第5話

「お疲れー!」

「お疲れさん!」

「お疲れさまです・・・」

「・・・おつかれ」

ガツンと木製のカップがぶつかり合って鳴った。僕は飲めないので、ジュースだ。アリさんもジュース。

「やーうちの新人がやってくれたなあ」

「ごめんね。私が見失っちゃったばっかりに」

「あ、いえ。大丈夫でしたから・・・」

「・・・モグモグ」

キングのテーブルを会社の4人で囲んでいる。

リンネさんは今日は用事があるとかで、帰ってしまった。僕は、ちょっとガッカリした。

テーブルには山盛りの焼いた肉と野菜、固いパン。あのスープスパゲティらしきものも乗っている。気に入ったと思われちゃったのかなあ。

「胡椒はいい思いつきだったな。目潰しは元々こっちにもあるんだが、液体で瓶詰めだ。重くって持って歩きたがらない。袋で持ち運べるなんて、冒険屋には最適だ」

「調味料としても使えますし・・・」

僕が言うと社長は

「いや、無理だな。目潰しを口にするなんて考えもしないさ。そういう性格だって話したろ?」

ガッハッハと笑った。

「それより驚いたのは、巨人族よ!」

ルンネさんが、コップをダンとテーブルに叩きつけて言った。

「森から出てきているのを見たのは初めてだったわ」

うっとりと空を見つめている。そんなにすごい人たちなのか。巨人族って。

「巨人族と近づけたのは、上出来も上出来。何しろ、巨人族はあの巨大な森から出ることは滅多にない。なかなか会えるもんじゃあないんだ」

「そうなんですか・・・」

あの子は迷子になって、その森から出てしまったんだな。心細そうに、泣きじゃくっていた顔を思い出した。

「巨人族は昔、森の賢人と言われていたの」

アリさんがポツリと言った。

「それがまあ、最近じゃ、森から出てこないから臆病なんだとか、あまりしゃべらないから頭が悪いだとか言われるようになったんだがな」

社長が複雑な顔で、アリさんの言葉の後を継いだ。

「大切なことを話すなら、巨人の前でしろっていう言葉もあるのよ」

ルンネさんがフォークをクルクル回しながら言った。

「最近じゃ、それは頭が悪いからっていう話になってるんだけど、本当は口が堅いからっていう意味なのよね」

「そう、だからみんな巨人族の前では口が軽い。いろんな事を聞いているから、いい情報屋でもあるんだ」

社長がフォークで大きな肉の塊をグッサリ指して、食らいついた。

「ほんで、あの世界中を見渡せるほどのでかい森の中で、世界のことを考えてる賢人なんだ」

僕は巨人のお母さんの顔を思い出した。

怖い顔をしていたけど、僕たちが森を抜けるまで優しく見送ってくれた。中小型の怪物たちは、巨人族の目の届く所には出ないんだそうだ。

「で、ウドはどーやって巨人族と知り合ったんだ?」

社長がウリウリと肘で僕をついた。痛い・・・。

「えーっと、あの・・・友達なんだそうです。僕・・・」

そう母親に言っている子供の巨人のことを思い出して、思わず僕はフフッっと笑った。

「そうか。じゃあ、仲よくしてやれ。友達は大切だ」

社長がガッハッハと笑って、僕の背中をバンバンと叩いた。い、痛い・・・。


飲み会が終わって、倉庫の出口を抜け陰気な地下の倉庫へ出た。

錆びた手すりの付いた階段を上って、ビルの入り口へ向かう。

こちらの外は、まだ夕焼けだった。傾いたオレンジ色の光がビルの中まで入り込んでいる。

今日はこれで終わりだ。長い一日だったような気もするし、短い一瞬だったような気もするし、不思議な感じだ。

ビルの外に出ると、帰宅を急ぐたくさんのサラリーマンとすれ違った。

せかせかと歩いている、まだこれから会社へ戻って仕事するであろう人もいた。

僕も本当なら、この流れの中にいるはずだった。

軽い疲れを感じながら、電車に揺られて与えられた仕事をこなしていく。安定した仕事、安定した収入、安定した将来。

異世界では、それとまったく逆の生活を送っている人たちばかりだ。

やっていけるだろうかという不安は、初めて出社した時からずっと付きまとっている。

それでも僕はここに就職したのだから、また明日からも異世界での仕事をこなしていく。

冒険に行く不安と、危険と、期待を毎日抱えて。


とりあえず、今日は自分の世界の家に帰ろう。

お疲れさまでした。

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異世界転生者が会社を作ったらしいので、面接を受けに行ったら採用されました。 s-kill @st-999

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