月夜に提灯、一旗上げて

樫吾春樹

一句目 髪揺らし涼風通る並木道

 昼間には蝉が鳴り響き、夜は蛙が合唱をしている季節。冷房が無いため寝苦しいときもあるが、実家ほどの熱帯夜では無いことが多い。だが、それでも暑いときは暑い。

「もう、こんな時間か……」

 寝付けずに、隣の時計を見ると午前一時を回っていた。普段なら焦るところだが、今日は休みだとわかっているからその必要もない。

「仕方ない。少し眠くなるまで、ペンを走らせますか」

 秋月琴桜あきづきこはるのペンネームが入った本が並ぶ、机に向き合いノートの空白を埋めていく。書いては、納得いかない部分を消しては直す。それを繰り返して、どんどん言葉を綴る。

 春沢琴乃はるさわことの。ガラス工の見習い職人であり、同時に一人の作家でもある。普段はガラス工事の方に携わっているが、休日や自宅に帰ると作家としての時間になる。

「次の〆切、来週か…… 何とか間に合うかな」

 ふと、目に付いた卓上カレンダーを見ながら、鞄の中から手帳を引っ張り出す。工事の仕事がどれだけ入ってるかによっては、もう少し伸ばすか、量を減らしてもらうかをする必要があるからだ。だけど、その心配も無さそうで作家としては嬉しいが、職人としては複雑である。

 確認し終えて再開しようとしたが、うつらうつらとしはじめたので、一旦休もうとペンを置いた。気づけば時間は、もう午前三時を回っていた。電気を消して布団に寝転がり、そのまま夢見心地に意識を預けた。

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