三句目 金魚売り人を呼び込み笑顔咲き
車が止まりエンジン音が消える。辺りを見回すと見慣れたビル街ではなく、緑が多い場所だった。
「ここは?」
「秩父。ここで、お祭りがあるらしくてね」
「珍しいですね、先輩がこういうところに来るなんて」
「まあ、たまにはな」
そう言いながら、顔を背ける裕人さん。
「慣れないことはするもんじゃないですよ?」
クスクスと笑いながら、僕は隣に並んで彼の手を取る。
「花火の時間まで、屋台とか見て回りましょうよ。裕人さん」
「ああ、そうしようか。ことちゃん」
彼の手を引き、屋台を見て回る。お祭りなんて、どれくらいぶりだろうか。高校卒業してから、なんだかんだで忙しくて行くことも少なくなってしまっていた。どこに行こうかと目移りしていると、隣で笑い声が聞こえてきた。
「どうしたんです?」
「いや、見てて可愛らしくてね。そういうところは、まだまだ子供だなって思った」
「酷いです、裕人先輩……」
頬を膨らますと、それを先輩が突ついてくる。だけど、それでも膨らませ続けていると気付けばいつものように遊ばれていた。
「……何遊んでるんですか、裕人さん」
「いや、こうしていれば機嫌が直らないかなーって」
「僕、そこまで単純じゃないですよ?」
「そうかー」
ニコリと笑いながら頭を撫でられ、一瞬ドキッとする。そして、そのまま僕は黙り込んでしまう。
「やっぱり、ことちゃんは単純だよね」
恥ずかしさを隠すように、彼から離れ人並みに紛れていく。後ろから先輩の声が聞こえてきたが、ちょっと今は止まる気がしなかった。
ふと歩いていると、視界の端に金魚すくいの屋台が見えた。そういえば昔、お祭りで取った金魚を飼っていたこともあったっけ。そんなことをぼんやりと考えながら、通りすぎる。店の前では、幼い姉弟が金魚すくいに夢中になっていた。
「うーん…… 上手く掬えないね、姉ちゃん」
「ごめんね……」
しょげてる弟の頭を撫でながら、姉は困ったような顔をしている。
「僕達、金魚飼いたいの?」
気付けば僕は、その姉弟に声をかけていた。自分達に声かけられたのだと気付いて、弟の方が口を開いた。
「あんね、お姉ちゃん。妹もいるんだけど、今日来れなくて…… でも、姉ちゃんと妹の分も欲しくて……」
「こら、わがまま言っちゃダメでしょ?」
姉が申し訳なさそうに謝りながら、弟の手を引こうとする。
「いいよ、取ってあげる。あと、取り方も教えてあげる。それでいいかな?」
姉弟の顔が輝き、僕も笑顔になった。
「決まりだね。おじさん、僕にもやらせて」
お金を支払い、ポイを受けとる。そして、ゆっくりと二人に説明しながら金魚を掬っていく。二人は「凄い凄い」と言いながら、楽しげに聞いていた。
欲しい数を掬いあげ、残りのポイは二人に挑戦させた。二人とも教えてみると、まだまだ荒削りだが上手くできていた。上手にできて嬉しそうな姉弟を見て、こっちまで嬉しくなった。
「あれ、琴乃。ここにいたんだ」
「裕人さん」
「お姉ちゃん、ありがとう!」
「ありがとうございました」
「ん、またね」
二人が頭を下げて笑顔で去っていくのを、僕は手を振って見送った。
「あの子達は?」
僕は笑顔で指を自分の口に当てながら答える。
「秘密」
月夜に提灯、一旗上げて 樫吾春樹 @hareneko
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