第14話 元どおり
朝、私はベットで気がついた。
部屋の色は青色。元の色。
念のために、生徒手帳を確認したが、住所や名前におかしな表記はなかった。
鏡に映る元どおりの長さになっていた髪を整え、いつも通りポニーテールにしようとしたけど、ふと嫌な予感がして、全部元に戻っちゃった気がして、それが嫌で思い切ってツインテールにした。
柄にも無く、使ったことのない真っ赤なリボンでまとめる。朝日に照らされているからか、はっきりとしたリボンの赤い色が少し眩しく感じた。
制服に着替えて、一階に降りると朝ごはんの用意が出来ていた。
和食。ご飯に味噌汁、お新香と焼き魚、ちょっと豪華な朝ごはん。
いつもの、でも久しぶりとも思ってしまう朝ごはんがそこにあった。
ママはいつも通り朝の挨拶を済ませ、ただ、いつもと違う私の髪型に少し戸惑ったようだったけど、それには触れずにいつも通り机の上にお茶を置いてくれる。
何も変わらないいつも通りの朝。
私は長い夢でも見ていたのだろうか。
ただ、何も変わらない元どおりの日常がそこにあった。
「茜……」
私が食べ終わるのを待ってママが話しかけてくる。
「なぜかしら、久しぶりの様な気がして……」
ママはそう言うとニコリと優しく微笑み、洗濯物の準備があるからと部屋を出て行った。
「私も、学校に行かなくちゃ」
鞄を手に取り立ち上がると、食器をシンクにまで運びそのまま足早に玄関へ。
「いってきまーす」
洗濯機の側から聞こえるママの「車に気をつけなさいね」という声を聞いて玄関のドアを閉めた。
見上げると、綺麗な雲ひとつない青い空が何処までも広がっていた。
何だろう、ずっと胸騒ぎがする…
同じ制服の生徒で溢れかえった道を歩く。
ここ数日間感じていた違和感のある世界を、今日は全く感じない。周りの生徒の様子も何も変わらない。
そして…そして、これも元どおり、悠太が今日は喋りかけてこない。
いつも悠太が喋りかけて来るのは、さっき既に通り過ぎた十字路。
ドキドキしながら十字路を渡るのが日課になっちゃってた。
別にここは元どおりで無くても良いのに。
数日間だったけど、毎日一緒に歩けて嬉しかった。
悠太と喋って楽しかった。
私はただ、あいつの笑う顔と少し調子に乗った自慢話が好きだったのに。
もう今日からは、見れなくなっちゃうのか。聞けなくなっちゃうのか。そう実感したら、視界が滲んできた。キラキラと煌めく朝日が余計に眩しく感じた。
悲しくて、寂しくて、心の真ん中が無くなっちゃった、そんな感じがした。
悠太…悠太…もう一度だけで良いから、話しかけてよ。一緒に学校行こうよ。お昼ご飯一緒に食べたいよ…
もう駄目…悲しすぎて、前が見えない私もう歩けないよ。
そう思った時だった。
左手を誰かが掴んだ。
誰?見ようとして、途中で目を伏せた。忘れてた。私は今、目に涙を溜めているんだっけ。朝から真っ赤な目をして、人に見られたら変な子と思われちゃう。
伏せたまま左手に集中する。
大きな手。がっしりした手。私はハッとする。これは暗闇の中、数時間ずっと繋いでた悠太の手だ。間違いない。間違うわけが無い。
「茜、よかった。俺だけ脱出してたらどうしようと心配してたんだ」
私は声がする方を見上げた。その勢いで涙がはらはらとこぼれ落ちる。
「何だ、お前泣いてる……のか? 」
この声は悠太だ。涙のせいで悠太の顔が滲んでよく見えない。
私はその場でうずくまって泣きじゃくった。思い切り泣いた。
さっきまでの悲しくて止まらなかった涙が、今度は嬉しい涙に変わり、そしてまた止まらなくなった。
悠太は困りながらも、黙ってずっと手を握り、私のそばに居てくれた。
「悠太、ごめんね。突然お昼ご飯一緒に食べようって言って」
屋上の一角。町を一望できる景色の良い場所に私と悠太は座り、お弁当を広げていた。
「いや、別に」
悠太は、言葉すくなげに言ってご飯を口に放り込む。
「あ、あの、もしかしたら一緒に食べるの、迷惑…かな」
私は伏し目がちに、様子を伺いながら悠太に聞いた。
「いや、別に」
言葉すくなげに悠太は答える。
「そう……ありがとう」
私の頬が赤らむのがわかった。赤らんだ頬がばれないように、私は急いでポテトサラダを口に運んだ。
実は、お昼休みに入ってすぐに、私が悠太に声をかけたのだった。
悠太は男友達と昼飯の準備に入っていたが、恥ずかしがる様子もなく、数回男友達と会話をした後、弁当を再びしまうと、手に持って私のそばにやって来た。
そのまま、無言で私の手を握ると屋上へ向かった。
屋上に着くと言葉すくなげに、私に座れと促し、悠太もすぐ隣に座ったのだった。
色々話したいことがあるのに、話せない。たくさん伝えたいことがあるのに伝わらない。
私はそう思いながらお弁当を食べ終わろうとしていた。
そんなとき。
「茜……」
悠太が私の名前を呼んだ。私は悠太の方を向く。
「茜これやるよ。おまえ、梅干し好きだったよな」
悠太は意味ありげに笑い、箸で掴んだ梅干しを差し出していた。
私はキラキラ輝く梅干しを受け取ると、「うんっ」と笑顔で肯いた。
茜パラドックス らいらっくぶるー @Lilacblue
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます