第4話
途方に暮れて、大木の下にぐったりと座り込んだ。
体力はまだあるけど、どっちへ向かったらいいのか分からない。当て所もなくさ迷うのは体力を無駄に使ってしまう。
ポタリと冷たい滴が僕の頭に落ちた。こんな時に雨だ。
僕の後ろには、見上げるほどの大木が陽の光を遮っている暗い森。その下には、傘の代わりになりそうな大きな葉の植物が茂っていた。それを一本もらって、茎を持ち手に頭の上に差した。なかなか具合がいい。
傘の上に、ボタリボタリと大粒の雨が落ちてくる。森を背に葉っぱの傘を差して立っている僕の姿を想像して、昔見た大きな妖怪の出てくるアニメを思い出した。
しばらくすると、唸り声が聞こえてきた。きっと、怪物だ。
腰のベルトの間に差した剣を見る。あのネズミのように小さい怪物なら何とかなるかもしれない。でも、魔物になって狂暴化していたらとても僕には戦えない。
「ど、どうしよう・・・」
『ま・・・あ・・・』
唸り声の間に何か聞こえてきた。僕は耳を澄ませて、後ろの大木の後ろに隠れようかと少しずつ後ずさりした。
背中に大木が当たって、雨がボタボタと落ちてきた。いきなり、唸り声がうわんと響いた。僕は思わず耳を押さえて、傘代りの葉っぱを手から放してしまった。雨は僕に落ちかかってくる。それにしてもこの雨、しょっぱい。
『ま・・・ま・・・ア・・・』
またあの声が聞こえた。頭上からだ。僕は見上げた。大木よりは低い所に、大きな頭があった。その頭から、雨はボタボタと落ちてくる。
「な、なんだこりゃあー!」
大きな頭、その下の大木だと思っていた大きな頭にくっついた身体がビクッと震えた。そして、もっと大きな声でうわーんと泣き出した。
僕の大声でびっくりしたのかな?
「だ、大丈夫?」
僕ですら見上げるほどの大きな人に、間抜けな質問してるなと思ったけど泣いてるのなら慰めるしかない。泣き止んで落ち着いたら、町への道を教えてくれるかもしれないし。
それにしても泣き声はまるで、子供みたいだ。
もしかして・・・子供?3m近いこの大きさで子供・・・?ありえるのかな。
そういえば社長が、巨人族、という種族のことを話していたような気がする。
僕は、上ずった声で泣きじゃくっているその大きな人を見上げた。その間にも涙の雨が降ってくる。
ところで、僕は子供も苦手の一つだ。何しろ顔を見ただけで泣かれてしまう。なるべく近づかないのがお互いにとって平和だった。
これは離れた方がいいのかな?僕は少しずつ後ずさってみる。すると、背にした森から怪物の唸る声が聞こえてきた。ど、どうしよう。
「ど、どうしたの?」
大きな子供の方へ戻った。とにかく、なるべく優しく言ってみた。
言葉が通じるか分からなかったけど、怪物が待ち受ける森には入り込めない。となったら、泣きじゃくる子供をあやした方が僕の命が助かる確率が高い。
何かなかったかな?リュックを漁るとのポケットの中から、キャンディが1袋出てきた。
「た、食べる?飴、甘いよ」
一つ個装から出して、手のひらに載せて差し出す。大きな子供が泣き止んだ。覆っていた手が離れ、顔が見える。確かに子供のような幼い顔をしている。
僕が差し出している手を、首を傾げて見ている。そうか、と思って僕はそれを口に入れた。舐めながらにっこり笑って見せる。笑顔になっているか、分からないけど。
そして、新しいのをまた一つ手の平に載せて差し出した。
大きな子供は大きな手で、僕の手の平から飴をつまみ上げ、口に入れた。首を傾げている。1個じゃ少ないのかな?
