最終話 始まりはこの歌とともに
冬の寒空の下、わたしは新宿の駅前で立ち止まっていた。眇めた視線の先では駅前特有のパフォーマーや路上ミュージシャンたちが思い思いに歌ったり、踊ったりしている。
露天商の類もいた。異国風の音楽を流し、ラジオからは聞いたこともない言葉たち。そして、たくさんの装飾過多なネックレスやピアス。その中でわたしは比較的、シンプルなピアスを手に取った。
雪の結晶をそのまま押し固めたような、そんな簡素な意匠。値段は五百円前後ということでわたしはそれを迷わず購入した。
ピアス穴は大学に入ってから開けた。そんなんで大人ぶるのも嫌だけど、オシャレの幅が狭まる方がわたしにとっては考え物だった。
「お客さんもコレ?」
露天商の女の人がそう言って隣を指さす。コレとはもちろん路上パフォーマーのことだ。
「ええ」
そう言って、わたしは肩に背負ったギターケースを担ぎ直し、会釈をした。この出で立ちでうろうろしてれば、勘のいい人なら、わたしもこの駅前を必要としている誰かの一人であることに気が付くだろう。
買ったピアスを付けながら、わたしも他のパフォーマーのように自分の居場所を見繕った。鏡でもあれば、このピアスが様になっているか、確認できるのだが。
結局、遅い時間に来たせいか、良い場所――人の目に留まりやすく、かつ迷惑になりにくい場所はほとんど取られてしまっていた。
しょうがないので、わたしは人の目には付きにくいが、迷惑にもなりにくい場所を選んでギターケースを下ろす。
ケースを開けると中からアコースティックのギターを取り出した。これは高校三年生の時にアルバイトで貯めたお金で買ったものだ。自分で稼いだお金以外は一銭たりとも使っていない。だから、とてもわたしのものなんだという実感がある。不思議なことに。
わたしは寒さでかじかんだ手をブラックの缶コーヒーで温める。そして、少しそれを飲んでから演奏を始めた。
未熟な青の歌は今もわたしの中のどこかで鳴り響いている。冬のチラチラと降る細かな雪を思い浮かべると、それがぼうっと温かなオレンジの光を灯して、わたしの中に広がってくる。
わたしはいつもその風景に自分の姿を重ねて歌ってる。そこでは実はわたしは一人では無かったりする。だけど、なるべくその風景に固執しないよう、もしいつか、そこにいるわたし以外の二人と演奏するときに思い出して恥ずかしくならないよう――そう心掛けて、わたしは歌っている。
スウィートブルーのほろ苦さは、誰にもわかってもらえないのである。でも、歌にすれば、一緒に分かち合うことはできるかもしれない。
そう――できうることなら、そういう青さがあなたのもとへと届きますように――だ。
そんな自分語りの延長線上を彷徨っているうちに、いつの間にか、わたしの前には一人のギャラリーがいた。短く撫でつけた髪をヘアピンで留めた女の子だった。
その子は寒さのせいか鼻を赤らめて、わたしが歌う姿に見入っている。目は微妙に泣きはらしたように見えなくもない。
演奏が終わって、その子は少しためらった後、わたしの元へと駆け寄ってきた。
「あの――」
「はい、どうしました?」
顔からして高校生ぐらいだと思っていたが、よく見れば童顔なだけでわたしと同年代のようだ。
「その、えっと……さっきの歌、とても良かったです。あたし、感動しました」
「そう、ありがとう」
感想を告げた後も彼女はまだ数瞬、もじもじとしていた。まるで何かを決心するための準備をするように。
わたしはその決心を待とうと思った。何故だか、そのことがとても良いことのように思われたし、待っている間のこの沈黙がとても心地よかった。
そして、その準備がようやく終わったのか、彼女は顔を上げるとまっすぐにこちらを見た。
「あの、ホントに不躾だし、意味わかんないかもしんないですけど……その、えっと――」
「わたしとバンド組んでくれませんか?」
青春とは、かくも不思議な字を書くものだ。
青い春。
青いくせに、それを春だなんて。春は満開の花が咲いて然るべきだろう。そこに青い、まだ未熟なものはふさわしくないはずだ。
だけど、その未熟さにわたしは、わたし達は救われた。そこにまだ青さがあるから、わたし達は出会って、仲良くなって、歌を作って、そして別れを惜しみ、再会を約束することができた。
そして、それはこれからも続くんだろう。
「うん、いいよ」
これはわたしの物語。恥ずべき心の甘さの中に、青い自分を知った日の出来事。小さな街を飛び出して、歌い続けるわたしの青さの物語。
スウィートブルー ともども @ikuetomodomo
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