第3話
事務所は町の外れ、森の入り口にある。見た目は平屋のログハウスに近い。そこから出て森とは反対へ道なりに行けば、町に着く。大きな町じゃないけど、小さなダンジョンに近いのでそれなりに賑わっている。
町の中央にある、宿屋をしながら食事も出すキングという店に着いた。ここは、うちの会社唯一のお得意様だ。
「はあい、来たわよ」
「裏へ回れ!業者!」
店に入ったとたん、大声で怒鳴りつけられる。ルンネさんがそんな怒鳴り声にも怯まず、ズカズカと店に入って、怒鳴ったオヤジさんの正面のカウンター席に座った。
「今日は客よ!酒、持ってきて」
昼から飲むのかなあ、僕の世界だったら怒られるだけじゃ済まないよ。ネットで炎上したりして大変だあ。
「大体裏ったって、カウンター奥のあれでしょ?そう変わんないじゃないの」
ドスンと乱暴に置かれた大きな木製のカップの中身を一気に煽ると、ルンネさんが言った。そして、入り口で二人のやり取りを見ながら突っ立ている僕に気が付くと
「ほら、ウドも来て座んなさい」
と、隣の席をポンポンと叩いた。
うわ、奥の席に座ろうと思ってたのに・・・。
ここのオヤジさん、キングさんと言って店の名前の人なんだけど、お客さんを大声で怒鳴ったり、すぐ怒ってケンカしたりするので、怖くて僕はちょっと苦手だったりする。前に包丁が飛んできたこともあったし・・・。
呼ばれてしまったので、渋々、ルンネさんの隣に座る。ルンネさんはもう2杯目を口にしている。
「お父さん。もう、うるさいわよ。あら、いらっしゃい。いつものでいいわね」
奥からきた女性が、ルンネさんに気付いて言った。
「私はそれで。ウドはスパゲテとかどう?」
「あ、そうね。仕入れたから使ってみたんだけど、味見てくれるかしら?」
女性が奥へ引っ込んだ。そして焼いた肉を盛った皿をルンネさんの前へ、僕の前に肉とちょっとの野菜がスープに浮いたスパゲティの器を置いた。見た目はスープスパゲティみたいだ。
「・・・いただきます」
みんなの期待の目にビビリながら、僕はフォークを手に取った。
味は・・・肉のだしが利いたスープに塩味だけのシンプルなものだった。
正直に言えば、スパゲティは煮過ぎて伸びているし、肉はなんの肉か分からないけど灰汁も取ってないからえぐみが出てるし、野菜は生煮えでガリガリと歯ごたえが良過ぎる。塩は少量しか使ってないから、調味料に慣れ過ぎた僕の舌では味などまったく感じない。
「お、おいしい、と思います・・・」
僕は正直に答える訳にもいかず、気まずくて顔を上げられずにボソリと言った。
「そう、良かったわ。煮込んでるから柔らかくて、近所のお年寄りにも人気なのよ」
お店の女性、シエリさんが喜んで言った。店の奥から「キング最高―!!」と叫ぶ声が聞こえた。近所のお年寄りたちも食べに来ていたらしい。すぐさま「うるせえ!」とオヤジさんの怒鳴り声が飛ぶ。
これはまだしっかり煮込んであるので、食べられないことはなかった。僕は完食することに専念した。
あの日、社長が飛び出した後、また慌てて戻ってきて僕に説明したのは、この会社での仕事と扱う品物についてだった。
「仕事の説明がまだだったな。ルンネが言った通り、ここじゃ砂糖と乾麺。それもウドンやソーメンの方が売れる」
社長が大きな手で、袋に入った商品をパンパンと叩いた。
「塩は塩湖があるんだが、砂糖はこの世界にはなかった。甘味としてハチミツみたいな物はあるが、怪物を倒してドロップするアイテムだ。わざわざ自分で消費しないで、金か必要物資に変えちまう。食べるとしたら、貴族や王族くらいだろうな」
「乾麺は冒険者が持ち運ぶのに適していたから売れた。軽いし折って小さく出来るし、煮ればふやけて量が増えるしな」
社長が袋から出して、箱に移した。
「売る時は袋から絶対出してくれ。ビニール袋なんてものはこっちにはない。怪しがられて、疑われたら面倒だ」
「疑われる・・・?」
僕が疑問を口にすると、アリさんが答えた。
「魔王の仲間と思われるのよ。変わった物や不思議な物を持っていると」
「ここは敵である魔王がいる世界だ。怪物たちも魔王の影響で狂暴化している。疑われたら、やっかいだ」
社長が、僕のポケットから覗く携帯にチラリと視線を流して言った。
「見た通り、ここは古臭い世界だ。ここで生きている奴らは、みんな伝説や言い伝え、呪いなんかを根っから信じている。それでいて頑固だ。今までの習わしを変えたりしないし、新しい物を簡単には受け入れない。出来るだけ、この世界に合わせて慎重に売ってくれ」
「死にたくなければな・・・」
