異世界転生者が会社を作ったらしいので、面接を受けに行ったら採用されました。

s-kill

第1話

僕は、小さい頃から周りの子供より身体が大きく、大木という苗字だったので、人気の芸人にちなんで小学生の時ウド大木というあだ名を付けられた。

それでも無邪気な子供時代はまだ良かった。一緒に遊んでくれる友達もいた。

中学生になって、上下関係が厳しくなり、やんちゃ盛りの先輩たちに、身体が大きい僕は目を付けられるようになった。

実際の僕は、運動が苦手で想像の世界が好きで、図書館に入り浸り本を読むのが好きだった。

中学の間は、先輩同士の派閥争いに巻き込まれそうになったり、先輩後輩のリンチ現場に引っ張り出されそうになったり、争いごとの嫌いな僕は逃げ回るのに必死だった。

真面目に取り組んでいる勉学に遅れはなく、志望した高校に入れてホッっとしたのもつかの間、中学時代の根も葉もない噂で僕はかなりの悪、しかし誰ともつるまない一匹狼と噂されるようになっていた。

目立つのが嫌いな性質なので、少しでも身長が小さく見えるようにと背を丸めて歩くようになり、近視も少し入って目つきが悪くなり、歩いているだけで通りすがりの人まで僕を避けるようになってしまった。

僕は暴力が嫌いだったけど、身体が大きい分、頑丈にできていたので、売られた喧嘩を買うことはできないけど、少し打たれたくらいではびくともしないので、我慢して立っていることにした。

すると、喧嘩負けなしの無敵弁慶(立っている姿がそう見えるらしい)という別名を付けられ、近隣の高校生からも喧嘩を売られる日々に。

こうなると彼女なんて夢の夢、友人すらいなくなり、学業に専念するだけの毎日が続いた。おかげで志望の大学へもすんなりと進学できた。

そして、歩いているだけで因縁を付けられたり、職質を受けたりしながらも順調に大学卒業を迎えることになった。

人生のここまで、進学に関しては、勉強を頑張ってきた成果が常に出た。

しかし、就職になると大きな問題が発生したのだ。

就職するにも試験がある。特に面接が重要だ。

図体が大きく、目つきが悪い強面。友人も出来なかった僕は口下手で、大きな声を出すと周りに怖がられるので低くて小さな声にどもり気味。

いくら筆記試験や適性検査で優秀な成績を出しても、面接で落とされてしまうのだ。

面接に行き、緊張して会場の入り口に頭をぶつけてしまい、額の血をハンカチで拭きながら入り直そうとしたら「もう帰っていいから」と無下にされたこともある。

第一印象が悪過ぎる。自覚はあったけど、まさかここまでとは思わなかった。

採用どころか内定もひとつももらえず、そのまま大学を卒業してしまった。

それでも、就職浪人という言葉に恐怖を覚えながら、必死に就活に食らいついて行った。結果は惨敗。

芸術方面に才能でも有れば、自宅で絵を描くとか山奥でひっそり窯を開くとかする未来もあったかもしれないのに、勉強と身体が丈夫なだけが取り柄の運動音痴の僕はそういった事にまったく向いていなかった。

アルバイトくらいはしないと両親にも迷惑がかかると思いアルバイトの面接に行くも、それすら通らない現実。

すっかり絶望してトボトボ帰宅する途中、とある古いビルで社員募集の張り紙を見た。

『社員募集!やる気と丈夫さ優先!』

あとは簡単に基本給とか勤務時間が書いてある。その紙を剥がすと、書いてある会社の場所を確認した。この古いビルの最上階の5階にあるらしい。少し卑怯な手だけど、僕の採用不採用が決まるまで他の人に来て欲しくない。それまで社員募集の紙を隠しておきたい。

