カドカワの皮を被ったケモノ

糾縄カフク

The end of the miracle

         ――失われた 輝き あの頃

    また 会いたい 会える 再現 偽りでも それでも――




 それは或いは。

 故郷の商店街が、大手のスーパーに取って代わられるように。

 居心地の良い喫茶店が、ある日別のチェーンの看板を掲げるように。

 古びてしまった木造の校舎が、見栄えの良い鉄筋のそれに変わるように。

 見慣れた風景が開発によって切り拓かれ、小奇麗な家々で埋め尽くされるように。一つの時代の転機に訪れる、不可避の自明だったのかも知れない。


 今この場で万雷の喝采を浴び、その歓呼に応える様に手を振る私には、それはとても遠い日の、あったかどうかも分からないほどに懐かしい思い出の一欠。――だけれど決して忘れ去る事もできない、大切な一欠だった。


 いつ、どこで、何が変わったのか。

 舞踏会の席で落としたガラスの靴か。

 魔法の馬車に乗る為に着込んだ華やかなドレスか。

 少なくともこの作品が世に受け入れられ、未曾有のブームを築いた頃から、一つの終わりは既に始まっていた。


 けものフレンズのアニメ化プロジェクトに際し、その揺り籠から携わってくれた監督の解任。それは余りに唐突な出来事であったし、だけれど敢えて公言する彼の心境には、慮っても慮れない苦慮が滲んでいた。


 恐るべく低予算。

 限られた人員。万全とは言えない広報体制。

 そしてそれらの不利を覆し勝利を果たした――、けものフレンズ。




 それがある種の奇跡である事は、携わった全員が肌で感じ理解していた。

 一つのコンテンツを成功裏に導く為、スタッフが総出で努力する事はままあれど、その全てが報われる訳ではない。愛されながらも、惜しまれながらも、涙と共に朽ち枯れていくアニメを、ソシャゲを……私は一人の声優として痛いくらいに目にしてきた。


 だからこそ、理解わかるのだ。

 この奇跡がいかに尊いものであったのか。

 アニメのみならず、主題歌もオリコンの首位を収め――、そして私たちは、念願の歌番組で喝采のなか大任を演じきった。続く動物園とのコラボも大成功を博し……実際のペンギンが劇中のキャラに恋い焦がれる様は、ここまで現実が出来すぎていいものかと頬をつねる程だった。


 仮にどんなに計算され尽くされたヒット作品だって、ここまで上手くは事が運ばない。陰で誰かが泣いたり、のけものにされる事に目を瞑り、さも大団円だと手を叩き言祝ぐ。だけれど「けものフレンズ」は、本当に一切の「のけもの」を出す事なく、須らくの人たちに笑顔を分け与えて見せたのだ。ファンの暴挙によるイメージダウンも、制作スタッフ側の炎上もなく、心からコンテンツを愛する人たちに包まれ、そして育まれフレンズの輪は広がっていった。


 だから楽しかった。今までに無く満ち足りていた。

 監督たちと一緒に意見をぶつけ合い、宣伝の為に駆けずり回ったあの日。もしかしたらあったかも知れない失敗への恐怖をかき消すように奔走し、それは見事に報われて芽吹いた。最初は誰も来なかったコラボカフェも、放送後は大盛況。それどころかビアガーデンも開いて貰って、私は私の演じるキャラの活躍を目にする事ができた。こんな経験は、これからもう二度と得られないかも知れない。




 そして、そして今。

 遂にアニメ発のユニットは武道館ライブのチケットすら手にし、割れんばかりの歓声のなか、私は汗を流し歌を歌っている。スポンサーの話によれば、今日ここで二期の発表が大々的に行われるそうなのだが――、ただその中心には、彼の姿だけがない。


 実際の所、紛糾はした。それはネットの上でもそうだし、私たちの間ででもそうだ。監督の再任を求める署名や、企業へのクレームも相当な数寄せられたらしい。だけれど盤面はひっくり返らず、そして私たちもまたプロである以上、新しく敷かれたレールの上を、相変わらず笑顔のままひた走っているだけだった。


 幾つかの欺瞞、幾つかの忘却。それでも立ち止まれない現実。

 完全にリニューアルされたフレンズの3Dモデルは、洗練され、予算に見合うだけのクオリティでぽつりぽつり世に出ていた。勿論それらは叩かれはしたけれど、それ以上に新しい客層を取り込みつつ話題を集めていった。