いくつか個装を外し、それを差し出された大きな子供の手の平に乗せた。それを全部口に放り込んでしばらくモグモグしていたが、ふわーと表情が変わった。
食べ終わると僕の服を掴んで揺すった。
『もぉっと・・・もっと・・・』
身体をグラグラ揺すられて、さすがに気持ち悪くなったけど、また飴を個装から取り出してやると大きな子供は喜んで口に放り込んだ。
3回目で袋の飴は空になり、僕はゴミを鞄にしまって手を広げた。
「もう、ないんだ。ごめんね」
大きな子供は首を振ってイヤイヤをしていたが、また泣き出しそうになった。僕は慌てて大声で聞いた。
「ちょ、ちょっと待った!君、どうしたの?お母さんは?」
それに、大きな子供はしょんぼりと首をうなだれると呟くように言った。
『ま・・・いご・・・』
そう、僕もなんだ。なんて慰めにもならない。
さて困った。この子の親はどこにいるのか分からないし、幼い子供だとしたらどこに帰るのかも分からないに違いない。年は間違いなく僕の方が大人だけど、僕も異世界に不案内で道が分からない。
不思議なことに森のネズミ怪物は、こっちに近づいて来ない。この大きな子供が怖いのか、それとも巨人族という種族が天敵なのかもしれない。
事態としては膠着しているけど、今すぐに困ることもなかった。この子の親が来るまでここにいて、その時に道を尋ねたらいいんじゃないのかな。
何となくだけど言葉も通じているみたいだし、僕は大きな子供に座るように言った。素直に座ったので、その背中を優しく叩いてやると、安心したように大木に背中を持たれかけてスヤスヤと寝始めた。
僕は保護した責任として、一応、警戒態勢で周りを見渡す。向こうの森には、ネズミ怪物がウロウロしているのが見える。安心はできない。
誰か来てくれるか期待するなら、ルンネさんだけど、ここが森のずっと奥の方なら分からないかもしれない。
どうしたらいいのかな?
考えていたら、僕はウトウトと眠ってしまったらしい。
嫌な空気だ。生暖かいし、すごく臭い。低く唸る声が頭の中に響く。
うなされて僕は目を覚ました。さっきの事がトラウマになったんだろうか。
起きて目を擦りながら周りを見回して、心臓が跳ね上がった。
森の向こうのネズミ怪物がいなくなっている。
その代り、もっとでかいネズミみたいな怪物がいた。僕を襲った怪物よりずっとでかい。立ち上がれば、隣で眠っている巨人族の子供より大きいかもしれない。
茂みの向こうから、こちらを窺っている。
僕は後ろの大きな森を振り返った。こっちの森は安全なんだろうか?それとも、もっと大きな怪物が潜んでいるんだろうか。
飛び道具でもあれば、逃げる隙も作れるかもしれないけど、僕が持っているのは短剣1本だけだ。
子供を揺すって静かに起こした。両手で目を擦りながら伸びをした。そして、僕の方を首を傾げて見た。
「行 こ う」
僕は怪物を刺激しない程度の声でゆっくりと言い、巨大な木や植物の茂った森を指した。子供が首を振る。
『く・・・らい・・・』
暗い所が怖いのかな。
「大丈夫だよ。僕も、一緒だから」
僕は腰の剣を抜いて、構えて見せた。実際に使ったことは一度もないけど。
森の向こうで僕たちの様子を窺っていた怪物は、動きを止めた。嫌な予感がする。
僕はリュックの中身をばら撒いておくことにした。これに気が取られてくれれば、少し足止めにもなるかもしれない。
子供は僕に促されるまま、森へ一歩足を踏み入れた。
それと同時に動きを止めていた怪物が、ズルリズルリと森から這い出てきた。
ネズミっぽいが大きさが違う。立ち上がれば3m以上になるかもしれない。針金のような体毛が体を覆っていて、尻尾もとんでもなく太い。目玉が飛び出していて燃えるように赤い。
恐ろしい顔でこちらをギョロリと見た。そして、グルグルと低く唸り始めた。
森の入り口に足をかけていた子供が唸り声に気が付いて、振り返った。怪物を見ると恐怖に顔を引きつらせ、その場に尻もちをついて座り込んでしまった。
何とか立たせて歩かせようと頑張ったけど、身体の大きさが違う。ビクともしない。
ここを防衛線にするしかないのか。子供を背にして、僕は仁王立ちになった。
防衛できる気が全くしないけど、僕を襲っている間に子供が逃げてくれればいい。出来れば、その前にうちの商品を食べてお腹膨らませてくれるといいんだけど・・・。
乾物じゃ・・・む、無理かな?ナイフを構えた。
ネズミはズリズリと這って来る。ナイフで目を刺すくらいできるかな?1本しかないけど。
後ろで子供が泣きじゃくり始めた。大丈夫だって言ってあげたいけど、僕も大丈夫な気がこれっぽっちもしない!
