エピローグ
時は流れ、6月。
竹富さんから、白百合の花が咲いたという知らせと共に、草加島への招待券が届いた。
俺達はさっそく、草加島に向かうことにした。
「やっぱり、地に足がつくっていいなぁ」
「九十九さん……船がそんなに苦手ですか」
「もう船には乗りたくないよ」
「帰りもまた乗りますから」
「……」
忘れていたかったことを突きつけられて言葉を失う。
そんな会話ができるほどには、俺と春奈さんは立ち直っていた。
だが、それでもまだ完全にとは言えない状態だ。
俺達は洋館に向かい、竹富さんと向井さんに挨拶をする。
あの事件の後、このツアーを休止し、椿さんが帰ってくるのを待っているという。
彼のことだ。
しっかりとやり遂げ、またこの場所で料理を作るだろう。
樋口さんはというと、本庄君を失ったショックからなのか、引きこもりがちになっているらしい。
もともと内気だった子が、あそこまで強くなれたんだ。
今度もきっと乗り越えられると思う。
真田さんは、現地調査の結果をもって研究所へと戻っていった。
後でわかったことなのだが、この村では伝染病が流行っていて、漁師の妻も、これが原因で亡くなった可能性が高いというのだ。
村人はこれを鎮めるために、漁師とその妻を祀った。
それでも伝染病は治まらなかったため、村人はこの島を捨てて逃げたらしい。
詳しいことはわかっていないが、これからの調査が楽しみだと真田さんは言っていた。
それで、俺たちはというと、白百合の幻影の記事を書き終えた後は、また取材の連続だった。
ここに至るまでにもう一つ、別の事件に巻き込まれた。
そんなこともあり、なんだかフリーライターというよりも探偵というイメージを持たれていそうだ。
名前なんて、あまり売れてはいないが。
気がつくと、あの白百合の花畑に来ていた。
咲き誇る純白の花たちは、風に揺らされ、光り輝いていた。
「純潔の花……か」
「綺麗ですね……」
二人でしばらくその景色を眺める。
ゆっくりと流れる時間は、昔と変わらない景色を見せてくれているのだろうか。
「そうだ。春奈さん、写真撮ってあげるよ」
「え?」
「いいから、いいから。ほら、そっちに立って」
俺は春奈さんを半ば無理やり花畑の方へ立たせる。
「春奈さん、笑って」
「モデルじゃないんですよ!」
そう言う彼女の顔は、笑顔だった。
一枚、写真に収める。
よし、これで大丈夫だ。
「ねぇ、春奈さん」
「なんですか?」
「赤月村に行こう」
「え……?」
その反応は先ほどと違って、真剣なものだった。
「俺達も、もう立ち直らなきゃいけない。ちゃんと前を見て進まなきゃいけないんだ。だからこそ、もう目は背けられない。ちゃんと、向き合おう」
「……」
沈黙がその場を支配する。
波の音が、大きく聞こえ、その時間はとても長く感じられた。
「……わかりました。行きましょう、赤月村へ」
「春奈さん……!」
「だから、撮った写真をお守り代わりに……なんてしないでくださいよ」
「……ばれてた?」
「バレバレです」
まいったなぁ……。
直後、風が吹く。
なぜか、温かい笑い声が聞こえた気がした。
―― 九十九恭介事件録~白百合の幻影~ 完 ――
九十九恭介事件録外伝 ~白百合の幻影~ M.O.I.F. @MOIF
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