第6章 エピローグ(2)

そこから牧は家までダッシュで走った。走って、走って何もかも忘れるぐらい走りに走った。そして家の途中のあの鬱蒼と茂った道へとさしかかると、牧の足は急に止まった。


彼女の目には一瞬白い洋館の姿がその先に見えるような気がした。彼女は家には向かわず、あの懐かしい小道を通り、木々の中を歩いた。刈り込まれた生け垣は今や見る影もなかったが、その先にはあの木戸があった。牧は木戸の中に入り、改めて見渡した。そこには洋館はなく、雑草の生い茂った野原が広がっているだけだった。


「ここには間違いなく洋館があって、王女もいた。でもこれは私だけの秘密なの」

牧は小声で呟きながら、野原を歩きまわった。そうして学校の鞄の中から一つの鍵を取り出した。それは紛れもなく、あの時の銅の鍵だった。


牧は野原の真ん中に座り込むと、目を閉じて想像した。目の前にはあの宝箱がある。その鍵穴に牧は鍵を差し込む。すると王女の姿が再び浮かび上がってくるような気がした。王女のあの時の言葉がふと蘇る。

『終わってしまった物語は開けてはならない』

 

あの時の牧にはいったどういうことなのか、よくは分からなかったが、小説をたくさん作るようになってから、牧はその意味をかみしめるようになった。どんな作品にも必ず終わりは来るのだ。よく書けた作品だから、もう少し長くしてなんとかしてみよう、そんな考えは絶対よくなかった。


それでうまくいった試しは一度もない。王女の物語も、そういったことだったのだろうと、牧はふと思うのだ。そして最大の失敗は、王女の物語の中に自分を書いてしまったことだった。書き手の自分を、しかも物語の筋とは全く関係のない自分を、ただ自分がそうしたいだけで書いてしまったことは、あまりにも身勝手で、その物語を否定してしまったことに牧は気がついた。物語にゆがみが生じ、崩壊して全ては燃えつきて、なくなってしまった。してはならいないことだった。今の牧には痛いほど分かるが、その当時の牧には分からなかった。


牧はそれを忘れないようにあの時の銅の鍵を持っている。間違いを侵しそうな時はその鍵で閉じ込めた秘密をこうして引き出し、一人考えるのだった。

彼女の物語の時間はまだまだ終わることはない。

(完)

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物語の時間 はやぶさ @markbeet

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