。


 敵は動きを止め、かろうじて残った触手の先から散発的な反撃を行う。

 その魔法による誘導弾だが、上空を高速で不規則な機動をしながら飛行する俺たちには当たらない。


 ラスボスの体積がどんどん減っていく、上部に生えていた腕はもう跡形も無い。身体も半分近くに縮んでいる。

 とはいえ、これだけの攻撃を受けて死なずに、未だに反撃を続けている事は驚きだ。

 その防御力と再生力は想定以上だった。


 これと俺達を、剣で戦わせる気だったのか? 神よ。ぞっとするぜ。


 一気に押し切らないと危険だ、俺は精鋭部隊から新しい重機関銃とRPGを受け取る。

 他の勇者達も逐次補給を受けていく。


 だが、その瞬間を狙われた。


 勇者の一人が腕を誘導弾で吹き飛ばされた。女性だった、きりもみで落ちていく。


「誰か助けて!」


 江藤が支持を出す。


「違う!」


 事前の打ち合わせでは、被弾しても他人は助けず、自力でドアから逃げ帰る事になっていた。

 救出より、他の勇者を巻き込まない事を優先する手筈だったのだ。  


 とはいえ、どのみち間に合わないか?

 ラスボスの誘導弾による追撃があれば、助けるまでもなく終わりだ。


 しかし、俺の予想に反してラスボスは追撃しなかった。しまった、これは……。


 救出に向かった二人の勇者が追いついて、負傷者を支える。その瞬間をラスボスが狙い撃った。

 犠牲者は三人になっていた。

 そして更に二人の勇者が助けに向かう。ああ、もうめちゃくちゃだ。


 最初の負傷者を餌に使ったのか。ラスボスめ頭良いじゃないか。


 救出に向かった新たな二人が、同じ様に被弾した。

 十人の勇者の内、五人が墜落し行動不能となった。 


「あっ、うああああっ!」


 ニキビが銃を捨てて、全速力でその場から逃げ出した。


「ど、どうすれば良いんだ」


 大学生江藤はオロオロと慌てるばかりだ。


「撤退だ! 最初に決めたろ! 逃げられる奴は離脱しろ! もう負け確定だ! 切り替えろ! 急げ!」


 俺は勇者全員に指示を出す。

 だが撃墜された勇者達は、ドアを開いても自力の撤退が難しそうだ。


「切り札を負傷者撤退の時間稼ぎに使う」


 俺はラスボスの直上に移動し、世界をつなぐ扉を水平に開く。


「オープンザドア」


 ドアが実際に開くまでの三秒間、奴をこの場に足止めしないといけない。

 俺一人の火力では困難な仕事だった。

 だがその時、大量の銃弾がラスボスの上に降り注ぐ。


 無事な勇者達が残ったのかと思った。

 だがそうではなく、この世界の精鋭部隊による銃撃だった。

 一応彼らも射撃の訓練を受けていたのだ。


 いくら撃っても傷一つつけられない攻撃だったが、たかが三秒を稼ぐには十分だった。

 さすがプロだ、絶妙の判断だった。


 あれ? よく見ると桐生が兵士に混じって銃撃していた。

 俺と目が合うと、親指を立てて笑った。

 すげえよ、たいした度胸だよお前。


 短い時間を稼ぎ終え、俺の空けた元世界への扉が開く。


「破片に気をつけろ」


 ラスボスから遠ざかりながら俺はそう言った。


 俺の背後では、元世界に通じるドアから一トン近い重さを持つ爆弾が落ちているはずだ。

 今回の切り札、四百三十キロの炸薬を持つ、航空機が搭載する大型爆弾だった。

 シエル達が俺達の世界で、魔法を使い宙吊りにして合図を待っていたのだ。



 ◇



 教会の中庭で負傷者の治療が行われる。

 こと治療に関して言えば、この世界の方が圧倒的に優れている。

 魔法は偉大で、大怪我をした筈の勇者達も元通りの身体を取り戻していた。


「惨敗だな、これからどうする?」


 大型爆弾の直撃でも、ラスボスをたいして削れなかった。

 アレを数十発当てられれば、なんとかなるかもしれないが。


「ともかく一晩休んでから考えよう。みんな限界の筈だ」


 大学生江藤は力なくそう言った。


 勇者は、全員が疲れ果てているようだった。

 休んでいる間にも被害は広がるだろうが仕方ない。

 今は戦えないだろう。


 押してはいた、次は勝てるかもしれない。

 いや、本当にそうか? 今回は奇襲で、こっちの手の内は相手に晒してしまったのだ。

 奴が高い知能を持っているのは、負傷者を囮に使った事からも明らかだ。

 今回ほど良い条件はもう無いのかもしれない。

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