第2話

というのが、3か月前のことで、あの後、冒険に行ってくるわと飛び出して行ってしまった社長の後を次いで説明してくれたのがルンネさんだった。

社長は昔、僕たちの世界で事故にあって死んでしまい、異世界へ転生したのだと言う。

前世の記憶が残っていたので、もとに世界に戻りたいと思いつつも冒険者としてそれなりに楽しくやっていた所へ、魔法使いのアリさんに出会って世界の歪みから元の世界へ道を繋げる魔法で出入りできるようになったんだそう。

もうその頃にはすっかり異世界での冒険者生活が身についていて、元の世界に戻る気にはならなかったけど、前世の記憶としてある食べ物や日用品をこちらで売れば商売になるんじゃないかと考えたらしい。

冒険者稼業もずっと冒険に出ていられるわけではなくて、怪我で治療している時や、いい依頼がなかったりすると暇なこともあるので、そういう時の臨時収入を得ようと思いつき、少しずつ販路を広げているところだという。

さて、それで売れるものに何があるかというと

「今は砂糖と麺類の乾物くらいねえ」

ルンネさんが言った。

姉御肌のルンネさんは、この世界のことをいろいろ教えてくれる、僕にとっては気のいい先輩だ。普段のお仕事は、事務員兼通訳兼ガードマン。

事務所では、お客さんと怒鳴りあいしている事が多い。初めて会った時も鰐の頭の人と怒鳴りあっていた。基本、危険と隣り合わせの冒険屋家業の多いこの世界では、荒くれ者や血気盛んな性格の人が多い。ケチを付けて少しでも値段を下げさせようと、いちゃもんを付けてくる客も多いらしい。僕の顔や図体も、こういう荒くれ者に比べればかわいいもの(というのは言い過ぎかもしれないけど・・・)。慣れている人が多いので、僕でも普通に接してもらえる。確かに社長も仕事着から冒険用の格好に着替えると、なかなか脱いだらすごいんです、な身体をしていた(傷やら筋肉やら)。

そして、ルンネさんが通訳をしてくれるのは、僕にこちらの人の言葉が分からないから。理由は、声帯が違うからではかろうかというのが社長の持論。頭や身体の大きさが違えば声も変わる。僕には鰐頭の人の言葉が分からない。だけど、人型のアリさんの言葉は分かる、という事だそうだ。

ルンネさんたちエルフは、また言葉そのものの発し方が違うので、実は本当なら言葉がまったく通じない。だけど、ルンネさんやリンネさんは人型の言葉の発音を発する形はしているので、勉強して話せるようになったという。なかなかの勉強家だ。

ルンネさんは通訳をしているだけあって、他の種族の方や民族の方たちの言葉も勉強していて、話すことが出来る。

「お前さんは身体が大きいから、巨人族とはしゃべれるかもな」

と社長は笑っていたけど、僕には荷が重いかなあ。巨人族・・・怖そう。

ルンネさんは弓の名手なので、通訳兼ボディーガードでもある。僕はこちらでは、ほとんどルンネさんと行動することが多い。こちらのお客さんの扱いも上手いので(主に怒鳴ることになるが)、とても助かっている。

さて、僕の主な仕事はお得意様への商品配達と、近場の販路の拡大。そして、代金の徴収とその使い道の模索だ。

こちらの貨幣は僕たちの世界では通用しない。もちろん両替も出来ない。となると物々交換が基本になるのだけど、僕たちの世界でもお金になるものと交換しなければ商売にならない。

だから社長は、こちらの商品を僕たちの世界でも売れるようになれば、商売として安定してやっていけることになると考えたようだ。

でも、地竜の爪とか、こちらでしか育たない薬草の種は、僕たちの世界ではお金にはならない。鉱物類が辛うじてお金になりそうだけど・・・売り先を開拓するのも僕の仕事だ。しばらくは、向こうの仕入先の人が力になってくれるから、その人にいろいろ探ってもらっている。


