発狂と存在

「アーッ!」

 館内に誰かの気が違えた叫びが響く。女性の甲高い声で、まだ若いのだろう。容姿はとても綺麗だが、衣服はボロボロであり、手にはチェーンソーが握られていた。鈍く光るチェーンソーは、ある物体を切り刻んでいた。人の様な、大きな蛇の様な。それは、どんどん女性のチェーンソーと叫び声と共に切り刻まれ続け、最後に首を刎ね飛ばして、絶命させた。蛇女とも言うべきその化物を殺した女性は、さらに声を上げるか、もはや、意識は飛んでいた。

「ヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッ! アーハッハッハッハッハッ! アーッ! アーッ!」

 もはや、彼女には、固定の意志が無くなっていた。その響く声を遠くで聴く、ウィルとブルーと、この館にずっと住み続けるエレナとアレン。日ごと酷くなるその発狂ぶりに、中でもウィル達夫婦は、もはや救いのないものだと諦め、エレナは、無表情にその遠くで聴こえる声を聴いていた。迷い込んだ女性の意識は、既に臨界点を超え、まともという段階の制御さえ出来ていない。加えて、彼女の意志が、今までのどの来訪者よりも、強烈なモノであるが故に、彼女にとっての館は、随分と荒れていた。蛇女は何体も倒されていた。彼女は気が狂いすぎて、まともな言葉が発せない。

「わ、だ、しはっ! ごの、やがたから、ウァーッ! アーッ!」

 彼女の前には次々と蛇女がやってくる。その度にチェーンソーで首を刎ね飛ばしていく。そのチェーンソーは、彼女にとっての無敵の武器だった。電源供給が無限であり、刃こぼれもしない。そこまでの武器を持ってして、彼女はこの館に居る相当量の自分に見える敵を認識だけし、殺してゆく。贓物まみれの彼女の進む道に、明かりは見えない。彼女は、目に頼らず聴覚と嗅覚だけで、化物の相手をしていた。病み過ぎた心で、最愛の人の顔をした者達を斬りつける。彼女は同性愛者。故に女の恋と愛の狂いは残酷な結果を生み続ける。裏切った者への愛が歪み、醜く変貌した姿となった恋人を殺し尽くす事が彼女の今出来る事だった。彼女は、一度。恋人だった女性をこの館で、自らの偏愛性により、殺している。一生一緒に居ようと、入ったら二度と戻って来れないという噂の館に入っていたのだった。彼女の恋人は逃げた。彼女から必死に逃げ、そして。彼女の観念であった、死を選ぶ事での恋人としての成就を聞き入れられず。彼女に殺された。その殺された悲しみは、憎しみとなって残り。彼女を執拗に殺そうとする。恋人を殺し、一旦正気に戻っていた彼女に。その光景は、観るに堪えない物であり。そして、いつの間にか。大量の蛇女と化した元恋人に追われるまま、殺されかけ。その時に彼女の無敵の現象が現れた。生き残る事しか、今は頭に無い。唯一の記憶。恋人である者を、この手で殺めた事を至高の喜びとし、殺し続ける程愛する事が出来るのが、最初の内は快楽だった。しかし、気が付いた頃には、彼女は正気を失い。ただの化物処理機と化していたのだった。目的は、この館から出る事に変わり、出口を探すが、一向に出て来ない。それは、彼女の心が湾曲し過ぎたせいなのか? もはや、気が違え、発狂だけしか出来ない。そんな彼女だったが、時々正気を取り戻す。

「何処? ここ。何処だっけ?」

 数秒経たない内に、その正気はまた発狂する彼女へと移行する。恨みと悲しみが具現化した館内で、彼女の心を動かすモノは絶望的な程までに無くなっていた。そうして、かつての来訪者達の様に、二週間が経っていた。彼女は、食料が無い為。自分の殺した恋人の顔をした蛇女の新鮮な死肉を食い続けていた。ボロボロの髪。所々見える下着、汚れきり返り血を浴び、変色した垢だらけの体。もはや、服装などは関係なかった。髪も綺麗なブロンドだったのが抜け落ち、今では色素のない白髪だらけだった。そして、殺し続けた彼女は、ようやく自分に終止符を打つ。

「一緒に、いっじょに死ぬからっ! ゆるしでっ!」

 彼女は、涙を流しなら自らの武器で首を切り落とした。そして、館は静寂を取り戻し、彼女の死体と、その恋人の死体と共に二体。館から解放され。首から上が無くなり、頭だけで口づけをする形で、彼女達を探していた親族に発見される。その惨状は、もう誰もが彼女達の愛し合っていた証拠を認めざる得ない程の状況だった。後に語られる謎の館は、死の館として恐れられ続けている。死の館を観たら直ぐにその場から離れろ! そんな警告が、数々の者達の舞台であった国中に噂と共に広められる。国の代表は、軍部まで動かし、この死の館を幾度となく燃やしてしまおうとした。しかし、その度に館は炎上したが、そのまま消える。まるで嘲笑うかのように、再び現れる。かつて、この館をデッドワンドと呼ばれる男に売った大富豪は、こう言っていたという。願望が叶えられる館と聞いて、探し出すのに苦労したが、自分の所有物に出来た。しかし、館に入った途端に。館は大富豪の女体と戯れる欲望を満たしてくれたが、その内に戯れる女達が、大富豪を過剰に愛し過ぎた為。大富豪は、それに恐れを為して逃げた。結果的に誰も愛してくれる者が居ないのだと嘆いていた、デッドワンドと呼ばれた彼をそそのかし、大富豪は館を売り払い逃げて行ったのだった。女の愛を甘く見ていた大富豪が観たのは、愛する者を決めようと、殺し合いを始めた女達の姿だった。そして、女達は全員死んだ。そんな事も知らされず、館を手に入れたデッドワンドは、館中の窓に鉄板を打ち付け、独占欲で館を管理しようとしていた。彼は願った。自分を愛してくれる者が欲しいと。しかし、彼を愛したのは、館そのものだった。呼ばれる声は、美しく響き渡る女性の声。しかし、姿を見る事は、最後まで無く。彼は、いつの間にか館の現象として加わってしまい。最後には、ウィルとブルーにその命を絶たれたのだった。そして、同性愛者だった彼女達が訪れたその後。もう、館には誰も入ろうと思わなくなり。そして、その記録も無くなり、死の館と恐れられた建造物は、今は誰にも発見されなくなったという。館の中では、今でもウィルとブルー。そして、エレナとアレン達が暮らしているが、静かな毎日を送っている。誰も来なくなった館は、今も存在している。もしも、誰かがまた、こんな館に訪れたら、何を願い。そして思うのか。ただ言える事は一つだけ。館は、誰でも歓迎し、誰でも飲み込む。現象と化してしまえば、館を出る事は不可能。人知れず存在する館をもし見かけたら、決して入らないほうがいい。そこは、この館かも知れないのだから。


 END-2-

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