二句目 青空にひとつ大きな雲の峰

 朝の八時頃。騒がしいから起きてみると、先輩が部屋に上がっていた。

「……先輩、何しに来たんですか?」

「何って、起こしに?」

「はぁ…… 休みなんだから寝かせてよ」

 家に上がってきた人こと星田裕人ほのだゆうとは、僕の職場の先輩であり彼氏でもある。それはいいのだが、休みになると時折こうして家に上がってくることがある。

「それで、何しに来たの?」

「折角の休みだから、たまには出掛けようかと思ってね。一緒に行かないか、ことちゃん」

「それって、デートのお誘い?」

 僕の質問には答えずに、彼は気恥ずかしそうに笑う。そうやって笑うこと自体が、答えだということだ。

「わかった。支度するから少し待ってて」

「早くしないと置いてくよ、なんて」

 からかい混じりにそんなことを言われながら、僕は部屋の扉を閉めて着替えはじめた。久しぶりのデート。折角なら、少しくらい可愛らしい服を着たい。普段は作業着しか着ないから、どうしても私服を着ることが少なくなってしまう。

「これとこれと……」

 淡い水色の薄手のワンピースに、ネイビーの腰にはリボン付きベルト。そして、レース生地の上着を羽織り、扉を開ける。

「お待たせ、裕人さん」

「それじゃあ、行こうか?」

 素っ気なく言って、そっぽを向く彼の耳が少し赤いのは気のせいじゃないだろう。

「うん。行こっかー」

 いつものように車の助手席に乗り込み、シートベルトをする。そんなことをしてるとき、隣で小さく何かを呟く声が聞こえた。

「裕人さん、何か言った?」

「俺の彼女は可愛いなーってな」

 少し荒く頭を撫でながら、裕人さんは車を出発させる。やられた。顔が赤くなってる気がして、外の景色を見るフリをする。

「ことちゃん、もしかして照れてる?」

「うるさい、裕人さんには言われたくない」

 頬を膨らませると、そのまま指でつつかれた。しばらく膨らませたままでいると遊ばれるので、すぐに引っ込めたら残念そうな声を出された。

「何、残念そうな声を出してるの……」

「だって、ことちゃんを茶化すの楽しい」

「茶化すな!」

 そんなくだらないやり取りをしながら、どこへ向かうかも知らされないまま景色が通りすぎる。

「どこに行くの?」

「内緒」

 やっぱり今回も、彼は教えてくれないようだ。まぁ、裕人さんの方から誘うくらいなのだから、ラーメン屋とか焼き肉屋とかではないだろう。多分。

「行くところは言えないけど、いい思い出になると良いとは思ってるよ」

「それじゃあ、楽しみにしとくね」

 なかなか、デートに誘ってくれない裕人さん。そんな彼からの誘いが嬉しく着くのを楽しみにしながら、移動時間を僕は隣の席で過ごした。

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