百秒の孤独

謡義太郎

それは短いのか長いのか

 船は常にビーコンを発している。

 主な目的は位置情報の交換。

 自分にとっても、相手にとっても命に係わる大切な情報だ。

 凄まじい速度で宇宙空間を駆ける船同士、目視なんてものはクソの役にも立たない。

 急には停まれないし、曲がれもしない。

 見えた時にはもう遅い。

 海から宇宙に場所を変えても、船は大して変わっちゃいない。

 そこかしこに浮かんでいるブイは、ネットワークで繋がり、常に俺達の位置情報を受発信し続ける。

 レーダーに映る、まるで見えない距離の船たちと、ネットワーク越しに繋がってるってわけだ。

 折角繋がってるネットワークだ。

 もちろん、位置情報なんて味気ないものだけで終わるはずもない。

 普通に通信することもできるが、タイムラグの関係で快適とは言い難い。

 最も利用されているのは昔ながらのSNSというやつだ。

 船の操縦なんてもんは、ほとんどAIがやってくれる。

 他の船の軌道を計算しながら、船を目的の軌道に持っていくなんてことは、人間一人にゃ無理な話だ。

 それならAIだけで飛ばせば良いって思うかも知れないけど、そうもいかない事情がある。

 まあ、それは今は関係ない。

 兎に角、人間がやることは少ない。

 要は暇なんだな。

 そこでSNSが盛り上がるというわけだ。

 中には有益な情報もある。

 いや、本当にあるんだ。

『マスター、ジャンプアウト先の状況は概ね良好だって。磁気嵐でも起きてりゃ面白かったのにね』

 誰が教育したんだか、うちの頭脳様は物騒な発言が多い。

 だけど、こうしてSNSから空間跳躍した先の情報を収集しているわけだ。

 ほら、役に立つだろ?

『心配性のケムリンから、お決まりのメッセージが来てるよ。「航海の無事を祈る」だって。ナニコレ、フラグナノ?』

「やめろ。普通の挨拶だろうが」

 俺は手元に呼び出した旧式配列のキーボードで返信を打ち込む。

 空間跳躍は絶対に安全な技術ではない。

 跳躍がずれることもあれば、機器の故障などで跳躍先に船や物があるなんて事故もないわけじゃない。

 特に自然現象の類は未知な部分が多く、ある程度運任せなのだ。

 そして、この跳躍の不思議なところは、跳ぶ距離が長かろうが短かろうが、掛かる時間は同じというところにある。

 科学者連中には不思議でも何でもないらしいけど、俺にはよくわからない。

『あと二分くらいで跳躍ポイントだよ。毎日のように跳んでるけど、今回も上手くいくといいね』

 うん。一回オーバーホールに出そう、こいつ。

 迫りくるポイントを前に、俺はSNSでメッセージを送る。

『たかだか百秒だってのに、何がそんなに寂しいの?』

 うるさい奴だ。

 跳躍している間、一切の通信が途絶える。

 決まって百秒間、世の中から切り離されるような気になる。

 実際、違う空間にいるらしいから、間違ってはいない。

『またヨシミにメッセージ? お互いのビーコン確認できてるのに、それだけじゃ満足できないなんて、人間は不便だね』

「そうだな」

『重力波エンジン始動。カウントダウン。十、九、八……』

 飛び込んでしまえば、音も聴こえなくなる。

 本当に孤独な百秒。

 モニターには、空間の入り口が視覚的に表現され、波打っている。

 その一瞬の凪を捉え、船は無音の空間に飛び込んだ。

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百秒の孤独 謡義太郎 @fu_joe

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