思春期で引きこもりの俺は、異世界なんか救わない。

まにふぁく茶

第1話 異世界へ

「あ~、人類なんて滅びれば良いのに」


 深夜一時、俺は自分の部屋でネトゲの画面を閉じてそうつぶやいた。

 そしてすぐ、その月並みな陳腐さに、むしろ自分が滅びたくなり身悶える。


 本当に人間なんてくだらない。大嫌いだ。 

 人間が好きだとか公言する芸能人とかが居るけど、絶対に本音じゃないだろ、あれ。


「う~ん、さすがは中学三年生。盛大にこじらせてるねぇ」


 突然背後から見知らぬ男の声がした。

 驚いて振り向くと、そこには安っぽい笑顔が張り付いた二十代くらいの男性が立っていた。


「やあ、田中直樹たなかなおき君。始めましてこんばんは」

「だ、誰だお前……」

「僕は神様だよ、別の世界のね。

 あ、でも、君はここ一年半程学校には行ってないから、正確には中学生じゃないのかな?」


 深夜、気が付くと知らない男が背後に居た、その恐怖を理解してもらえるだろうか?

 だが、それでも俺は自己防衛の為に勇気を振り絞る。


「神とかふざけて……あ、そうか、引きこもりを外に出す業者とかだな。くそっ両親あいつらめっ」


 俺は椅子から降りて、自称神様を追い出す為にドアに向かって押す。

 軽いな。

 内側からしか開錠できない部屋の鍵を開き、ドアから廊下へ神を追い出した。


 ふう……。


 鍵を閉め、一息ついて振り返ると。


「酷いなぁ、いきなり締め出すなんて」


 部屋の中に自称神が居た、たった今、廊下へ追い出した筈の。


 なに?


 俺は鍵を確認する……閉まったままだ。


「お前、何者だ……」


 俺の声が緊張で震える。

 有り得ない事が起こっていた。

 考えて見れば、こんな時間の来訪も不自然だ。

 まさか自分の人生で、夢かどうか確認するために頬をつねるなどというベタな事をする機会が訪れるとはな。

 ちゃんと痛い。


「へえ、僕が普通じゃない事をもう理解してくれたんだ。

 さすが運命神が示した子だ、冷静で頭の回転も早い。

 この調子でサクサク行こう。

 『オープンザドア』と言ってくれるかな?」


 なんでいきなり英語なんだよ? しかも思い切りカタカナ発音じゃねえか。

 ドアを開く? 何の?


「頼むよ、それで僕が異世界の神様だって証明出来ると思うから」


 何が起こるって言うんだ?

 あ、クソ、好奇心が抑えきれない。


「……オープンザドア」


 言っちゃったよ……あれ?

 

「なにも起きねえじゃねーか……」

「ごめんね、ちょっとラグが有るんだよ、三秒くらいかな?」

「なに言って……」


 言いかけた俺の目の前に、丸く光る何かが現れた。

 光る円の直径は一メートル六十センチ程だろうか?

 まるで昼の日差しのような明るさが、夜の室内に慣れた俺の目を焼く。


「うおっ、まぶしっ」

「五秒で閉じるから急いで」

「なに?」

「いいから」


 ドンっと、目を眩ませていた俺を自称神が突き飛ばした。

 俺はつんのめり、前に数歩進んだ。


「てめっ」


 うおおおおおおっと歓声が上がる。

 なんだ? 誰だ?

 やっと明るさに目が慣れた俺は辺りを見回す。

 そこは日差しが降り注ぐ、見慣れない建築物の中庭といった感じの場所だった。


 中庭の中央には、俺を含めた十人の人間が居る。

 全員が俺と同じ様に現代の服装をしていた。

 そして、俺達の周囲を大勢の人間が取り囲んでいる。

 彼らは奇妙な、どこか時代錯誤な感じがする服装をしていた。


「新しい勇者様がまた光臨なされたぞ」

「十人目だ、これで最後だな」


 え? 俺の部屋は?

 なんだこれ? どこだここ?


「あれ? あんた田中?」


 俺は名を呼ばれ、声の方向を振り向く。

 そこには、長い黒髪をツインテールにまとめ、ややつり目に可愛らしい鼻と口、快活そうだが少しだけキツそうな印象も与える美少女が居た。

 そして、俺はその少女に見覚えがあった。


「ぷっ、なにそれ、学校指定のジャージ?」


 人の格好を見て笑う失礼なこの少女は、中学のクラスメートだ。

 中学で二年間、同じ学級でクラス委員をしており、俺の家に時々来てはプリントなどを置いていく。

 たしか名前は……


「山田花子?」

「一文字も合ってないんだけど!? 美咲よ! 桐生美咲きりゅうみさき!」


 憤慨する彼女の服装は学校の制服だった。


「桐生はなんで制服なんだよ? 深夜だったろ?」

「え? 着替える時間をくれたでしょ? 神様が」


 桐生はなにを言ってるのか? という顔だ。

 おい、ふざけんな神。


「知り合いかい、桐生さん」


 桐生の後ろから、大学生といった感じの男性が声をかけてきた。

 同じ中央に居る十人の中の一人だ。


「うん、江藤さん、中学で同じクラスの子。

 あ、でもイジメで不登校だから、実際は……」

「おいっ」


 この女、俺の事情を勝手に他人に説明しやがった。


「あ……ごめん。 

 江藤さん、聞かなかった事にして」

「分かったよ」


 桐生が拝むようなポーズでそう言って、江藤という名の青年がさわやかな笑顔で応じた。


 ちっ、うぜえ。


「勇者の皆様、ようこそおいで下さいました」


 俺達を取り囲んでいた連中から、爺さんが一人前に出て話しはじめた。


わたくしは聖光教会の主席法帝、シャハルディ十八世と申します。

 突然の事でさぞ驚かれた事と存じます。

 ご説明させて頂きますので、教会内へお越しください」

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