第6章 エピローグ(1)

牧は高校生になっていた。あの小六の夏の終わりの出来事があってから、牧は自分で考えた小説を書くようになっていた。

「牧、今日の部活なんだか乗り気じゃなかったね」

友人の舞が牧の顔をちらりとのぞき込んできた。舞は牧と同じ文芸部で、高校に入ってからの一番の親友だ。

「私知ってるんだ。牧が急によそよそしくなるのはどういう時か」

牧は、えっとした顔をした。それと同時に胸がどきどきしてきた。

「何、言ってるの。それってどんな時だっていうの」

思わず挑むような調子で牧は舞をじっと見た。

「それはね、小説を一番最初に書き出したきっかけをみんなが楽しくしゃべってる時」

牧の顔から、一瞬血の気が引いた。

舞は無邪気に、にこにこ笑いながら牧の肩を軽くたたいた。

「親友の私にだったら、しゃべってもいいんじゃない小説を書き出したきっかけ」

興味津々といった様子で舞は牧に寄り添ってくる。

(しゃべる? 私が舞に)

牧は動きを止めると、自分に問いかけた。

しゃべると言っても何を話すというのだろうか……。


それと同時にあの不思議な洋館と哀しげな表情の王女の姿が思い出された。王女は何かを言おうとしている。彼女の口が、かすかに動く。

『しゃべっては駄目』

そう言ってるような気がした。そして牧もまた心のどこかであの銅の鍵を拾いあげ、無意識のうちにカチャリと心の扉に鍵をかけてしまった。


「何言ってるの。そんなわけないじゃない」

牧は急に明るい声を出すと、舞の肩をどんと小突いた。

「もう痛いなあ」

「さっき舞も私の肩たたいたじゃない」

「今の方が絶対痛いよ。ねえ、そんなことよりジュース飲んで帰らない。私のど乾いちゃったよ」

話がそれてほっとした牧だったが、心の内は穏やかではなかった。なんとなくそわそわしてしまい、舞の話を聞く気になれなかった。


「ごめん。そういえば今日急用があったんだ。これからすぐ行かなくちゃならないから。また今度ね」

「えっ、そうなの」

「うん、ごめんね。私、じゃあ走って行くから。また明日ね」

「うん、分かった。じゃあね。」

舞は全く気にしていない様子で手を振って牧を見送ってくれた。

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