いきなり背後から、グワンと頭を殴られたような衝撃を感じた。怪物もその音に怯んで、少し後ずさりした。
子供が泣きだしたのだ。さっきのようなシクシクという感じではなくって、もうとんでもない騒音だ。背後から衝撃波を受け、目の前には怪物が今まさに襲い掛かろうとしている。
まさに前門の虎、後門の狼状態。いや、後門はただ心細い思いをしている子供なんだけど。
怪物は一瞬怯んだけど、ジリジリと近づいてきている。ど、どうしよう。
子供は座り込んで泣き叫んでいるし、僕だけ逃げる訳にもいかないし・・・。
その時、いきなり地鳴りがしたかと思うと、地面がぐらぐらと揺れ出した。
僕は立っていられなくて、子供の足に掴まった。子供は一段と大きな声で泣き出した。
怪物が揺れる地面などものともせずに、ズルズルと這いながら向かってきた。飛び掛かって来なかっただけマシかな。
僕は持っていたほとんど空のリュックを、目隠しにならないかと怪物の顔に向かって投げつけた。
すると、何故か怪物がギャっと声を上げた。
泣いていた子供がピタリと泣き止み、鼻をフガフガさせた。そして、大きなくしゃみをした。
子供のくしゃみで飛ばされそうになりながらも、何とか持ちこたえた僕も、鼻がムズムズしてくしゃみが出る。
あ、胡椒だ。
ルンネさんに聞いてから新商品として、お得意先へ見せようと思って持ってきていたのを忘れていた。ビニールはダメ、軽くしろ、って社長が言ってたから、紙袋に入れて来たんだっけ。
揺れが唐突に収まった。
だけどすぐ恐ろしい咆哮が当たりに響き渡り、森中の鳥がギイギイ声を上げて一斉に飛び立った。
僕の身体もビリビリと衝撃波を受けたように震えた。
その声を聞いて、怪物の動きがピタリと止まった。とはいえ、クシックシッと姿からは想像できないかわいいくしゃみは続いている。
咆哮が聞こえたのは僕が背にしている、巨大な森の方からだ。振り返った。暗い森の中はよく見えない。だけど、太く大きな木が右へ左へなぎ倒されていく。
振動はズシンズシンと近づいてきている。子供が泣き止んだ。一つ大きなくしゃみをすると、そちらへ手を伸ばした。
『ま・・・まぁ・・・』
迎えだ。この子の親が迎えに来たんだ。それにしても大きい。大きな森の木々よりは低いが、見上げるほどだ。
大木のような手が伸びてきて、子供へ手を伸ばす。屈んで子供を抱き上げようとした。ふいに、大人の巨人親が鼻をフガフガさせた。わ、ヤバイ。
僕は慌てて子供の背中に隠れた。
『ハックショーイ!!』
巨人の大きなくしゃみで、怪物は森の向こうの崖までふっ飛んで行ってしまった。ギャアという断末魔を上げながら。
大きな顔が目の前に迫っている。鼻をゴシゴシ擦って、子供を抱き上げると足元の僕を見た。
お・・・母さん。たぶん、この子のお母さんだ。
僕も人のこと言えないのかもしれないけど、怖い顔をしている。怒っているのかなあ。
子供が何か言っているみたいだ。
『と・・・もだ・・・ち』
僕は嬉しくなってしまった。怖かったけど、今もちょっと怖いけど、久しぶりに出来た友達だった。
残念ながら、僕には巨人の大人の言葉は分からなかった。
でも、森から出た巨人のお母さんはとても目立った。おかげで
「ウド、良かった。見つかって・・・」
ルンネさんに見つけてもらえたのだ。
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