第38話

その試合は圧倒的な展開というにふさわしかった。

歴史に残る大番狂わせ。

生涯無敵のヒカエロ・クレイジーが、無名の1レスラーに完敗したのだ。


寝技でも打撃でも、甲山は何もさせなかった。

再三に渡って組んで倒しに行こうとするヒカエロだが、甲山の足腰の強さにテイクダウンできず、逆に上を取られる有様だった。

甲山のマウントからの打撃でヒカエロは、額を切った。

そこで勝負はあったのかもしれない。甲山は速攻での勝負にこだわらなかったが、実力差は歴然としていた。

マウントを取られた状態から、ヒカエロは甲山の胴に抱きつき、膠着状態に陥った。

レフェリーは、スタンドからの再開を命じた。

ヒカエロは独特の構えからの打撃で、甲山に揺さぶりをかける。

しかし、甲山が取った行動に、会場はどよめいた。

プロレスの古典技、アイアン・クロー。

そこからの強烈なエルボーを、ヒカエロは予測できなかった。

吸い付くようにマットにダウンしたヒカエロは、そのまま二度と立ち上がることができず、TKO負けを喫した。


その他の試合もまた、意外な展開に終始した。

甲山の連れてきた、まるで無名の連中がこぞって勝利を収めたのだ。

日本でも海外でも最強と目されるメンバーを、無名のファイターたちが総ナメにしてしまったのだ。

その衝撃は大きかった。

八百長ではないか、と疑う声も多かった。

――だが、次のNWF-2以降も、彼らは強さを証明し続けた。

俺は八百長などには加担しないと宣言し、NWFのリングに上がったMMAの強豪選手たちも同様だった。

甲山を筆頭とする、この無名のNWF選手達に誰も勝つことはできなかった。


最強の格闘技団体と言われていたUFAの元所属選手も、すべて負けた。

UFAの代表であるディノ・ブラック氏は「あいつらはフェイクだ」と叫んだが、すべて負け犬の遠吠えに等しかった。


こうして甲山サトルは、最強の男として高みに昇った。

彼はその後、次々と名乗りを上げる挑戦者を向こうに回し、NWFで無敗街道をひた走り続けた。

27連勝ほど飾った後、甲山は大規模な記者会見を開いた。


「相手がいなくなった」


と、甲山は悲しそうにつぶやき、それがNWFの最後となった。

『NWF-27』を最後の大会として、その団体は短すぎる活動を終えた。

以来、10年近く、甲山は公の場から姿を消してしまった。


恨みを持つ選手から射殺されたのだとも、結婚して子供をもうけ、ビジネスの世界に身を投じたのだとも、いまだにどこか地下のリングで闘っているとも言われたが、誰もその真偽を確認したものはいない。


永島が、気にするのも無理はなかった。

この情報過多時代といわれるネット社会である。誰がどこにいるか、毎日のようにSNSで情報が流失している。

かつて最強の名をほしいままにした、世界一有名な日本人が、完全に消息を絶つなどということが、できるものなのかどうか。

プロレス記者である田沢にも理解が出来ない。


「永島祐二先輩ですね」


そこに、若い――まだ10代と思える美丈夫が声をかけてきた。

金髪碧眼。外見は完全に外人だが、日本語は流暢である。

きりりと引き締まったその若者は、超日本の新人が着用を義務付けられている、ヤングタイガーのTシャツを着ているものの、田沢には面識はなかった。

永島もそうだったらしく、こちらを見て首をかしげている。


「――そうだが、お前は?」


「はい、先程、超日本に受かったばかりの新人です」


金髪の若者はぺこりと頭を下げた。


「超日本に受かったら、まず最初に挨拶に伺えとオヤジに言われていましたもので」


「オヤジ?」


「はい、俺も世界最強のレスラーを目指していますので、よろしくお願いします」


そう言って、にっこりと微笑んだその顔に、永島は驚いた表情を浮かべた。


「――新人……お前の名は?」


「はい、申し遅れました。俺の名は、アクレニオ・コーヤマと言います」


そのあどけなさの残る顔立ちに、永島は何かを見たようだ。

それは、かつての――




リングの牙と呼ばれた男


――完

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リングの牙と呼ばれた男 チャンスに賭けろ @kouchuu

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