 ――海外への進出を前提に生み出された、パンダやワシ、コアラやカンガルーのフレンズ……それから需要の見込みアリとして投入された、男の娘や肌の露出の多いフレンズ。だけれどその一方で、ネットで人気の無いフレンズたちは、徐々に活躍の場を減らされていった。監督と親しい立場にあった事務所の声優も入れ替えられ、かつての面子の全ては、もうここには居ない。


 監督の解任を皮切りに、少しずつ増えていく「のけもの」の数。

 のけものはいなかった筈の物語が、大人の事情で「のけもの」を生み出さざるを得ない事実。だけれど私やファンを含む出来た大人・・・・・たちは、その事を暗黙の了解として黙認し続けていた。糾弾する事は、けもフレの為にはならないから、と。さも優等生を演じきって。


 ……コミック、アニメ、ソシャゲにVR。

 それからの販路拡大はとどまる事を知らず、遂にはパチンコにまで「けもフレ」は至るに至った。多分、彼だったなら、あの監督だったなら、この展開は善しとしなかっただろう。


 私だって理解は、する。

 だけれど追随は、できない。

 だから彼は、去った。


 大人とは……そういうものだ。

 散々綺麗事を吐きながら、いざという時は水たまりを踏まないようにさっと飛び越える。綺麗事は自らが綺麗で在り続ける為の傘であり、長靴であり雨合羽に過ぎないからだ。




 ――打算、葛藤、そして妥協。

 幾重にも立ちふさがる現実の中で、それでも精一杯頑張ったという折り合いをつけて今を乗り切る。


 それが出来たからここに居る。

 それが出来るから今日までやってこれた。


 だけど。

 だけど。


 この歓声は、本当に私の望んだものだったろうか。

 この景色は、本当に私が見たかったものだろうか。


 童心に帰っていた筈が、気がつけば大人の事情の只中にいる。

 自信を持って進んでいた筈が、ぐらつく足場によろけそうになる。


 今この場で、お辞儀をし卒業を表明できたらどれだけ胸がすくだろうと慮りもする。だけれど自分にそれはできない……まだこの業界で、センターにほど近い場所で演じたい私には。


 振り返れば心から感極まる。何度でも繰り返すほどに、あの頃は煌めいていた。サーバルちゃんが精一杯破顔するように、私もまた「たーのしー!」と胸を張って演じきれた。――いや、それは演技ですらなかったかも知れない。目を逸したい日常の全てから解放してくれる「けもフレ」という存在に、心底没頭していただけなのかも知れない。


 だけれども。私の中のサーバルちゃんは、もうずっと前から悲しげに微笑えむだけで、あの頃のように満面の笑みで「たーのしー!」とは返してはくれない。理由はとうに知っている。そうしてしまったのは人間の――、とどのつまりは私たちにあるという事実を。


 だから、だから私は演技をする。声優としての矜持に賭けて、楽しいを表現する。それはさながら動物たちが、お金を得る為に芸を仕込まれるのと同じように、それが仮に、元のファンたちが求めない事であったとしても、ただ只管に、一徹に。


 あの日、誰にでも開かれていたパークの門は、頑なに閉じてしまった。子どもたちの遊ぶ公園に柵が出来るように、大人たちが様々な理由をつけて、自分たちの都合の良いように自然を弄る、そのように。


 だからここにはもう、あの頃の無垢なフレンズたちはいない。「のけもの」のいない世界で微笑みあう、朗らかなフレンズたちはいない。あるのはそういう世界を演じさせられている、プロの声優とプロのクリエイターたちの、薄ら寒い集団だけだ。


 けれどそれでも、私は私の演技を止める事はないだろう。それでも私は、この寂寥を胸に湛えながら前に進むだろう。――なぜならば、なぜならば。常に笑顔で居続けなければ、常に従順であらなければ、次の「のけもの」になるのは私だからだ。


         ――失われた 輝き あの頃

    また 会いたい 会える 再現 偽りでも それでも――


 監督が日頃口にしていた、あの言葉を心の置くで反芻する。その中にある事実は、もう二度と、あの頃の輝きは戻って来ないだろうという一点だけ。だけれど、紛うことの無い想いもまた含まれている。


 いつかどこかで、また会う事があるのなら。きっどどうか再現しましょう。たとえ偽りでも、虚構でも、現実によってすぐに踏みしだかれる路傍の花でも、構わないから。


 この物語の始まりにいた、あなたへ。

 この物語の終焉にいない、あなたへ。


「Welcome to ようこそジャパリパーク!!」

 私たちが築いた心の中のパークだけは、誰にも侵される事なく、永劫なのだから、と。響くアンコールの最中、私は、私は。きっと遠くに居るであろう彼に向けて、精一杯のエールを送った。

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