四話 第一印象を見逃してました

 面倒くさがりで付き合うまでの過程をすっ飛ばしたい俺とはいえ、最低限の常識やデリカシーは持ち合わせているつもりだ。初対面の女性に年齢など聞かないし、ましてや体目当てに強引に迫ったりはしない。

 しかし、今この時ばかりは別である。愛想を尽かされるべく、俺は全力を尽くそう。

 素面ならば良識や理性が邪魔をするが、アルコールが入れば多少は緩和される。ましてや目の前の相手は神様を自称するクレイジーな女だ。常人ならば相手に冷や水でも浴びせて立ち去るような、最低最悪の男を演じてみせることなど、造作もない。

 景気づけにビールを一杯煽り、対面の金髪美人を見据える。俺の目線に、彼女は落ち着かない様子でワインをグラスからちびりと口に含み、ゆっくりと嚥下した。

「ン・ダーハさんは」

「ハーちゃんでいいのですよ?」

 出鼻を挫かれた。

「ハーちゃん、ですか?」

「はい。数日間眺めた仲ではないですか。それに私は、地上の生命にあだ名で呼ばれることに憧れていまして」

 眺めたのはお前だけだろう。

「ン・ダーハがあだ名じゃないんですか?」

「いいえ。ン・ダーハは私の本名ですよ。神としては、幾つかの名前も持っていますが」

 出会い系に本名で登録するんじゃない。

「ええと、それじゃあハーちゃんは、実際のところ何歳なんですか?」

「あー、いいですねぇ。ハーちゃんなんでも答えますよ!」

 ン・ダーハは両手で自分の顔を挟むように頬へ当て、目を潤ませている。

 答えるというなら早く答えてくれないのだろうか。

「私の年齢はですね……何歳に見えますか?」

 答えろよ。

「えっと、神様ですもんね。紀元前からで、何千歳とか!」

 実際のところ、ン・ダーハの見た目は二十歳前半、十代後半でも通じるだろう。しかし、ここはあえて彼女の設定に乗り、老いてみえるように伝える。

「え!? そんなに若く見えますか?」

 駄目だ。設定の規模が違う。

 ン・ダーハは「神ですから年齢なんてないのですけど」と前置きしつつ「それでも数千年程度の神々しさに見えるのですねぇ」と嬉しそうに呟いている。

 なぜかお世辞を言ったように解釈されてしまったが、まだ諦めるのは早い。ン・ダーハの言動の端々から、彼女は交友関係が浅いことがわかる。そこを突いて、彼女の心をえぐるのだ。

「ところで、ハーちゃんは卵の孵化を見るのが好きなんですよね? 友達とかと遊んだりしないの?」

 さりげなくため口に移行し、見下しているように思わせる。これで不快感は倍増だ。

「神は管理している世界に一つですから。どうしても対等に遊ぶ友達は作れませんね」

 ン・ダーハの顔色をうかがうが、そこから悪意は読み取れない。今の言葉通り、本当に交友関係がないことを当然に思っているようだ。

「でも、今は神に対等に接してくれる生命がありますし……」

 言って、ン・ダーハは羞恥を隠すようにグラスに口をつけた。そして俺の反応を待つように流し目を送ってくる。

 ため口がまずかったのだろうか。いつの間にか神をも恐れぬ人間として扱われている。

「へぇ、ハーちゃんにそんな人いるんだ」

 あえて鈍感なふりをした。少しでも印象を落とせるといいのだが。

「もう、モノグサさんですよぉ! 他にそんな生命がいるはずないではありませんか」

 押しが強いな、この女。

 まだ二手目だが、ン・ダーハはどうにも俺の失礼な行動に動じる気配がない。生半可な態度では、彼女の浮かれポンチ具合に飲まれてしまうだろう。ここはもう、最後の手段にでるべきだ。

 つまりはがっつく男の演技。異性の体にしか興味のない男を演じる。

 俺はン・ダーハの体へと視線をやる。上から下へ、じっくりと彼女の体を観察する。彼女のボディラインは官能的なもので、酔っていることも手伝い、演技を忘れて見惚れてしまった。

 性欲にとらわれた男を演じているはずが、ン・ダーハの魅力にからめとられてしまう。顔や体を特別重視しないとはいえ、美人の類が嫌いなわけではない。

 こうなると、ン・ダーハの好意も悪くないものだと思ってしまう。神様を自称しているし、超能力で私生活を覗き見られるが、彼女のような魅力的な女性の行動ならば問題ないのではないだろうか。

 浮かれポンチなところも好意的に見れば可愛いものだし、俺のことを見ていたいという独占欲も、愛ゆえにならば素晴らしいではないか。

 そうだ。今まで言動から、ン・ダーハが俺に好意を持っていることは明白。俺の行動次第で、今すぐ恋人になれるのだ。待ち望んでいた、付き合うまでの過程をすっ飛ばした恋人である。

「モノグサさん。私の外見になにかおかしなところがありますか?」

 ン・ダーハの呼びかけで我に返り、改めて彼女を見る。彼女は自分の容姿に不備がないか、不安そうに確かめていた。

 意識すると全ての行動が愛らしく思える。これはン・ダーハに嫌われるなんてもってのほかだ。例え頭のおかしい女だろうと、受け入れても悔いはない。

 俺の目標は一転、ン・ダーハと付き合うことに変わっていた。

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他種族出会い系~異界の地雷を踏み抜け!~ 石獅子 @h5wh5w

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