社長のギロリと睨む顔が怖くて、僕はヒイッと声にならない声を上げた。
「それについては、私やリンネがサポートするから安心してちょーだい」
ルンネさんが明るく言って、拳で胸を叩いた。
「入り口に、怪しい物持って入ったら鳴るセンサー付ける?」
アリさんが言った。そんな事まで出来るんだ魔法って。
「冗談よ」
僕の関心した顔を見て、アリさんがズバッと言った。あんまり無知だから、からかわれたのかな。
「それじゃ砂糖も乾麺も大変だったんじゃ・・・」
それを僕がやるというのは無謀な気もする。
「砂糖は社長のコネで、この国内ならOKよ。王族に約束取り付けてくれたから」
ルンネさんが言った。社長って・・・何者?社長はルンネさんの横で、反り返ってガッハッハと笑っている。
「乾麺の方は、それほど難しくなかったな。元々麦はあるから、パンはある。固いパンだがな。細長いパンだって言ったら通じたわ」
言ってまたガッハッハと社長が笑った。案外力技も必要なのかも・・・。
それなら他にも冒険に便利なものありそうだけど。キャンプ用品とかあるし、米もお腹に溜まるし、冒険にはいいんじゃないかな。
「後はこの世界の住人がどういう性格かというのが重要だ」
社長は机の上に胡坐をかくと、指を折って話し始めた。
「まず、面倒なことが嫌いだ。調理時間が長い物や匂いがきつい物もNGだ。冒険じゃどこで魔物に会うか分からんからな。これで小難しい調理方法を使う食品は排除される。肉なら焼く、煮る、のみ。それ以上の調理はせん!」
一つ指が折られた。
「重い物は持っていかん。邪魔になる物も持っていかん。武器が一番優先される持ち物だ。それ以上を持って歩くのを嫌がる」
二つ目の指を折った。
「そして、何より飯より冒険が好きだ!冒険後の飲んで騒ぐのが二番目に好きだ!」
三つ目の指は折られず、そのまま両手で万歳した。
「種族や国によって多少の違いはあるが、まあそんな所だ。じゃ、頼んだぞ。行ってくる」
そう言うと、社長は本当に冒険に出て行ってしまった。
お昼を済ませると、僕たちはキングに砂糖や乾麺を納品して次の配達先へ向かうことになった。次は怪物の棲む森の向こうにある町の宿屋だ。
「社長が冒険しながら、商品を持って歩いて営業しているのよ」
ルンネさんが教えてくれた。この森の向こうの町も、それでうちの商品を知って買ってくれている訳だ。
僕も社長のように仕事が出来るだろうか。ちょっと特殊な仕事のような気もするけど、仕事という物は何でも大変だっておばあちゃんも言ってたし、頑張るしかないだろうなあ。
森の中は怪物が現れる。魔王の影響を受けていると、狂暴化して僕たちを襲ってくることがある。僕も社長から脇差しくらいの大きさの剣を持たされていた。
使い方もわからず持たされているので、手に余っている。
「ウド、来たわよ!」
ルンネさんの声で、僕は我に返った。
≪怪物が出ました。≫≪戦う?≫≪逃げる?≫ もちろん、僕は逃げるの一択。
戦ってくれるのはルンネさん。申し訳ないけど、僕に戦うのは無理だ。社長も僕たちの世界の事情は心得ているので、ルンネさんに通訳兼ボディガードを頼んでいる。
茂みに隠れてルンネさんが戦うのを見守る。僕も少しずつ怪物のことが分かり始めているけど、この怪物はそれほど強くない。大きなネズミのような怪物だ。
レベルとかで言うなら、ルンネさんがレベル100で、ネズミがレベル10とか、それくらいの差がある。
これなら安心だとホッと一息ついた僕の背後から、グルルル・・・と不穏な鳴き声が聞こえてきた。
「ウド、逃げてえ!!」
ルンネさんが僕の背後に弓を撃ったが、ギャッと仰け反りまた向かってきた。僕は茂みから這い出して、走り出した。巨大化したネズミだ。1mくらいの大きさだけど、口から何か液体を吐き出している。
「先に行って待ってて」
ルンネさんの声が聞こえた。再度、ルンネさんの放った弓が相手に突き刺さり、ギャアッという声が聞こえたが僕は無我夢中で駈け出していたので、それが断末魔の叫びだったのか分からない。
駆けても駆けても森が切れない。確かこっちへ向かえば、町の入り口になっているはずなのに・・・。
息が切れて立ち止った。しばらくゼエハアと息を整えていたが、落ち着いた頃、周りを見回し、僕は町の入り口に向かっていないのだと気が付いた。
そして、森の行き止まり、その先のそびえる巨大な森の塊を見上げた。
僕は、異世界の怪物の出る森で迷ったのだ。
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