第2話 懐柔

「つまり、俺達は異世界に召喚された勇者って事ですね」


 見かけどおり大学生だった江藤が、一通りの説明を受けた後にそう言った。


 俺が部屋から転移した場所は教会の中庭だったそうで、今は大きな食堂のような場所に移動していた。

 一列に並んだ豪華な椅子に座らされた俺達の前には、贅沢そうな料理が山ほど積まれたテーブルがあった。


「はい、そして我らがこの世界は、異世界から来た、たった一匹の侵略者によって滅亡の危機に瀕しております。

 なにとぞ十勇者様のお力でお助け願いたいのです」


 この世界最大の宗教団体を統括しているらしい、シャハルディ十八世が頭を下げた。

 彼らはテーブルの向こう側で、少し距離を置いた場所に立っている。


 オーケイ、分かった、異世界の神。お前の言葉を信じよう。

 なにかも、それに足る非常識さだ。 


 しかし、異世界転移とかベタな話だ、フィクションで何百回見ただろうか、こういう展開。


「おい、居るんだろ、出て来いよ神!」


 俺は空気を読まずにそう叫んだ。

 周りがざわめいたが、次の瞬間、神が現れて静かになる。


「良かった、信じてくれたんだね」


 テーブルの向こうに現れた神がそう言った。

 その後ろでは、異世界人達が膝を着いて頭を垂れた。


「つまり俺達は、レベルを上げてラスボス倒す事を望まれているんだな?」

「そうだね。端的な理解で助かるよ」


 俺の質問に神が答える。RPGかよ。


「言葉が通じてるけど?」

「僕が意訳してるよ」


 まあ当然か。


「なぜこの世界の人間の力で倒そうとしないんだ?」


 俺は質問を続けた。


「倒せないんだよ。この世界に存在する者は、異世界から来た存在に傷一つつける事ができない。


 これは世界の法則で、絶対に変えられない。


 逆に、この世界の生物は君たちを害せないから、安心してレベリングしてもらえるけどね」


「なぜ神が倒さない?」 

「禁じられているんだ」


 誰に!? 神上司とか居るのか?


「君達を呼ぶのがギリギリの抵抗だったんだ。

 頼むよ、力を貸して欲しい」


 神は軽く頭を下げ、今度は召喚された人間全員に語りかける。


「この世界に来るドアは使い放題。

 いつでも好きな時に来れるし、帰れる。

 暇な時に来て、レベル上げしてラスボスを倒す。

 きっとゲームみたいで楽しいよ。みんな好きでしょ? ゲーム」


 うん、まあ、そうだな等の声が勇者側から上がる。

 こいつら馬鹿なのか? 


「おい神、大事な事をサラっと流したろ」


 俺の指摘で、神の表情が暗くなる。

 やはりワザとか。こいつ信用できねえな。


「俺達ならラスボス殺せるんだよな?

 なら逆はどうなんだ?

 ラスボスは俺達を殺せるんだろ?」


 勇者側から息を呑む音が聞こえる。

 なにがゲーム感覚だ。

 結局、命をかけて戦えって話じゃねえか。


「いやぁ、ずっと黙ってるつもりはなかったんだよ。

 もう少し皆がこの世界に馴染んでから、住んでいる人々を好きになってくれてから言おうと思ったんだ」


 ばつが悪そうに神がそう言った。


「卑怯だな。情が移るのを狙ったのか」

「返す言葉も無いよ、ごめん。

 でもこのままだと、この世界の人々はみんな死ぬ。

 お願いだ、助けて欲しい」


 神が頭を下げた。同時に現地の住人が全員平伏した。


「おいこらチュー坊。お前、性格わりいな」


 勇者の中から、いきなり怒鳴り声が聞こえた。

 ニキビ面の高校生が、立ち上がって俺を睨んでいる。


「この人らは、こんな困ってるだろ? おい」

「だからなんだ?

 お前は見ず知らずの相手でも、他人が困っていたら命を差し出すのか?