まあ、顔見てすぐ不採用を言い渡されてしまうだろうけど、それでもやる気と身体が丈夫なことだけは自信がある。

これが崖っぷちだと思って、階段で5階まで上り、その会社の古い鉄の戸を叩いた。


「はい、どうぞ」

古くて所々錆の出た戸の向こうから、奇麗な女性の声が聞こえてきた。

「失礼します」

緊張しながら、ギイと軋む戸を開ける。小さな事務所だった。入り口を入ったすぐにカウンター替わりの低い棚があり、その向こうに女性が立っている。

今まで生きてきた中で見たことのないくらいの美人だ。この世の者とも思えぬってこのことか、と息を飲んで立ち尽くした。

「あの、何か・・・?」

女性が小首を傾げてこちらを見ている。はっとする。そうだ、面接を受けに来たんだった。

「あの、表で社員募集の張り紙を見て来たのですが・・・」

女性が微笑んだ。

「そうですか。今日はちょうどシャチョーも来ますから、良かったです」

女性の言葉は少しイントネーションが違った。髪の色も変わっているし、目の色も宝石のような奇麗な青色をしているから外国人なのかもしれない。

それにしても、僕もいきなり面接に乗り込むなんてとんでもない事をしてしまった。この顔で不採用になる前に、非常識と怒鳴られるかもしれない。

今更、あまりの失態に足が震えてきた。

「あ、あの・・・面接のお約束だけして、今日は一旦帰ろうかと・・・」

正面を見ることも出来ず、カウンターを見つめながら言った。

「シャチョーはあまり、いないのです。お話だけ、していって下さい」

顔を上げると女性が眉根を寄せて困った顔をしている。勝手に面接に来た人を帰したら、怒られたりするのかな?怖い社長さんなんだろうか。

もしそうなら、この女性が可哀そうだ。今まで散々、怖い先輩や職業の方々に揉まれたおかげで僕はそれほど動じないし、折角だから社長に会うくらいはしていった方がいいかもしれない。社長直々の面接というのも珍しいし、いい経験になるかもしれない。

「はい。よろしくお願いします」

僕は思いっきり頭を下げて、カウンターの角に頭をぶつけた。ガアン、と大きな音がした。ああ、またやってしまった、と思う間もなくその尻に勢いよく開けられた戸をバアンと叩きつけられた。

「おー、すまんすまん。お客さんか?リンネ」

額から流れた血をハンカチで拭きながら振り返ると、無精髭に長いボサボサの髪を後ろに束ねた男性が立っていた。スーツではなく、白シャツにパンツというラフな格好だ。

「はい。メンセツです」

カウンターの向こうの女性が答えた。

「そうか。良いガタイだ。スポーツは?」

「したことはありませんが・・・」

あれ、面接もう始まってる?ずい分とラフな感じの会社だな。僕は大きな身体を横に寄せて、社長を通した。ドスドスと歩いてカウンターの向こうへまわり際、社長は一言。

「採用だ」

はい?今、なんて言いました?僕はしばらくポカンと口を開けて間抜けな顔を晒していた。ハッっと我に返って、カウンターに乗り出すようにして社長に話しかける。カウンターがミシリと鳴った。

「さ、採用って・・・社員として使ってもらえるんですか!?」

「ああ、人手不足なんだ。それに君は見たところ、うちの仕事と相性が良さそうだ」

社長は、狭い事務所の奥にある古い木の机にどっかり座ると、机上の書類を掴みあげそれを捲りながら答えた。

「はあ・・・」

我ながら間抜けな返事だ。ここでの仕事は募集のチラシには、主に営業と書いてあった。

見た目で採用を言い渡されるとは思わなかった。

「明日からでも来てもらえるか?」

「は、はいっ・・・」

僕は挨拶をして事務所から出ると、振り返って錆の浮いた古い戸をまじまじと見つめた。もしかしたらこれは夢で、目の前で消えてなくなるのではないかと思ったのだ。

階段を下りて1階に着くと、入り口にあの社員募集のチラシを張り直した。そして、ビルを出てまた振り返った。事務所の戸もビルも消えていない。

もしかしたら明日になった事務所ごと消えているかもしれない。こんなにうまく話が進む訳がない。今までの僕の経験で言うなら。

溜息をついて、トボトボと家へ向かって歩き出した。


次の日、ビルは昨日と同じように古びた姿で建っている。変わっていたのは、入り口に貼った社員募集のチラシが無くなっていた。

5階まで階段で上ると、事務所の戸も相変わらず錆びていた。中がもぬけの殻ということもあるんじゃないかと半ば諦めの気持ちでノックすると、昨日と同じ奇麗な女性の声で返事があった。

「はい、どうぞ」

古びたギイという音を立てながら戸を開けると、そこには昨日と同じ狭い事務所があった。

「メンセツの人、こんにちは」

女性が美しい笑顔で迎えてくれる。

「こ、こんにちは・・・あの、社長は・・・?」

「はい、もうすぐ来ます」

考えてみると、名前さえ名乗ってないことに気が付いた。

「あの、僕は大木と申します」

「オーキ、さん?」

女性は小首を傾げて繰り返した。仕草も、ちょっと上がったイントネーションも可愛らしい。

バアンと古い戸が大きく開けられ、僕はそれに背中をぶつけた。

「おっすまん。入り口は狭いんだ。さっさと入ってくれ」

事務所自体も狭いが、確かに入口も狭い。入ってすぐカウンター代りの棚の向こうに、二つ向かい合って机があり、その向こうに社長の机がデンと置いてある。

女性(昨日社長に呼ばれていた名前からリンネさんというらしい)は、向かい合った机の右側に座った。

それ以外にはファイルが少しだけ入っている古い棚が一つ、その隣に湯沸しポットと布巾をかけた盆を置いた机が一つだけ。それだけの小さい事務所だ。

「おい、お前・・・あーそうだ。名前を聞いてなかったな」

「オーキさん、です」

リンネさんが言った。

「あ、大木です。大きな木とかいて大木、と言います」

持ってきた履歴書を鞄から引っ張り出す。社長はそれを受け取るとリンネさんの机の方へ投げた。スウッと上手く机に乗った封筒をリンネさんがしげしげと見つめる。

「それ、しまっといてくれ。大木、ね。デカイな。運動何かしてたのか?」

昨日も聞かれた気がするのだが・・・。

「いえ、何もしたことはないです・・・」

「こういうのを、ウドの大木って言うんだ。な、そうだろ?」

ウドの大木って良い意味じゃないんだけど、細かい事を気にしない性格のようだ。社長は何に対しても、大らかな人なのかもしれない。僕が採用されたのも、そのおかげかもしれないのだから、僕もあまり気にしないようにしなければ。

