恋するヘタレどもよ
藤原埼玉
第1話
天井からは屋根にさらさらと控え目に打ち付ける秋雨の音が聞こえる。
残暑も人知れず通り過ぎていったこの涼し気な季節には風が孕む肌寒さと相まって簡素なこの1Kの部屋にもほんのりとうら寂しい気持ちが運ばれてくる。
…はずだった。でも今日に限っては違う。
私は横目で床座のテーブルに座す横顔をちらりと覗きみる。マスターは毛布にくるまりぼんやりと所在なさげに細長い手足を身体に引き寄せたりしてこの部屋の手狭さに順応しようとしている様子だった。
こんな異常事態にも関わらず涼しげなその表情に見とれそうになり慌てて視線を戻す。キッチンには、沸騰しかかったお湯の入ったポットとインスタントコーヒー。
喫茶店のマスターのおもてなしにインスタントコーヒーなんてどうかと思うのだけれど、本人は一向構わないということで私は…ってそうゆうことではなく。
なぜ…私の部屋にマスターが?!
ふと、居間からの視線に気付きそちらを向くと彼は少し驚いた様な顔でこちらを眺めていた。
私は引きつった笑顔でへへ、と応えるとキッチンに向き直った。どうやら狼狽の余りに盛大にキッチン相手に壁ドンならぬ台ドンをかましていたらしい。
自分の挙動不審さに呆れながらポットを覗き込む、そろそろ上げても良い頃合いだった。
「…大丈夫ですか?火傷でもされました?」
耳元で囁くような優しげな声が響き私の喉の奥から短い奇声が漏れた。
「な、なにをするんですか急に!?」
「何か手伝えることはありますか??」
マスターは老眼鏡を外しているせいか、いつもより顔が近い。色々と心臓に悪い。
「人に淹れてもらうというのはなんだか落ち着かないものですね……。はは、こうゆうのを職業病っていうんでしょうか?」
「い、いいからマスターは座っててください!!」
私に背中を押しやられてマスターはノコノコとテーブルに戻っていった。
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