マシュオとパック大王

森たん

第1話 愛のために戦う男の物語

★★★


「姫を助けなければ」


 俺はマシュオ。

 愛しのアプリコット姫が攫われた。

 毎度毎度の事だが、パック大王が連れ去ったみたいだ。

 姫が連れ去られたのはこれで6度目。勘弁してほしい。


 俺はパック城に向かうことにした。


 道中はパック大王の手下たちが襲い掛かってくる。

 毎度毎度大量の敵だ。

 栗のような兜を被った栗兵。

 亀の甲羅を背負った亀兵。

 飛行魔法の使える飛行亀兵。

 巨大なハンマーを使うハンマー亀兵。

 人食い花も多数配置している。


「フレアボール」


 得意の火炎魔法で薙ぎ払っていく。死なない程度に加減してね。


 しかし……火炎魔法に対抗して、パック軍は亀兵を増やしている。

 亀の甲羅は火炎耐性があるからだ。


「……億劫だな。身体強化マッシュアップ」


 身体能力を大幅に強化した。特に跳躍力は常人の10倍近くなる。

 縦横無尽に飛び回りパック軍を壊滅させていく。

 序盤はパック軍も俺の動きを把握したいのだろう。

 弱い栗兵がメインで攻めてくる。栗兵は斥候の役割も兼ねているのだ。



 だが中盤に差し掛かると、周到な罠や予想外の攻撃で命を落としそうになることもある。

 敵も必死なのだ。

 今回も下の見えない落とし穴に落ちてしまった。


「っち。一機後退ワンバック」


 一機後退ワンバックは少し前の時間まで戻ることが出来る時空系魔法だ。

 恐らくパック軍はこれを知らないだろう。

 どんな罠でも華麗に回避しているように見えているはずだ。

 ただ時空系魔法は連発できないので注意が必要だ。



 終盤戦は相手も続々と強力な手札を切ってくる。

 特にパック大王の7人の子供たちは危険だ。

 少々苦戦を強いられる。だが負けるわけにはいかない!

