結婚生活になやんでいる人に心自販機

ちびまるフォイ

ちゃんとの~む

「おい帰ったぞ。飯できてるか」


夫が家に帰ってくると私の平穏な時間は終わりを告げる。


「おい飲み物」

「おい新聞」

「おいリモコン」


「もう! あなたがやってよ!」


「こっちは仕事で疲れてるんだよ!!」


口論もいつも同じパターンで発生する。

夫は酒が飲めないのでいつも飲むものはジュースだが

今日に限って切らしていたことで夫は激怒。


「俺が帰ってくることわかってただろ!! これくらい確認しておけ!」


と、しぶしぶ外の自販機に買いに行くことに。


「こんなはずじゃなかったんだけどなぁ……」


思い描いていた結婚生活と実生活とのギャップに打ちのめされる。

自販機のボタンを押すと取り出し口に缶が落ちてきた。


「……なにこれ?」


見たこともないジュースだった。疲れて変なの買っちゃったかも。

自販機を見上げると、そもそものラインナップすべて見たことない。


・やさし~い

・おもいや~り

・つめた~い

・わいる~ど


よくわからない表記まである。

とにかくすぐに戻らないとまた機嫌が悪くなる。

夫に飲み物を届けると、特に警戒するでもなく新聞を読みながら飲んでいた。


「おい」


「……なに? リモコン?」


「いや、ちがう。いつもありがとな」


「えっ。どうしたの急に」


「俺が仕事言っている間、家をきれいにしているのはお前だろう。

 食器を洗うのもお前で、服を洗って干して畳むのもお前。

 俺が仕事だけしかやらなくていいのはすべてお前の支え合ってこそだ。

 本当にありがとう」


夫はまるで別人のようになっていた。

翌日、元通りの暴君と化したので夢か何かだと思うようになった。


「あ、昨日の自販機……」


ふと昨日のおかしな自販機を気になってまた買いに行った。

思えば、ここのジュースを飲ませてから一時的に夫が変わった。


昨日は暗くて見えなかったけど『心自販機』と書かれている。


昨日と同じボタンを押すと「おもいや~り」のジュースが出てきた。

しれっと夫に飲ませると、ふたたび思いやりにあふれた夫になった。


「今日は俺がやるよ。お前は今日くらい休みな」


「これは……すごい!!」


ジュースの効き目はもって1日程度なので、自販機の前でボタンを連打。

鬼のように出てくるジュースを抱えて家の冷蔵庫にストックした。


「これで私のハッピーライフが続けられるわ!!」


思いやりジュースを飲ませ続けたせいか、夫はみるみる優しくなる。


「疲れてないか? マッサージするよ」

「はい、今日の晩御飯。腕によりをかけたよ」

「休日は君の行きたい場所に行こうか」


「そうねぇ、それじゃ温泉!」

「もちろんだよ」


「ありがとう! もう最高の夫ね!!」


思いやりジュースさまさま。

でも、まだまだ完璧じゃない。


「ねぇビールとって」

「ねぇ、スマホ」

「ねぇリモコン」


「はいどうぞ」


「遅い。もう私が言い始める前に察してよ~~」


夫にはまだまだ思いやりが足りない。

こんなにも頑張っている私をねぎらうべき。


ストックが切れ始めたので心自販機に行くと「売り切れ」の文字が出ていた。

しかも「おもいや~り」の部分にだけ。


「もう! 肝心な時に売り切れなんて! 私以外に買ったバカは誰よ!

 ……まあいいわ。別のにもいいことはあるだろうし」


「やさし~い」と書かれているボタンを押した。

取り出し口から出てきたのは「けんきょ~」というジュース。


「あれ!? どうなってんの!? 押したのと違う!」


何度同じボタンを押しても自販機が壊れているのか

「やさし~い」だけでなく「けんきょ~」とか「あたたか~い」が出てくる。


「なんなのよこの自販機! 壊れてるじゃない!」


出てきたジュースを夫に飲ませて優しくなったり、

より謙虚になったり、心が温かくなったりはしたけれど

「おもいや~り」の効果が切れてきた。


このままじゃ元の夫に戻ってしまうと自販機に通う。


「今日も思いやりが売り切れじゃない!!」


その日は「おちつ~く」が出てきた。いらない。


「今日も売り切れ!? ふざけてんの!?」


その日は「やさし~い」が出てくる。



「今日も売り切れって……いい加減にして!!」


その日は「つめた~い」が出てきた。

夫に飲ませると冷静になった。いらない。


待ちきれなくなってついには自販機の前で寝泊まりすることに。

家に帰れば思いやり効果の切れた夫が待っているだけだから。


ガチャガチャッ。


缶がぶつかり合う音を鳴らしながら補充員がやってきた。

私にはそれが天の使いに見える。


「あなた! 自販機の補充員!?」


「え、ええ。心自販機のジュースを補充しています」


「さっさと補充して! 私には思いやりが必要なの!!」


「わ、わかりました」


急かされた補充員は慌てて自販機にジュースを入れる。

補充が終わると憎き「うりきれ」の文字が消えていた。


「これで思いやりが買える!!」


迷わず「おもいや~り」と書かれたボタンを押した。



ガコガコガタンッ。


取り出し口に手を突っ込むと、出てきたジュースは……。


「なによこれ!? 思いやりじゃないわ!!

 やさし~いって書かれているわよ!! ふざけないでよ!!」


「この自販機は押したボタンに関わらず、

 あなたにとって必要な心ジュースを出すんですよ」


「だったらなおさら、思いやりジュースが必要よ!!

 夫は思いやり効果が尽きているの!!

 優しくて、謙虚で、暖かくて、冷静な判断ができるけど

 思いやりだけが足りないの!! 思いやりが必要よ!!」


「いや……だから……」


補充員は困った顔をした。




「この自販機は、"あなたが今飲むべきジュース"を

 判断して出しているだけなんですよ。

 旦那さんに飲ませるのではなく、あなたが飲まないと……」

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