苦悩と救いと終り
彼がまだ、幼い頃。その両腕は、異常でも何でもなかった。しかし、体の異変を感じ始めたのは、十歳の頃からだった。その時は、ただの筋肉質だと思っていた。しかし、それは違った。彼の腕は、十歳を過ぎてから、刻一刻とその腕幅が成長していた。学校の友達と遊ぼうにも、異常な握力と腕力の為、学生の頃から不気味がられ、次第に彼は、勉強用の鉛筆さえ握れなくなった。その為か、彼の周りからどんどん人は消えて行き、不登校になった終いには、親族の者にも見放されてしまう。ハインデッド・リル。それが、彼の名前だった。唯一親から貰った大切な名前。その名前を呼ばれる事も成人した頃には無くなっていた。
ある日、街を久々に歩いていた時だ。その腕を大きなサイズの布で覆いながら、彼は買い物に出か掛けていた。二つ名が付いたのは、その頃だった。彼は、そのアンバランスな風貌のせいか。他人から変なモノ扱いで、いつも噂話にネタにされていた。彼は、それに関して我慢していた。しかし数週間前、腕の事を馬鹿にされ、怒って街の街灯を一つ捻じ曲げてしまった事がある。人にその力が加わればどうなるか位、彼は知っていた為の物への八つ当たり。公共物破損で訴えられるが、現状注意でその場は乗り切れていた。しかし、それからというもの、彼は腕を隠す事にしていた。大きな黒い布だった為、街では、その外見から死神とも呼ばれていたが、気にしなかった。だが、偶然その光景に出くわしたのだった。目の前で、若い女性が男性数名に絡まれ困っていた。迷惑だと言いながら、その場を離れようとする女性に、しつこく付きまとう男性三人。次第に女性に掴みか掛かろうとする。嫌気がさした女性は、助けを求め人を呼ぶが、誰も見向きもしない。そこへ丁度、いつもなら彼も観て観ぬふりをするのだが、魔が差したのか。もう既に彼は行動していた。男性三人の背後に、彼が現れる。それを、いつもの野次馬だと思い、男性陣の一人が振り向く。大きな手が、振り向いた男性の首を掴んだ。少しだけ、力を入れただけだった。掴んだ男性の首が、砕ける音がした。その男性は次第に体を震わせ、掴まれたまま体中の力が抜け、そのまま死んでしまったのだった。女性は悲鳴を上げる。彼は、その悲鳴を聴き、すぐさま手を放すが、もう遅かった。力も抜け、死んだ男性は、そのまま静かに倒れた。それを観て、その連れだった男性二人の一人が叫ぶ。人殺しと。それから彼は、自首する。しかし、世間の目は、彼にきつかった。首を握りつぶした事が深い印象を与えたのか、彼はその日からデッドワンドと呼ばれる事となってしまった。彼に殺人の意志は無かった為、刑期は五年になった。元々不可抗力であり、担当した弁護士も、それを言ったというのもあるが、検察側もそれを解っていた為、遺族の悲しみは有ったが、死んだ男性の行動も問題が有ると指摘されての結果だった。元々彼をターゲットにしていた記者達は、総勢で彼の二つ名を新聞に載せる。デッドワンド、と。刑期が終わる前、彼は何度も刑務所で自殺を図る。しかし、彼の腕のみが強いと言う訳では無かった。彼の体は、腕に合わせ。酷く頑丈になっていた。どうにも出来ないと諦めた時に、刑期は終わっていた。そして彼は、同じ過ちを繰り返さない様に、街から去る事にした。元住んでいた街から大分離れた鉱山で彼は働いていた。その鉱山の仕事仲間達は、最初こそ彼を不気味がっていたが、彼の懸命な仕事ぶりに心を許し、人殺しである事の事実も認めはしていたが、彼はそこで対等に話し合える仲間と出会ったのだった。
彼には、一つ悩みが有った。この風貌では、とてもじゃないが、女性は寄ってこないだろうと。そんな普通の人間には些細な悩みが、彼にとっては大きな悩みだった。その悩みを仕事仲間にすれば、いつも野暮な話だと笑われていたが、彼は誰かに愛されたかった。鉱山での仕事は順調で、貯金も随分貯まっていた。人より力のある彼は、随分な稼ぎで仲間に羨ましがられたが、楽しかった日々は、終わりを迎えようとしていた。鉱山の仕事の土地権利を持っていたある大富豪が、突然仕事で雇っていた仲間達共々、解雇してしまったのだった。当然、労働を奪われた仲間達は、散り散りになって他の仕事先を見つけたが、随分稼いでいた彼だけに、大富豪は話を持ち掛けた。金額にして百万で、ある館を譲ってくれるという話だった。大富豪は、その時。何故か急がなければならないと思わせるような口ぶりで、彼に言った。その館でなら、君の望みが叶うと言った。しかし、急がなければならないという。稼ぎが良かった彼は、鉱山暮らしで儲けたお金を使うだけだったので、別に悪い話ではないと思った。しかし、自分の願いが叶うという言葉を聞いて、どんな願いでも叶うのか、と聞いてみた。叶う。ただ一言返された。彼の願いは、彼を愛してくれる者に出逢う事。それが、その館で叶うならと、貯金から金を工面し、大富豪に渡した。すると、数日も経たない内に、馬車でその館まで連れて行かれた。館に入れば、全て揃っているからと、大富豪は言って、そのまま去って行った。一人残された彼は、とにかく入ってみる事にした。すると、声が聴こえてきた。最初は、何の声か見当が付かなかったが、その声は、よく聴いてみると女性の声だった。誰か居るのか、と彼は言ったが、声は囁く。貴方を愛してあげる。彼は、いきなりの事で気が動転した。今、何と言った。と彼は言う。愛してあげる。その声は、段々彼の意識を乗っ取って行った。それから彼は、館の窓と言う窓に鉄板を打ち付けて行った。来る日も来る日も打ち続け、全ての窓に打ち付け終ると、彼は一言呟いたのだ。俺も愛しているよ。すると、館から声が返ってくる。愛してるわ、ハインデッド。魅了されていた。存在するかしないか等、既にどうでもいい事になっていた事に、彼は気付くことも無く。館に取り込まれてしまったのであった。館の声は、館を管理するようにとも言ってきた。それからずっと、彼は館を守り続けてきた。ティアと言う名の少女が入ってくるまで、ずっと。ずっとずっと、死ぬまで。彼は、彼を愛してくれる者を守ろうと、ウィルとブルーとも戦っていたが、その頃の彼にはもう、自我が無かった。館から聴こえる女性の声だけが彼に聴こえ、守って、守って、愛してる。と囁かれるたびに、彼はただただ、館から聴こえる女性の声に操られ続けていた。絶命するその時も。彼はずっと、館から聴こえる、女性の声だけしか。聴こえていなかったという。
END-Another-
PSYCHO ERROR 星野フレム @flemstory
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