 アプリコット姫を助けるために俺は全力を尽くす。


 7人の息子達と戦うのも6度目だ。

 お互い行動パターンは知り尽くしている。だが前回の痛めつけた傷が癒えておらず精彩を欠く息子達も多い。

 そう、俺の優位は揺るがない。そしてこちらには更に隠し玉がある。


 パックの息子達のリーダー的存在ルーディッグとの戦いの際、かなり追い込まれたので使うことにした。


「ハァァー!!」


 ルーディッグの魔法弾に吹き飛ばされ壁に激突した。


「ッ!!」

「姫は! 姫は渡さんぞ! マシュオ!!!」


 人から奪っておいてよく言うよ。まったく。

 俺は隠し持っていた『スーパーマッシュルーム』を口に放り込んだ。

 体中が活性化し、魔力が充実する。そして――


「っな! なんだ、お前……」

「スーパーマシュオ様だよ」


 『スーパーマッシュルーム』を食べると体が肥大化し身長が伸びる。

 元々俺の身長は150センチぐらいだが、2メートル近くになる。

 そしていい気分になる。高揚感だ。


 俺は軽く踏み込んで、腹に一発くれてやった。


「ウガァァァ……馬鹿な」

「雑魚め」


 後はパック大王だけだ。


 ★


「マシュオか……」

「久しぶりだなパック大王」


 パック大王は恐ろしい容姿だ。

 一般的な人間とはかけ離れている。


 角を生やし、牙を持つ。皮膚は爬虫類のようで指には鋭く尖った爪。

 そして触るだけで切り裂かれそうな甲羅を背負っている。いや甲羅と体が一体化している。

 昔聞いたことあがある。人体を悪魔に売り渡し力を得る邪法があると。


「化物め! アプリコット姫はどこだ!!」

「後ろの部屋におる」

「そうか……それだけわかれば十分だ! フン!!」


 事前に『スーパーマッシュルーム』は食べている。身体強化マッシュアップを最大限発動した。


「マシュオよ。相変わらず……狂った力よ」

「お前が言うか!! ッハ!」


 俺は縦横無尽に飛び回りパック大王に狙いを定めさせない。

 パック大王の一撃は強力だが、当たらなければどうということは無い。


 火炎魔法は効かないので、物理攻撃で少しずつパック大王を削っていく。


「うぐううぅ! おのれえぇ!!」


 パック大王の闇雲な攻撃など当たらない。仮に当たったとしても一機後退ワンバックがある。

 はっきり言って楽なゲームだよ。


「さて……終わりにしよう!」


 俺は『スーパーマッシュルーム』もう一つ食べた。必要ないけど奥の手だ。

 体から魔力が溢れ出し七色に発色する。


「くらえ! 絶対無敵アルティメットフレアボール」

「ぐ、ぐおおおおおお!」


 白色の火炎はパック大王を燃やし尽くしたと思われた。だが……


「流石頑丈だ。火炎耐性が異常だなぁ~化物め! ハハハハハ!」

「ぐ、ぐぅぅ」


 パック大王は逃げ出した。文字通り最後の力を振り絞ったのだろう。


「毎度毎度、悪あがきが好きだねえ」


 パック大王は奥の部屋へ。アプリコット姫のところに行くのだろう。

 俺はゆっくり追いかけることにした。


 ★


 パック大王はアプリコット姫の部屋にいた。

 いい部屋だ。アプリコット姫にピッタリの部屋。センスだけは認めてあげよう。


「――」


 パック大王はアプリコット姫に何か囁いたようだ。

 アプリコット姫は怯えながら頷いている。


「おいおい、パック大王。姫が怖がっているじゃないか。まあ何もできないだろうけどね。その体じゃ」


 死なない程度にボロボロにしておいたからね。


「お、お前は……なぜ毎度毎度!!」

「それはこっちのセリフだよ。何度誘拐すれば気が済むのさ。まったく」

「こ、この!」

「もういいさ。さあ帰ろう姫! 愛しのマッシュルーム王国へ」


 アプリコット姫は、感動で涙を流しながら飛びついてきた。


「……待っていたわ! マシュオ!」

「よしよし、怖かったね。さあ帰ろう」


 こうしてアプリコット姫を助けることに成功した。めでたしめでたし。




 ☆☆☆


 アプリコット姫がパック王国に逃げ戻って来たのは1週間前。

 パック王国領地に近い場所で買い物を頼まれたらしい。

 その際こっそり領地まで逃げ戻ったと聞いた。


 毎度毎度、マッシュルーム国のセキュリティは甘い。アプリコット姫が逃げ出すのは6度目だろうか。



「やはり動き出したか……」


 マシュオが動き出したと、栗兵から伝令があった。

 いつも通り1の1エリアから堂々と入って来た。

 国中に連絡しマシュオ警戒網を敷く。

 だがマシュオの機動力は速過ぎて全軍集結させるには時間稼ぎが必須になる。


「すまぬ……栗兵達よ」


 栗兵達は我が身を犠牲にしてマシュオの足止めを買って出てくれる。

 武器もなく、唯一栗型の兜しかない兵だ。勝てるわけがないのだ。

 それでも全力で突っ込んでいくのは、アプリコット姫が愛されているからだ。



「お父様……」

「おお、アプリコットよ」


 アプリコット姫が私の部屋までやってきた。


「マシュオがやってきたのですね」

「ああ……。だが大丈夫だ! 今度こそ護ってみせるよ」

「お父様!!」


 アプリコットが私に抱き着いてきた。


「ははは、こんな姿になっても私を父と呼んでくれるんだな」

「当り前です! お父様は私のために……、マシュオを倒すために呪法にまで手を出して!」

「マシュオの火炎は驚異的だからな。水亀の呪いを宿す必要があった」


 水亀の呪いは、驚異的な火炎耐性と肉体強化を得ることが出来る。

 だが、徐々に魔獣化が進み、二度と元には戻れない。

 二度と人間の手で娘を撫でてあげれない。それが一番悲しい。


「ルーディッグ達まで!」


 私が呪法に手を出したことで、忠誠を誓う7人の英雄達は同じ呪いに手を出した。

 容姿がそっくりなのでマシュオは息子だと勘違いしている。


「ああ、彼らの忠誠に報いるためにもこの戦い勝たねばならん」

「勝てますわ! 今度こそ!」

「ああ! もちろんだとも!」


 ☆


