第5話 少しだけ分かったこと

真理亜が丁寧に淹れてくれた紅茶は、悠里の母親が好みそうな薔薇の風味が香り立つブレンドティーだった。


悠里の母は真理亜のことがいたくお気に入りで、真理亜が好みそうなものをよくプレゼントしてきていた。

そもそも自分達が住むこのいえだって、幼少期に身体が弱かった悠里の父親が静養する場所として住んでいた別荘で、「結婚祝いに」と悠里たちに引き渡す際も、

母親が改装を率先して監修した結果、その内装や庭園に至るまで母親好みのものに仕上がってた。

母親に言わせれば「貴方たちが大好きだから、貴方たちのためを想って考えたのよ」だそうだ。


そんな、母親好みのバルコニーでお茶を飲みながら、悠里は「さて。」と口を開く。





「僕が今日帰ってた理由なんだけどね。」



「・・・はい。」





やはり理由があって帰ってきたんだ・・・と内心思いつつも、真理亜は飲んでいた紅茶のカップをソーサーに置いて、姿勢を正して悠里を見る。





「本家主催のパーティーが来週あるんだけど、せっかくだから、着ていくドレスを君と一緒に買いに行きたくて。」




「パーティー・・・ですか?」




最近一番ひっかかるワードが会話に出てきて、真理亜は思わず聞き返す。

悠里はそれを予想済みだったらしく、困ったように肩を竦めた。





「そう。そんな堅苦しいものじゃないよ。今度姪の小花こはなと父が誕生日だから、誕生日パーティーのつもりだと思う。ゲストも来るみたいだけど・・・まぁ主役がハッキリしてるし、母も目を光らせてるからめんどくさいことにはならないんじゃないかなぁ。」





小花とは、悠里の一番上の兄で、次期領主の小鳶永登ことびえいとの長女だ。

悠里の両親は初孫ということとあってか、目にいれても痛くないほどの溺愛ぶりで、今回のパーティーも孫娘のお披露目という意味もあるのだろう。

そこまで察して、真理亜はパーティーから逃げられないことを察した。






「小花ちゃんには会いたいですし・・・お義父様も直接お祝いしたいです・・・」





小花は真理亜にもよくなついていて、たまに顔を合わせることがあると猛烈に喜ばれる。

真理亜も小花のことが可愛くないわけがなく、非常に会いたい、会いたいのだが。


「(行かないなんて、わがままになってしまうし・・・)」




もういっそ、当日高熱で寝込みたい。

完全に現実逃避的なことを考え始めて遠い目をする真理亜に、悠里も思い当たる節があるのか、気まずそうに視線を逸らす。






「えー・・・うん、このことは・・まぁ、真理亜に迷惑かけてるのを、分かってるから・・・僕も無理強いしないけど・・・」





明後日の方向を見ながら、かなり歯切れ悪くぶつぶつと呟く悠里らしからぬ姿に、真理亜は込み上げてきた笑いを堪えきれず吹き出してしまった。

思いがけなかったのか、悠里は一瞬唖然とした後、不服そうに眉を潜めて見せる。





「・・・笑わないでよ、真理亜」



「ふふふっ・・・申し訳ありません・・・。悠里さんが気にかけてくださってたのが意外で。」



「気にかけるよ!!!」




間髪いれずに悠里が身を乗り出しながら、声を荒げた。

突然のことで真理亜がビックリして固まると、悠里はハッとなって「ごめん」と身を引く。





「・・・びっくりさせたね。でも、僕だってちゃんと自分の奥さんのことくらい見てるよ」





腕組みをして椅子に腰掛け直す悠里は、少し拗ねたような表情をした。

真理亜は悠里の表情がコロコロと変わっていくことに驚き、パチクリと悠里を見つめた。




「(・・・今日は、はじめてちゃんと悠里さんを見た気がする。)」





いくら悠里のお遊びが過ぎたからと言っても、高位の家柄の嫁になったのだ。

嘲笑や妬みなど一蹴して、毅然としていなければならない立場にいることくらい真理亜にも分かっていた。

だから、悠里からしてみたら仕方ないこだと心にも留めないだろうと踏んでいたので、真理亜は本当に意外で本当に驚いた。

―――今日は本当に嬉しいことばかりだが、忙しい夫に気を遣わせてばかりでは妻失格だ。

そう考え直し、「悠里さん」と拗ねたように横を向く悠里に声をかける。





「パーティーは小鳶家の妻としての役目です。よろこんで同伴させて頂きます。心配おかけしてすいません。」





この人のためなら、頑張れるかもしれない。

結婚してからやっと初めてそう思って、真理亜は心からの笑顔を浮かべる。

悠里はちょっと驚いたように瞳を開き、その後安心したようにゆっくりと息を吐いて頷き、真理亜の方へ向き直った。





「分かった。・・・真理亜に似合う可愛いドレス買いに行こうね」




「はい!」と真理亜が声高らかに返事をすると、悠里は「元気だなぁ」と破顔した。




「(・・・そういえば初デートになるのかな?)」




そんな風に考え始めると急に楽しくなってきて、真理亜は浮き足立ってくる気持ちを抑えながら、残った紅茶に口を付けつつ、お出掛け用のコーディネートを考え始めていた。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

めぐるものがたり 相樂 千那  @sagarachina

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