第13話 告白
一体、何時間歩いただろう。何処までも平坦な暗闇が続くこの空間を、二人はしばらくの間歩いていた。
最初のうちは、恐怖からか積極的に二人とも喋っていたが、やがて話題が無くなると食べ物の話になり、その話も一通り終わるといつの間にか、何も話さなくなっていた。
「悠太、私たち一体何時間歩いてるんだろう? 」
「はあ?何時間って、まだかれこれ三十分くらいだろ? 」
悠太は不安に思う私とは違って、むしろ楽しそうに答える。
「もうっ、悠太は昔からそうだよね。恐らく二時間ぐらいになるよ」
「あれっ?もうそんなに時間が過ぎたっけかな…」
悠太は本気で三十分くらいしか経っていないと思ってる様だった。
「「遊んでると時間が経つのが早いよなあ 」って小学校の頃、悠太は良く言ってたもんね」
「お、おう。そうだった…かな」
私は急に歩くのをやめた。私の手を掴んで先を歩いていた悠太も、それ以上進めなくなった。
「茜…どうした? 」
「悠太、もしかして私たちは、ずっとこのまま歩き続けんじゃないかな…」
私は不安でいっぱいだった。
「急にどうした。暗闇ばっかりが続くから、怖くなったのか?」
「だって、あれだけ歩いたのに景色が全く変わらないと思わない? 」
私達が最初に気がついたときと状況はまるで変わっていない。周りは真っ暗のままだし、明かりといえば周りを取り囲む様に地平線がぼうっと光っているのみであった。空を見上げても、そこには漆黒の闇が広がるばかりである。月はおろか星の一つも見えない。
「はは…もしかしたら、私たちずっとこのままかもだよ」
私は乾いた笑い声を交えて言ってしまった。
「山で遭難した時は動かない方が良いって聞くけど、ここは山じゃないしね…」
独り言の様に言う私の手を、悠太が両手でそっと握った。
「ゆ…悠太? 」
「茜、大丈夫だ。絶対に大丈夫」
悠太が確かな口調で言った。
「何いってるの、こんな訳のわからない世界に突然放り込まれて。まず、ここはどこなの?なぜ真っ暗なの。歩いても歩いても変化のないこの世界は何? 」
それまで、口にしたら駄目だと思っていた。私の口から不安の言葉がとめどなく溢れ出した。
「私と悠太は教室にいたはずなのに。私がバランスを崩して、悠太が助けてくれたはずなのに何処までも落ちて。そうよ、落ちるところなんてないのに。ここは一体何処なの」
「茜…」
私も悠太の手を両手で握ると、それっきり喋れなくなった。
暗闇の中、お互いが全く見えない状態で、存在を確かめ合う様に手を握り合う二人。
「ごめんね」
私は悠太に謝った。
「不安をぶつけるなんて、悠太はなにも悪くないのにね。ごめん」
「いや、まあこんな状況じゃあ、しょうがないさ。俺も訳わかんないし」
「悠太は強いね、全く動揺してないもん。それにひきかえ私は…」
再び暫くの沈黙。それは永遠に続くとも思われた。ただ暗闇の中、しっかりとお互いを確かめ合う様に手を握り合う。
「うさぎのかあさん 野山を跳ねる 迷い子の子うさぎ探して跳ねる」
悠太が突然、大きな声で歌い出した。
「猟師の見ている切り株交わし 子うさぎ探して野山を跳ねる」
私の手を握る悠太の手に一層力が入る。
「悠太、その歌は…」
「うん。ずっと昔に茜が歌ってくれた歌だ。あの時俺は隣町まで冒険に出て迷い子になってたんだ。物凄い孤独感に襲われて途方に暮れてたっけかな」
「そんなこともあった…かな」
「多分、家からそんなに離れていなかったと思うんだけど、あの頃は家から少し離れただけで、知らない世界の様で。不安でうずくまって泣いちまったんだ。しばらく泣いた後、気が付いたら茜が横に立っていた」
「うん…そうだったね。悠太が泣いてて、びっくりしたのは覚えてる」
「茜の顔を見た途端、とても安心して、それでまた涙が溢れて」
「悠太がうずくまったまま全く動かなくなって、私もどうして良いかわからなくなった」
「そう。そんな俺に歌ってくれた歌だ。あれで俺は落ち着きを取り戻したんだ」
悠太が私も覚えている昔の話を覚えてた。この人は間違いなく、私の知っている悠太だ。私はこのとき確信した。
並行世界…なのかどうか分からないけど、寡黙な悠太じゃ無いけど。お昼ご飯を一緒に食べてくれる私の知らなかった悠太だけど、この人は幼馴染で、ずっと私が好きだった一ノ瀬 悠太その人だ。間違いない。
少し雰囲気が変わってもそれは大した問題じゃない。目の前にいるのは、私の大好きな悠太だと。昔から知っている、幼馴染で、大好きでたまに意地悪な一ノ瀬悠太だと。
「茜、こんな状況だし、普段聞けない事を一つだけ聞いて良いか」
突然に悠太が言った。私の手を握る悠太の力が強まった。
「な、なに……かな」
「お前、俺のことが好きだろ」
「えっ、えっ……え」
心臓が口から出るかと思うほど驚いた。そのまま何も言えなくなってしまう。
「やっぱりな。ったく、お前昔から隠し事下手くそなんだよ」
「いや、あのその。あ、ほら、悠太が突然変なこと言うから」
「なんだよ、変なことか?俺のこと嫌いか? 」
「い…いや、そう言うわけでは…」
「あー悪りぃ。こう言う場合は、男が先に言うべきだな…」
しばらく間が空き、長い深呼吸の後に悠太が私の耳元でそっと囁いた。
「一ノ瀬 悠太は、柊 茜が大好きだ」
悠太の大きな両腕が茜を包み込む。唇に何かが当たるのを感じた。そして私はそっと目を閉じた。
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