 なら紛争地帯にでも行って死んで来い」


 俺の正当な反論に、ニキビの顔が怒りで赤くなる。


「ああん?」

「まあまあ、俺たちなら勝てるんですよね。そのラスボスに」


 ニキビの安っぽい恫喝どうかつさえぎるように、大学生の江藤が神に質問をする。


「うん、それは保障する。運命神がそう言ってるからね」

「運命神とはなんです?」

「別世界の、僕より上位の神様だよ」


 上位? やっぱり居るのか神上司。


「分かりました」


 江藤は勇者達を見回す。


「なあ皆、僕はこの人達を助けてあげたいと思う。

 皆はどうだろう?」

「いいね」「賛成」「やるぞ」「おーっ」


 江藤の馬鹿な提案に、俺以外の全員が賛成のようだった。

 いきなり拉致らちられて、他人の為に命がけで戦うだと? 


「おいおい待てよ、どんなお人好しだよ」

「お前はもう黙れや! 臆病者がっ」


 ニキビがまた俺に絡む。


「いいからほっとけよ」

「そうさ、あんな奴」

「まだガキだしな」


 どうやら他の勇者連中もニキビに賛成のようだった。

 馬鹿共め、勝手にしろ。


「勇者の皆様には、専任のお世話係をお付けさせて頂きたいと思います。

 どんな御用でも気兼ねなくお申し付けください。

 今日は個室を用意しました。

 まずはそこで、この世界の詳しい説明などを、お世話係からさせて頂きたく思います」


 シャハルディ十八世がそう言った。



 ◇



「始めましてシエルと申します。聖女見習いです」


 そう言ってぺこりとお辞儀をした俺のお世話係とやらは、同い年くらいの少女だった。


 小柄で華奢な身体とサラサラ銀色のロングヘア、タレ目気味の黄色い瞳と繊細(せんさい)に整った鼻と口で、どこか現実味に欠けるほど美しい。

 しかし聖女見習いね、この世界の聖女は宗教上の役職なのだろうか?


 そして、そんな彼女が俺を案内した個室は十五畳程度の広さで、中央に豪華なキングサイズのベッドが置いてあった。

 俺達はその上に並んで座っていた。


 ここ寝室だろ?


 分断してなにか仕掛けてくるとは思ったけど、色仕掛けかよ! ここ教会じゃなかったか?

 そういえば男の勇者には女、女には男が割り当てられていたな。

 しかも、どいつもこいつも可愛かったりイケメンだったりしていた。

 露骨すぎる。


「あの……勇者様の世界ではまだ夜中だと聞きました。

 で、ですから朝までここでお休みくださいとのことです。

 それで……あの……よろしければ、私を……」


 シエルは緊張で微かに震えていた。

 無理もない。こんな少女が娼婦の真似事をやらされているのだ。


「お前はこれでいいのかよ?」


 俺の怒り含んだ声に、一歩も引くことなくシエルは答える。


「はい、あいつを倒せるなら私は何でもします。

 だから、勇者様……」

 

 シエルが俺に身を寄せて手を握る。


「くっ」


 俺はその手を強引に振りほどき、立ち上がる。


「ご、ごめんなさい。お気に触ったなら謝ります」


 そんな俺に平謝りするシエル。

 くそ、吐き気がする。最低だ。


「オープンザドア」


 俺は耐え切れず、自分の部屋へ逃げ帰った。



 ◇



「勇者様! 良かった、もう来てくださらないかと思ってましたぁ」


 翌日、また異世界へ出かけた俺の顔を見て、シエルが泣きながら走り寄って来た……あ、転んだ。


「……うううう」

「慌てるからだ、バーカ」

「え、えへへ」


 馬鹿にされたのにシエルは嬉しそうだ。


「暇だったからだよ、ただそれだけだ」

「はい、嬉しいです」


 会話が噛みあわない。だが、不思議と不快感は無かった。

 よく見れば彼女の両目が腫れていた。

 こいつ、ずっと泣いていたんじゃないだろうな?

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