〝好きになれる〟がいっぱい詰まったお話
- ★★★ Excellent!!!
将来に悩む不器用な女子大学生・千春が、偶然見つけた小さな喫茶店『いそしぎ』と関わることで、いろいろなものを見つけ成長していく物語。
ど直球のビルドゥングスロマンです。いやジャンルは恋愛となっており、もちろんそれは嘘でも間違いでもないのですけれど、でもこの内容で恋愛を看板に持ってきていること自体がもう大好き。個人的な感覚としては、「いわゆるエンタメ小説としての恋愛もの」という趣ではなく、でも、というか、〝だからこそ〟といった印象の作品。痺れました。ストーリーが最高すぎる……。
主人公の千春さんが好きです。この人物造形は魅力的すぎる……一見ごく普通の人、少なくともそこまで極端なキャラクター性を付加されているわけではないのに、なんだか無性に惹きつけられる。要領が悪く、そのうえどこかヘタレたところがあって、つまり自己評価が低くまたどちらかと言えば自責的な傾向さえ見えるのに、根っこのところが陽そのものなんですよ。なにこれどういう仕組み!? いやこれものすごくずるいっていうか、ポンコツでわりとウジウジしてそうなところにはめちゃめちゃ共感してしまうのに、基本姿勢がポジティブだから、どれだけ読んでもまったく嫌な気持ちにならない——っていうか、あっという間に好きになってしまうんです。なんだこれ……? 世に言う「人柄」ってこういうこと? もう本当に大好きです。キャラクターの造形に嘘や気取ったところがなく、素直でありのままのような手触りがあるんですよね。
この先ネタバレを含むというか、お話の内容そのものにがっつり触れているのでご注意ください。
特に好きなのが中盤の展開、マスターとの偶然の急接近の場面。一人称体で描かれるドキドキ感の、その浮き彫りにする千春という人間の輪郭が、もうびっくりするくらい心に刺さりました。
うたた寝するマスターの腕や手指、もろに〝男〟の部分に迷いなく目が行くこと。恋に対しての思いのほか直接的なスタンス、いやそれ自体は別にかまわないんですけど、でもお前普段あんだけヘタレなのに! という、そこがでも同時に「いやでも、わかるわ……それはそうだよ……」ってなるのが本当こう、もう、何? 一体どう言えば伝わるやら、とにかくたまらない絶妙さがありました。生々しいのにえぐみがないの。本当に好きになっちゃうやつ。
またその直後の財布のところ、忘れ物を届けるまでの場面も最高でした。第五話の最初の方。この辺すんごいさらっと書かれているんですけど、読み取れるものが多すぎて溺れそうになるほど。「よこしまな気持ち」「言い訳」とはっきり強い語での言及。この辺彼女は賢くて、ちゃんと自分の気持ちをわかった上で言い訳にしていて、でもそこに徹して割り切れるほどには器用でもなく、つまり気持ちは自省的というかうじうじ風なのに行動はただただ前進しまくっているという、この感じがもう本当に! お前!
加えてその直後、「何だか胸の奥がドキドキした」で完全に打ちのめされました。おい何のドキドキだそれ! いや何種類もの意味深長なドキドキが複雑に混ざり合っているのは明らかで、それを何だか思春期の初々しい恋みたいな声と顔でしれっと言い切ってしまう、この辺の機微がもうおっそろしいことになっていました。普通の人がやったら黒くなるか苦味が出るかでなきゃ粘度が増すかするはずのものを、でも普通にふわふわしたままやり切ってしまう、この千春という人間のポテンシャル。なにより、それがもう本当にただただ〝わかる〟こと。こんなの痺れないはずがない……。
その上で、というかなんというか、本当に凄かったのがこのお話の帰着点。まさかそこに着地させるとは、というのと、でも同時に「いやそれはそうだよ、うんそうでなきゃ」という深い納得感があって、もうただただ満足感がすごい。真正面から恋を描いたお話で、にもかかわらず彼女が手に入れたのはいろいろな現実で、なのに最後に辿り着いたハッピーエンド。最初から最後まで素直で優しい、ただ好きになるしかないお話でした。千春さん本当に大好き!