 報告は芳しくなかった。マシュオの行動パターンを読んで配置した罠はことごとく打ち破られた。

 まるで罠の事を知っていたかのようだとの報告も受けている。


「残すはパック城だけか……」


 今回もダメかもしれないと思う弱気な自分を振り払った。

 今回は7人の英雄を城に集結させ波状攻撃を仕掛ける! 勝てるはずだ。

 だが……もしものために――


「アプリコットよ」

「何ですかお父様」

「マシュオが近づいて来ておる」

「……ええ」


 アプリコットの顔は冴えない。


「今回も……もしもの時は」

「もう嫌ですわ!!」

「アプリコットよ……」


 アプリコットは泣き出してしまった。


「マシュオは最低の人間だが、殺人はやらない。生き延びれば立て直せる。またチャンスは来る」

「だけど……もうパック王国はボロボロです!」

「それでも民はアプリコットの事を愛している。何度やられたってパック王国の兵士たちは一丸となって厄災マシュオに立ち向かう」

「私はどうしたら!」


 醜い手でアプリコットを撫でた。せめて愛情だけでも伝わって欲しい。


「もしもの時は、前のようにマシュオに取り入るのだ。マシュオはアプリコットが自分に惚れていると勘違いしておる」

「私……あのような悪魔と!」

「わかっておる。つらい思いをさせてすまない、だが生きて、生き延びておくれ」

「――はい」


 アプリコットを抱き寄せた。せめて伝わる心臓の鼓動だけは人間と同じであって欲しい。


 ☆


「くらえ! 絶対無敵アルティメットフレアボール」

「ぐ、ぐおおおおおお!」


 まさか……こんな火炎魔法が使えるなんて。

 水亀の呪いでも防ぎきれぬとは。


 マシュオのニヤケ顔に憎悪を燃やした。

 だが今回も勝てないことを悟った。


 せめて最後にアプリコットに伝えねば! アプリコットの部屋まで力を振り絞った。


 焼け焦げた手で扉を開けた。


「ぐうぅぅう!」

「お父様!!」


 アプリコットは私の焼け焦げた体に驚き、悲痛な顔をしている。


「すまぬ……今回も勝てなかった」

「いいのです! あのような悪魔にはもう……」


 もう時間は無かった。伝えるべきことを伝たえねば。


「マシュオはもう迫ってきておる。予定通りしっかり取り入るんだ」

「うぅ……」

「アプリコットは昔から演劇が上手かったからなあ、上手くいくさ。ゴホ! ゲハッ!」

「お父様!!」


 アプリコットが抱き着いてきた。娘の震える体を無情に引き剝がした。


「大丈夫だ! 次こそは護って見せる!」


 無理やり笑顔を作った。

 その時、後ろから恐ろしい気配を感じた。厄災がそこにいる。


「アプリコット」

「はい」

「愛しているよ」

「私もです」


 アプリコットは涙をこらえている。後ろにはマシュオがいるのだろう。

 しっかり演技をしているのだ。


「おいおい、パック大王。姫が怖がっているじゃないか。まあ何もできないだろうけどね。その体じゃ」


 怒りは頂点に達し、普段使わない乱暴な言葉が自動的に口から洩れた。


「お、お前は……なぜ毎度毎度!!」

「それはこっちのセリフだよ。何度誘拐すれば気が済むのさ。まったく」

「こ、この!」

「もういいさ。さあ帰ろう姫! 愛しのマッシュルーム王国へ」


 アプリコットは偽りの涙を流し、マッシュに飛びついた。


「……待っていたわ! マシュオ!」

「よしよし、怖かったね。さあ帰ろう」


 アプリコットが上手くやったことに安堵し、そこで意識を失った。





 ☆★☆


「ふむ、マシュオが帰って来たか」

「はい! 今回もアプリコット姫の拉致に成功したもようです!」


 まったく、言葉遣いがなってないな。


「おいおい、『拉致』じゃないだろ。『奪還』さ、『奪還』」

「あ! 申し訳ございません!」

「マシュオの愛するアプリコット姫がパック王国に『拉致』されてしまったからねぇ。

 怒りに燃えるマシュオは当然、『奪還』しにいくよね! ハハハハハ!」


 勿論アプリコット姫が逃げるように仕向けたんだけどね。

 報告に来た部下は引きつった笑いをしている。無能な男だ。


「しかしまあ、マシュオはよくやっているよ。掃除しかできなかった無能が今じゃ国の英雄だ。

 まあ勝手に研究所のスーパーマッシュルーム食べちゃったのがいけないんだけどさ」


 勿論偶然を装って食べさせたんだけどね。


「スーパーマッシュルームは非常に強い催眠効果がある。

 『アプリコットはお前の女だ』、『お前は最強の戦士だ』、『人は殺すな』と刷り込んでやったらあら不思議。対パック王国専用の最強戦士の出来上がりさ」

「なぜ『人は殺すな』なのですか?」

「ハハハ、殺しては労働力が減ってしまうじゃないか」

「なるほど、流石ですね」


 全て説明しないとわからないとは本当に無能だ。まあいいか。


「アプリコット姫も馬鹿だな。利用されてるとも知らず、マシュオを好きなフリをしている。

 憎んでいる男を愛してるフリするなんてけなげだよねえ。ハハハハ。

 しかしまあ今回でパック王国の戦力はかなり削れたな。もう少しで侵略開始だ」


 マッシュルーム王国の未来は明るいな!


「でも……」

「あ? なんだ」

「マシュオが暴走したりしないでしょうか。私たちに牙をむいたりしないのでしょうか?」

「ハハハ、そんなことはあり得ない」


 ちゃんとそのケースも考えているからな。


「刷り込んだ内容は、『アプリコットはお前の女だ』、『お前は最強の戦士だ』、『人は殺すな』

、それともう一つある」

「もう一つですか」

「そうだ、この『マシュピオ様には絶対逆らうな』と刷り込んであるからな!」


 マッシュルームカットの悪辣な男は笑う。

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マシュオとパック大王 森たん @moritan

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