最終話 天竜召喚!!
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「儂が思うに………この召喚陣最大の瑕疵は、ここにあるのではないかのぉ?」
深夜。
大きな執務机や左右の壁を埋める書棚。分厚い書物や、奇妙な物体たち……異世界からもたらされた文物、が並んでいる。
王立リフニール召喚学園の学園長室で、シバーリアはこの部屋の主である老人……グアル・イズルール学園長と机越しに向かい合っていた。
イズルール学園長は片手で豊かな髭を弄りながら、紙に書かれた召喚陣……アリゼが今日持ち込んできた召喚陣の用紙を手に、もう片方の手の指で一部をトントンと叩いた。
「この………〈イプリヴォーゼ〉ですか?」
「左様。これは旧約・新約言語どちらも【竜の翼】を意味しておるが、もう一つ……太古に失われた旧文明の召喚文字で【前世】という意味もあるのだ。これを知る者はあまり多くない。旧文明に関する資料の大半が散逸しているか、王家が極秘として守っているからな」
「つまり………アリゼは今まで、〝前世〟が〝天竜〟である者を召喚し続けてきたということですか?」
うーむ。とイズルールは曖昧に唸りながら、まじまじと召喚陣の用紙を見やった。
「そうとも限らん。だがこの召喚陣は、竜の召喚陣としては完璧なものだ。これ以上のものは、王家お抱えの最上級召喚士でも作れまいよ。………もし儂のこの仮説が正しければ、少なくともアリゼ君は〝竜〟の魂を持つ者を召喚できているはずだ。それが、どのような姿であれ」
「アリゼが喚び寄せているのはいつも、異世界の、アリゼと同い年ぐらいの男子でしたわ」
「ふむ………召喚術とはどこまでも続く知の深淵そのものじゃ。特に〝天竜〟の召喚など、王家の召喚士ですら試したことのない前代未聞の試みじゃ。完璧に精緻な理論、莫大な魔力、それらが揃っていてもまだ足りぬ。例えば、意力や精神力といったものも、召喚術は大きく左右されるのじゃ」
アリゼの「〝天竜〟を喚びたい」という思いは、きっと本物だろう。
だが、その内奥……アリゼ自身にすら知覚できない深淵で彼女がどのような思いを抱いているのか、他人がそれを捉えるのは難しい。
シバーリアもまた、召喚陣に目を落としながら、
「アリゼは召喚術に関して優れた才能を見せていますわ。でも、勉強ばかりでほとんど友達も作らずに………内心の孤独感が、彼女の召喚術を歪ませてしまっているとも考えられますわね」
「うむ………さてさて、これをアリゼに知らせるべきか否か。悩ましいのぉ」
もったいぶるようなイズルールの表情に、シバーリアは「いいえ」と一言。
「これはアリゼが解決するべき問題ですわ。彼女が自分の本当の気持ちに気付いて、本当の気持ちで〝天竜〟を召喚すれば、自ずと正しい答えが導かれる。私はそう信じますわ。年長者がとやかくいったところで、彼女の邪魔になるだけ」
そんなシバーリアに、イズルールは「ほっほっほ」と豊かに蓄えられた髭を撫でて、
「それもまた、道理じゃ。まあ、異世界の者との交流は、彼女を良く育てるじゃろうて」
「それは経験者としてのご意見ですか?」
「ほっほっほ」
王立リフニール召喚学園の夜は更けていく。
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次の日の次の日。
「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃ、ぐえっ!?」
「喚びたいのはアンタじゃない!」
その次の日。
「救済の息吹、今ここに顕現せん! 王者の風! 出でよッ! 天りゅ、ぐえっ!」
「あんたが言ってどうする!?」
その次の日の次の日の………
「問おう。貴女が私のマスタ、ぐえ!」
「違うッ!!」
その次の日の、次の日の、次の日の………
「僕と契約して召喚魔法少女、ぐえっ!」
「誰がなるかいっ!!」
召喚されては杖で頭を叩かれ、腹パンされ、しばらくしてまた元の世界に送り返される竜人の日々。一向に、伝説の〝天竜〟が召喚される気配は微塵も無かった。そもそも伝説のドラゴンがこの狭い空間に収まるのだろうか?
アリゼは、すっかり意気消沈してその場に座り込みながら、
「おかしい………前は一から術式を組み立て直したし、次の日は不安定な言語要素を取り除いた。今日は……〈イプリヴォーゼ〉の部分を変えて、前世とか、そういう要素を除いたはずなのに………」
「案外、俺が本当に天竜なのかもな。あはは………」
「万が一、アンタの前世が〝天竜〟とか、竜の魂が入ってるとか、そういうのも考えて、そういった要素を取り除いたのが今日の術式なのに………」
「ん。お疲れさん。ガリッガリ君レモンソーダ味買ってきたから」
「やったぁ! ………って違うッ!」
「いらない?」
「いる!」
買い物袋からガリッガリ君レモンソーダ味をひったくるアリゼ。
「でも、晩飯の後にしろよ」
「く………分かったわよ。で、竜人。今日は何?」
「牛丼」
「吉〇家のキムチは」
「ある」
「よろしい………ああもう! 異世界飯にすっかり舌が慣れちゃったじゃないの!」
いつか、こっちの世界の料理にも挑戦したいな。と考えつつ、「キッチン借りるぞ~」と竜人はまたいつものように奥のキッチンへと向かった。
毎日のように異世界に召喚されるという非日常。そこで繰り返される日常。
召喚されて、晩飯作って、掃除して、ダラダラして、帰るだけだけど。
「アリゼ」
「何よ」
「今年も楽しくやれそうだな」
「~~~~~~~~っ! 喚びたいのは………喚びたいのはアンタじゃぬぁーいッ!!」
今日も夜の学生寮に、アリゼの癇癪が吸い込まれていった。
喚びたいのはアンタじゃないっ! 琴猫 @kotoneko112
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