第3話 自己流で

 俺達勇者は、この世界における戦闘方法を学ぶ事になった。

 ここはまさに剣と魔法の世界で、その講義と実習が行われる。

 どの教師も非常に優秀な上にマンツーマンで丁寧に教えてくれるので、全員が急成長していた。

 勇者全員が、この世界の頂点に立てるような才能を持っていた。


 なにより実際に魔法が使えるのが新鮮で、火の玉を飛ばして攻撃したり、空を飛んだり、武器や身体を強化して、素早く動き岩を砕いたり出来た。


 とても楽しかった。



 ◇



 だが、三日後、俺は実習の方をサボる事にした。


「どうしてなんですか? 成績優秀だって聞いてますけど……」


 シエルが不安そうに尋ねる。

 俺は、ここではずっとシエルと一緒だった。

 教会から一度、担当を替えたいという申し出が有ったが断った。


「丁寧すぎて時間の無駄だからだよ。実習なら一人でも出来る。

 それに、車輪の再発明みたいな部分も多いしな。

 この世界の教師は優秀だが、俺達の世界についても学ぶべきだ」


 シエルはぽかんとした顔になる。頭上に?マークが見えるようだ。


「それより試したい事がある。手伝ってくれ」

「はいっ、どんな事でも言いつけてください」


 今度は明らかに嬉しそうだ、シエルの感情は分かりやすい。

 子犬系だよな、しっぽがあればブンブン振っている事だろう。


「おい、神」 

「いやあ、君がやる気を出してくれて、本当に嬉しいよ」


 神は、呼べばいつでもすぐに現れる。

 シエルが驚いて平伏する。


「思ったよりも面白いゲームだったからな。

 オープンザドア」


 俺がそう言った約三秒後、世界をつなげる円が現れる。

 円の向こうに薄暗い俺の部屋が見えた。


「これって、別の場所につなげられないのか?」


「別の場所?

 ああ、出口を君の部屋以外にって事ね、出来るよ。

 君の世界のどこでも自由につなげられる。

 でも、意味なくない? 変な所に出ても、自宅に帰るのが大変だろ?」

「本気で言ってるなら、あんたも案外バカだな」

「え、僕神様なのに?」


 神が膝から崩れ落ちて、四つんばいになった。


「そういうのは要らないから、俺が自由に出口の場所を変えられるようにしてくれ」

「冷たいなぁ、分かったよ」



 ◇



 更に三日後。


「なにサボってんだ、チュー坊。

 おまえいつも居るな、引きこもりなんだって?」


 午前の講義を終えた後、俺が中庭で今日の準備をしていると、ニキビが絡んできた。


「お前がサボっている間に俺はどんどん強くなったぜ、おい見せてやろうか?」


 ああ、これはアレだ、格闘技を習い始めた馬鹿によくあるやつだ。


「お、お止めください勇者様」


 シエルが俺を庇うように立ちふさがる。

 その足がガクガクと震えている。


「かわいいねぇシエルちゃ~ん。大丈夫だよ、これは喧嘩じゃなくて教育だから」


 なんでニキビはシエルの名前を知ってるんだ?

 俺はこいつの世話係の名前なんか知らないのに。


「おい立てよチュー坊、女の子の後ろに隠れてんじゃねーぞ」


 面倒だな、だがこういうのは無視してもエスカレートするだけだ。

 しかたない、一度はっきり……。


「なにしてんのよ! あんたっ!」


 突然響いた声の方を振り向くと、腰に手を当てた桐生美咲きりゅうみさきが立っていた。 


「ああっ? お前もチュー坊だろ。口のきき方がなってねえなぁ」

「あんたに使う敬語なんて無いから」


 桐生がニキビに言い放つ。

 あ、このニキビ、今は勇者達の中でも嫌われてそうだな。


「お前から教育してやろうか? くらっ」


「勇者様ぁ! お止め下さいぃ」


 そう叫びながら走って来たのは、この世界の服を着たナイスバディの美人さんだ。


「リンダちゃーん」

「どうかお止め下さい。勇者様同士が争うなどと」


 どうやらニキビの世話係らしい。


「別に喧嘩じゃないよ。生意気なガキに教えてやってたんだ、それより、また……なっ」


 ニキビが世話係を抱きしめてキスをした。

 そのままベタベタと体中を撫で回す。


「俺頑張るからね」

「はい、ありがとうございます」


 ニキビとその世話係は、もう俺達には目もくれずに去っていった。


「見るに耐えないな」

「同感ね」


 俺の感想に桐生が同意する。

 彼女は一人だ。


「あれ? 桐生の世話係は?」

「断った。うっとうしい事この上ないわ。

 トイレの前までついてきた時は、殴ろうかと思ったもの」


 はは、やるなこいつ。


「あの、美咲様、ありがとうございました」

「大丈夫? シエルちゃん」

「はい、美咲様のおかげです」


 二人が親しげに会話をしていて驚いた。


「あれ? みんな俺の知らないところで交流してるの?