僕の一日は、ボロビルに出社することから始まる。

タイムカードはないので、リンネさんがノートに付けている。

仕入れしたものを確認すると、僕は、あちらの異世界へ配達に向かう。弁当だけ持っていく。余計な荷物はあっちで落としたり、盗られたりすると大変なので持っていかない。

こちらの世界では便利機能満載の携帯も、向こうでは圏外で役に立たない。

机の上の伝票を整理して、

「あ、あの、それじゃそろそろ行ってきます」

と、リンネさんに声をかける。リンネさんが書類から顔を上げて、にっこりと笑った。

「いらっしゃい、マセ。ウドさん」

「はい、行ってきます」

リンネさんの優しい声と笑顔だけで、気持ちがほんわか暖かくなる。仕事は大変だけど、頑張るぞーっと気合も入る。

「あ、おベントウ。いつも作ってくるの、いいですね」

僕が抱えている包みを見て、リンネさんがポツリと言った。僕がもうちょっと気の利いたヤツなら「リンネさんの分も作ってきましょうか?」くらい言うんだろうけど、残念過ぎるな人生を歩んできただけに到底無理だ。

「はは、大したもの作ってないんですけど・・・」

頭をかきながら、つまらない答えをするのが精一杯。

「おベントウ、かわいいから、私もいいなって思ってて・・・でも、作るのタイヘンそう」

教えましょうか?なんて言ったら、下心疑われちゃうよね。それより普通に怖がられるだけかな・・・。

「お、お料理教室とかありますよ。行ってみたら、ど、どうですか?」

「でも、こちらの世界のコト、まだよく分からなくて・・・」

「だ、大丈夫ですよ!リンネさんくらい話せれば」

「一人はコワイですね、まだ・・・慣れていません」

「そ、そうですかあ・・・」

僕が付いて行ってあげられたらいいんだろうけど、そんな事したらお料理教室の先生や生徒さんから怖がられて避けられてしまうだろうし、それじゃリンネさんが教室で教えてもらえなくなってしまうかもしれないし・・・難しいな。

シンと狭い事務所内が静まった。

「・・・いってらっしゃい」

リンネさんが少し残念そうに言った。気のせいかもしれないけど。

僕は、

「行ってきます」

と小さな声で答えて、錆びた戸を押して事務所を出た。


地下の倉庫奥にある木の扉を開けると、そこは異世界だった。

異世界入り口の番人アリさんが、待っていたように開けた扉のすぐ向こうでふよふよと浮いていた。

「遅いわよ!ウド。こっちはとっくに日が昇ってるんだから」

アリさんは社長と契約を交わしてる魔女?らしいんだけど(はっきりは教えてもらってない)、社員の内ではないらしい。が、社長やルンネさんより仕事熱心だ。主に僕に小言を言う時だけ・・・。

「社長からもルンネさんからも、僕の世界の時間に合わせて仕事していいって言われているし・・・」

「言い訳無用っ!」

ピシャンと小さな鞭で額を叩かれる。アリさんは身長は小さいけど、大きな水晶の玉に乗って浮いているので、高さは自由自在のようだ。魔女って箒に乗ってるんじゃないのかなあ。そんな事を考えていると、またピシャリと叩かれた。

「ルンネは準備万端で待ってるわよ。さっさと行ってらっしゃい!」

アリさんは、見た目は小学生くらいなのに、生きてる年齢は人にしては長いんだとか。説教する姿が、たまに田舎のおばあちゃんに被る。

「お弁当は置いてっていいわよ」

スッと鞭で木の机を指され、僕は渋々、持ってきたお弁当をそこに置いた。食い意地が張ってるなあ。アリさんの口の端から涎が垂れている。

お弁当取り上げで、今日の僕のお昼は現地調達になった。

「ウド、今日はこっちで食べるつもり?じゃ、私もまだだし、配達ついでに寄っていきましょ」

ルンネさんが弓を担いで言った。

僕は商品の入った大きなリュックを背負って、「はい」と返事をしてリンネさんの後をついていく。

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