第20話 夏のあの日をつかまえる

 あの日、私がつかまえた宇佐美先輩は、ファインダー越しに覗いたときと同じように、少し緊張した面持ちで今も私をまっすぐに見つめる。

 机の引き出しにしまった、大切な写真。

 もう少し笑ってくれればいいと思ったけど、少し眉を吊り上げて、怒ってるような、真剣なような、きりりとした感じの部長は、なかなかの男前に写っている。

 もう一枚には、傾いた視界に少しピンボケの画面で、胸から下の制服と、あの日つかんだ腕が写る。


 ——今俺が写真に撮った松山って、さっきまではおったんやけど……もう、おらん。あの日、あの駅の改札のとこで突っ立ってた松山も……もうどこにもおらん……


 あの時、宇佐美先輩が言いたかったこと、今なら少しわかる。

 写真の中の人は、次の瞬間にはもうそこにはいない。人だけじゃなく、風景だってそうだ。空の写真一枚にしたってそう。たぶん、命があり、生きている物全ては、一つとして同じ状態で止まるものはないように思う。

 写真とは、そんな一瞬一瞬をつかまえたものだということを、私はあの日の宇佐美先輩から教わったような気がする。

 そして、きっと人の気持ちもそうなんだな……

 ゆっくりと、あるいは突然、とにもかくにも、時間毎に、変化する。

 駅の改札で高久さんを待っていた私は、もういない……宇佐美先輩がつかまえた写真の中以外には。


 

 中学三年になり、私は今、写真部の部長をしている。

 いつかの、山田先輩の時みたいな思いを宇佐美先輩にさせないように、部長には私から立候補した。私しかいなかったから、それはすぐに決まった。

 その時も部長と私が「デキてる説」が浮上したけど、その都度うまい具合に話をはぐらかして、別の方向に持っていってくれるのは神谷先輩だった。

 ずっと感じの悪い先輩だと思っていたけど、今では神谷先輩がけっこう友達思いのいい人だったとわかった。過度なアイドルオタクの一面がなければ、更にモテたことだろう。

 カメラに関する知識も、撮影の技術もセンスも部長としての責任感も、まるで持ち合わせていなかった私。

 ただ、宇佐美先輩の背中をずっと追いかけて、先輩に置いて行かれないように、必死に手を伸ばすことで、少しずつ部長らしくなれた気がする。

 高校生になった宇佐美先輩とは、今でもたまにメールのやりとりをしている。

 会えば相変わらずお喋りな先輩は、メールではいつも素っ気ない。その素っ気なさが、私には懐かしく感じる。

 私にとって、宇佐美先輩がまだ写真部で一番浮いてるただの部長だった頃の名残のようだ。

 あの頃のように素っ気ない先輩はもういない。先輩は、今では目一杯関西弁を使い、標準語なんて滅多に出て来ない。それは、モテることを諦めたということだろうか。

 でも、私はそんな先輩がやっぱり好きだ。今では一人の男性としても好きでいる。

 でも、宇佐美先輩にはそのことはまだ伝えてない。

 先輩に彼女ができたらどうしようと思いながらも、まだ伝えられずにいる。

 この気持ちは、もう少し温めておきたい。

 私は、恋心より、もっと大事なものを先輩からもらってる。

 あの日、あの時、一緒に過ごした夏の一日。



 暑い夏の日。いっそ忘れてしまいたいと思った高久さんのこと。絶対に忘れたくないと思った宇佐美先輩のこと。

 何度でも思い出す。ことあるごとに、ふとした拍子に、これからもずっと、大人になっても……夏のあの日を思い出す。


 ——いい大人じゃなくてええから……俺も、自分で自分を自由にしときたい……


 私に、そんな言葉をくれた宇佐美先輩。

 大人になった宇佐美先輩に会いたい。

 大人になった宇佐美先輩のそばで、私はいったいどんな大人になっているのだろう。

 大人になった私は、自分で自分を自由にさせているだろうか……

 あの時、しっかりとつかんだ宇佐美先輩の腕……

 あの日つかまえた夏の日は、今も私の手の中に……

 そして、きっと、ずっと……

 一生、手放さない。



【おわり】

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夏のあの日をつかまえる 十笈ひび @hibi_toi

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