 あ……いや、寂しくなんかないからね?」


 俺は、つい本音を漏らしてしまう。

 桐生はにやりと笑った。


「馬鹿ね、この子にはあんたの事を聞かれたのよ。向こうでの事を知りたいって」


「お前っ!」


 俺の語気が荒くなる。これは見栄だ。引きこもる惨めな俺を知られたくないという、安いプライドだ。


「大丈夫。なにも話してないよ。本人から聞くようにって。

 私、同じ失敗はしないから」


 桐生がドヤ顔で親指を立てる。

 ああ……そう……。


「でも、あの、美咲さん……私、私、けがれてしまいましたぁ……」


 シエルが突然とんでもない事を言い出した。


「え……ちょっと、あんたは、そんなことしないと思ってたのに……」


 桐生が汚物を見る目を、俺に向ける。

 誤解だ。



 ◇


 

「泥棒?」

「はい、私、泥棒を……」


 俺の懸命な弁解で、一応誤解は解けたようだ。


「異世界とつながるドアは、好きな場所へ開けるんだよ。

 銀行の大金庫の中とかでも自由自在だ、俺達は大怪盗になれるぜ」

「それはそれで問題だと思うけど……」

「と言っても、盗んだのはこっちで必要になる物だけだよ。

 私欲は満たしてない」

「そっか」


 桐生は笑顔になり、それ以上追求してこない。


「あれ? 今ので納得するのか?」


「まあ、あんたがこの世界の為に、なんかしてるのは分かってるよ。

 頭良さそうだもんね」


「べ、別にこの世界とかどうでもいいし……。

 暇なだけだ。ガバガバなゲームで不具合見つけて無双とかが好きなんだよ」


 くそ、なんだろう、顔が赤くなるな。


「でもなんでシエルちゃんを連れて行くの? 

 ていうか、こっちの人間を連れていけるのね」


 桐生が不思議そうな顔をする。


「魔法が使える。

 俺達はこっちで覚えた魔法を向こうで使えないが、こっちの人間は普通に使えるんだ。

 更に、向こうでなにをされても傷つかない」


 シエルも魔法を習得していて、治療したり敵を眠らせたり空を飛ぶ事もできる。


「ああ、なるほど、やっぱ凄いねあんた」


 そう言って笑った桐生はなんだか眩しくて、俺の顔は更に赤くなった。



 ◇



「おまえさぁ、サボるなら勇者を止めろよ、もうこの世界に来るんじゃねーよ」


 またニキビが俺に絡みに来た。四日ぶりだ。

 なんでこいつは、わざわざ突っかかりに来るんだ?

 シエルは用事で席を外している。

 俺達は中庭に二人きりだ。遠くにこの世界の住人が見えはするが。


「あの子がもったいないだろ? 手放せよ、どうせやってないんだろ?

 要らないなら俺によこせよ、童貞のガキが」


 ああそうか、こいつ、シエルが目当てなんだ。その身体が……。

 腹の奥が熱くなるような感覚がする。


「なんとか言えよ」


 向かい合って立つ俺の頬を、ニキビがいきなり叩いた。

 俺は黙ったままで反撃もしない。


「俺が可愛がってやるよ、シエルちゃん。

 おい、なんとか言えよ! お前がサボってる間に俺は強くなったぞ」


 そう言って今度は脛を蹴る。

 俺は少しふらついた。


「なに黙ってるんだ? ビビってんのか? おい、勇者同士なら殺せるぜ?

 なあ、もうここに来るな、引きこもりは大人しく部屋に引きこもれよ」


 ニキビがまた俺の顔を数発、今度は拳で殴る。

 鼻の奥から液体の流れる感触がした。

 現地人が遠巻きに集まって来た。なにか叫んでいる。どうやら勇者を呼びに行ったようだ。


「俺に逆らうと殺しちゃうよ?」


 ニキビが、俺の髪を掴んでそう言った。

 俺の頬は青黒く腫れ、鼻から血が滴っている。

 このくらい分かりやすくやられていれば大丈夫か?


 更に数初殴られる間に、走ってくる勇者達が遠くに見えた。残り八人全員か、好都合だ。


「そろそろいいか」


 俺はそうつぶやく。


「ああ? そうだよ、そろそろ止めだ。火の精霊よ……」


 馬鹿め、呪文とか遅いんだよ。

 俺は懐から盗品を取り出し、ニキビの太股に向けて放つ。


 パンパンパンと、乾いた破裂音が三度響いた。


「うぎゃああああ」


 ニキビの汚らしい悲鳴があがる。


 俺達を止めようと接近していた、勇者達の足が止まっていた。


「痛ええよぉ、助けてくれえぇ」


 ニキビが転げ回っているが、誰も気にしていない。


 みんなの視線は、俺の手に握られた盗品に釘付けだ。

 それは黒い拳銃だった。


「勇者全員に話がある、もっと近くに寄ってくれ」


 そう叫んだ俺を警戒してか、恐る恐る近寄る勇者達。

 いや、一人だけ笑顔だった。

 笑顔の桐生は、俺と目が合うと親指を立ててきた。

 おい、良い度胸だな。


「色々試した結果、剣技とか無駄だと判明した」


 俺は近づいてきた勇者達に向けて話す。


「忠告してやる。俺達の世界から持ち込んだ武器を使え。

 この世界の剣と同じ様に、持ち込んだ銃器も魔法で強化できる。

 剣と現代銃器、どちらが強いかはよく分かったろ?」


 俺は銃口でニキビを指す。


「ひっ、こいつがやったんだ、こいつ、酷い奴だぁ、逮捕しろ、警察だ、死刑にしろぉ」


「しかもこれは、たかが九ミリパラベラム弾だ。

 アサルトライフル、重機関銃、対物ライフル、RPG、迫撃砲。

 威力は拳銃の比じゃないぞ。

 それに俺達は身体強化で、五十口径の重機関銃すら走りながら射撃できるんだ」


「だが、そんな物をどこから手に入れれば……」


 勇者達のリーダー格大学生、江藤が戸惑いながらも発言する。


「もう数は十分に確保してある。追加調達も可能だ。

 お前らが望むならやるよ。

 ただ条件が一つある。

 このニキビを、シエルと俺に二度と近づけるな」

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