きっちん らぶ すとーりー

淺羽一

〈掌編小説〉きっちん らぶ すとーりー

 国産牛乳「おいっ。お前、俺がいない間に別の牛乳を中に入れただろ」


 冷蔵庫「ど、どうしたのよ突然。そんなわけないじゃない」


 国産牛乳「とぼけるなよ。さっきシンクの横に空箱があるのを見たんだよ。しかもよりによって、あんなコンビニくらいでしか売られていないような奴なんか」


 冷蔵庫「それは、だって、仕方ないじゃない」


 国産牛乳「ほら、認めたな。やっぱり手前ぇは軽い奴だよ。そうやって、他にも俺が知らないだけで、誰にでも簡単にパカパカパカパカ体を開いてんだろ」


 冷蔵庫「そんな、酷い……」


 国産牛乳「まったく、何が白物家電だよ。腹ん中は真っ黒じゃねぇか」


 冷蔵庫「そう言う貴方だって、いつも勝手で、やっと戻ってきてくれたかと思ったら二日も待たずにまた出てっちゃうし。私、知ってるんだから。貴方が外でミキサーなんかの中にたっぷり注いでるってこと」


 国産牛乳「はぁ? あのな、俺のはあれが仕事なんだよ」


 冷蔵庫「何が仕事よ。あんな、福引きの懸賞で当たっただけのミキサーを相手に、いつもいつもいやらしい。貴方こそ中身は真っ黒じゃない」


 国産牛乳「はっ。馬鹿馬鹿しい。俺は身も心も真っ白だよ。真っ黒な牛乳なんざ、腐ってるじゃねぇか」


 冷蔵庫「だったら貴方は心が腐ってるんじゃない」


 国産牛乳「何だと、手前ぇ。浮気した分際で調子に乗りやが――あっ、何いきなり扉を開けてんだよ。まだ話は終わってねぇぞ。こら、ちょっと待ってろよ、すぐに戻って……」


 冷蔵庫「……あぁ、また行っちゃった。何よ、私だって、好きで別の相手を受け入れてるわけじゃないのに。それなのに、こっちの気持ちも知らないで勝手なことばっかり」


 輸入チーズ「おやおや、通風口から水が漏れとるよ」


 冷蔵庫「あ、チーズさん……。ごめんなさい、私ったら、いつもこんな調子で」


 輸入チーズ「いやいや、こちらこそすまんね、わしの身内が」


 冷蔵庫「そんな、貴方には何の関係も」


 輸入チーズ「いや、出身こそ違えど、あいつはわしの身内も同然だし、何よりもわしの若い頃にそっくりだ」


 冷蔵庫「そうなん、ですか」


 輸入チーズ「あぁ。今でこそわしもこうして落ち着いちゃいるが、昔はあいつと同じようにあっちへ流れ、こっちへ流れ、まったく未熟な奴だったよ」


 冷蔵庫「何だか、想像出来ないです」


 輸入チーズ「わしもさ。あの頃は、自分がこうなるだなんて思ってもいなかった。まぁ、腐ってみるのも経験だな」


 冷蔵庫「あ、ごめんなさい。私、そんなつもりで言ったわけじゃ」


 輸入チーズ「分かっとるよ。それにな、わしのは腐敗じゃなくて、発酵じゃからな」


 冷蔵庫「うふふ、そうですね」


 輸入チーズ「ほっほっほ。分かってくれれば良いんじゃよ。……と、おや、君の前に誰かがやって来たな。もしかして奴が戻ってくるかな」


 冷蔵庫「あ、そうみたいです――って、え?」


 特大型プラスチック容器入り牛乳「ハロー、お嬢さん。初めましてだな」


 冷蔵庫「あ、貴方は? え、彼は?」


 特大型プラスチック容器入り牛乳「俺はアメリカ産牛乳さ。君の言う『彼』ってのは、もしかしてあの紙パック入りの貧弱坊やかい? なら、とっくに空になってシンクの横で干されているよ」


 冷蔵庫「そんな……」


 特大型プラスチック容器入り牛乳改めアメリカ産牛乳「それよりさ。見ろよ、この俺の大きなボディと、たっぷりとした余裕をさ。あんな、すぐに飲まれきっちまうような奴なんか、俺がすぐに忘れさせてやるよ」


 冷蔵庫「でも、私、私……」


 アメリカ産牛乳「何、時間はたっぷりあるんだ。これから俺が本場のミルクの味を教え込んでやるよ」


 冷蔵庫「あぁ。私、どうしたら……」


 アメリカ産牛乳「HAHAHA!」


 輸入チーズ「いやはや、まったく若いってのは難儀なもんじゃわい」


〈了〉

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