「そ、そう言われたこともあります・・・小学生の頃ですが・・・」

「そうか、じゃウド大木でいいな。そういう芸人いたよなあ、こっちに」

「は、はあ・・・?」

あだ名で呼ぶ会社なの?大丈夫かな、この会社・・・。

「リンネもウドの方が良びやすいだろ」

リンネさんは封筒を両手の上でクルクル回していたが、社長に声をかけられると顔をこちらへ向けてにっこりと満面の笑顔を浮かべ

「はい。よろしく、です。ウドさん」

とさらりと言われてしまって、僕は、ああ、こんな風に毎日呼んでもらえるならウドでいいかもと思ってしまった。

「仕事の説明だ。うちは買って、売る。所謂、商社だ。こっちでの買い先は今のところ決まったトコとやってるが、向こうの売り先は開拓中だ」

社長は机の上の紙の束をリンネさんの机の上に乗せると

「こっちだ。ついて来い」

戸を開けて廊下へ出て行った。慌てて僕も後を追う。

社長がガンガン階段を下りる音が、静かなビルの中に響く。昨日も思ったが、このビルはあまり人気がない。

「このビルには1階と2階に別の古臭っさい会社が入ってる。うちは5階に事務所、地下が倉庫」

昨日は気付かなかったが、ビルの入り口すぐの上りの階段の裏に地下へ下りる階段があった。

暗くて湿っぽい。電灯がチカチカと瞬いている。

古くて重そうな扉を開けると、中は真っ暗だった。ムンと閉め切った場所独特の乾燥したカビのような臭いがする。

社長が手探りで電気をつけると、棚が並んでいてそこにダンボール箱がいくつか置いてあった。社長はその棚の間をズンズンと進んでいく。

箱には砂糖と書いてある。あとは乾麺くらい。乾物取扱いの会社なんだろうか。

「んで、ここが取引先だ」

バンと社長が倉庫の奥にあった扉を叩いた。倉庫の入り口の扉は鉄だったが、こちらの扉は木で出来ている。

「出来れば仕入れも始めたいと思ってな。それで人を増やしたんだ」

社長がその扉を開けた。

「あっちのメンバーも紹介しておこうか」

こっち?あっち?大雑把な説明だなあ。

社長の大らかな性格は、僕の大人しい性格とは正反対だ。上手くやっていけるかな?と、ちょっと不安になる。

いやいや。僕は首を振った。

後ろ向きなことばかり考えてもしょうがない。まずはここで働いて、頑張って、認めてもらうところから始めないと。

今まで顔と図体だけで、僕自身を評価されることは少なかった。特に社会に出ようとしたその時、強く感じたことだった。

そんな僕を、社長は一目で採用を決めてくれたのだ。

僕こそが、変わらなくてはいけない。

「おーい、ウド。こっち来い」

僕は強く頷くと、社長の後を追って扉をくぐった。

扉の向こうは、倉庫の中と違って明るかった。ログハウスのような平屋に、机と椅子がある。すべて木で出来ている。

目の前に眼鏡をかけて水晶玉のようなものに乗った女の子が浮いていた。

「そいつはこっちとあっちを繋ぐ番人、アリだ」

あ、はあどうもと頭を下げる。

その向こうに、サラリと金髪の長い髪の間から飛び出た尖った耳が特徴的な女性が立っている。

「そっちの金髪美人はこっちの事務所の受付嬢でリンネと同じエルフのルンネだ」

は、これはどうもと、また頭を下げる。

「あっちは客だな」

社長がクイと親指で指した先には、頭がどう見ても鰐の人が立っていた。よく分からない言葉で怒鳴っている。それをルンネさんが怒鳴り返しているが、その言葉も理解できない。

あ、どうもと挨拶をしようとして・・・いや、怒っているのだから誤った方がいいのかなと考えて、ハタと気付く。

「あの・・・社長。ここは、どこなんでしょう?」

地下の倉庫の扉をくぐって入ってきたのに、この事務所の窓の外に見えるのはどう見ても日の差し込む森だ。変じゃなかろうか。

「ああ、そうだったな。説明がまだだったか。ここは、まあつまり、あっち側からすると、異世界だ」

え?異世界って・・・どういうこと・・・社長やっぱり変わり者・・・ん?あれ?

もしかして・・・いや、やっぱり・・・

僕、就職先間違えたかなあ・・・?

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