第18話 兄妹

「お兄様、少し宜しくて?」

 そう言って、夕食後にフィリクスの私室に返事を待たずに入って来たのは、彼の妹であるシャーロットだ。

「シャル、淑女ならきちんとノックをして相手の返事を得てから入室する様に」

「あら、お兄様から頼まれた例の件のお返事を持ってきて差し上げたのに。お兄様が聞きたくないのなら仕方が無いですわね。またにしますわ」

 そう言ってシャーロットが部屋から出ようとしたところで、「シャル」と彼女の名前を声色を少し落として呼ぶ。

 同時に控えていた従僕達も下がらせる。

 シャーロットは人払いが済むと踵を返し、フィリクスが座っていたソファーに近寄ると1通の手紙を差し出した。

 フィリクスはそれを受け取ると、さっと内容に目を走らせる。

「お兄様ってばいつの間にクリスと仲良くなったんですの?まぁ、今回の件は面白そうですから乗って差し上げますけれど、クリスはわたくしの親友なのですから幾らお兄様と言えど、クリスが泣くような事があったらただではおきませんわよ」

 シャーロットはそう言いながらフィリクスの対面に腰掛ける。

「別に泣かせるようなことはしないさ。今回の件にしても、たまたま王宮で出会った時に落ち込んでる風だったから提案したにすぎない」

「それにしてはずいぶん親身ですのね。他のご令嬢相手とは大違い」

「彼女はシャルの親友でもあり、俺の親友の妹でもある。だからこそ助けになればと、そう思っただけだよ」

 フィリクスは手紙を畳むと、シャーロットにソレを手渡す。

「でも、もしこの練習の件が他の貴族に知られた場合、クリスは確実に『例の件』の筆頭候補に名前が上がるのではなくて?クリスの意思に関係なく」

「だからこそのシャルだろう」

「それは…そうですけれど」

 シャーロットは何かを考えこむかの様に、フィリクスから視線を逸らす。


 ここで言う『例の件』とは、王太子であるフィリクスの妃―――、王太子妃問題である。

 現在フィリクスには婚約者はいない。

 それは、レジェンディア王国自体が情勢も安定している事もあり、他国から政略という形で妃を娶る必要はない事や、父である国王陛下からは、余程無理な条件でない限りは好きな相手を選んで良いと言われている為、フィリクス自身も婚約者を決めるという点において焦っていないという理由からだ。

 しかし、20歳という年齢を迎えてからというものの、水面下では次期王太子妃には誰が選ばれるのかという話題が絶えず行われているという報告を、側近等の近しい者達から受けている。そして、実際に自らの娘を嫁がせたいと考える貴族達の幾人かは、直接フィリクスや国王陛下に打診してくる者も現れている。

 フィリクス自身、未だ誰かを娶りたいと考えているわけではないので、そうした貴族達には勘違いをしない様、きっぱりと断っていた。


「シャルは、彼女をどう思う?」

 何かを思案する妹の思考を断ち切るかの様に、フィリクスは尋ねる。

「どう、って。可愛いと思いますわよ。大好きなものに対しては一生懸命で、つい夢中になって話が長くなってしまう所なんかは普段のクリスとは違って生き生きとしてとても可愛いんですの」

「そう、『普段とは違って』だ」

 シャーロットは訝しげな視線を兄に向ける。

「何が仰りたいんですの?」

「クリスティーナ嬢は過剰な程、自身を過小評価している。シャルはそうは思わない?」

「それは…、わたくしも少し気にはかかっていましたけれど」

「例えば、夜会で俺と踊った時。彼女はあまり視線を合わせようともせず、殆ど俯きがちだった。そして、会話の端々からも自分を卑下したり、一歩引いたところから話したりする事が多いように感じる」

 フィリクスは自身と関わった時のクリスティーナの表情や、会話等を思い出しながら言葉を紡ぐ。

「本当の彼女は、決して彼女が評価している様な令嬢ではなく、シャルが言う様な好きな事には一生懸命な、可愛い女性ひとなのではないかと、俺も思う」

「じゃあ、何がそんなにクリスを追い詰めているんですの?以前、夜会に出始めた頃のクリスのドレス等の装飾品は、クリスのお兄様方のせいだと分かったからこそわたくしは早めに手を打ったのに…」

「それは俺にも詳しい事は分からないよ。だが、彼女の思いを変える事が出来るのは彼女自身だ。だからこそ今回の練習を通して、少しでも彼女に自信を取り戻せたらと俺は考えている」

 フィリクスには1つだけ、原因となった事象に思い当たる節がある。恐らくはエドワルドが話していた事が、それにあたるだろう。

「ならば、わたくしも全力でお手伝いしますわ」

「頼んだよ」

 話し終えるとシャーロットは立ち上がり、部屋を出る為扉へ向かった。

 しかし扉を開ける直前、ふとフィリクスを振り返る。

「お兄様は…」

「何?」

「いえ、何でもありませんわ。おやすみなさいませ、お兄様」

 そう言い残し、シャーロットは部屋を後にした。





***************************





 今日は例の社交の練習第1回目である。

 クリスティーナが王宮に到着すると、いつもの様にシャーロットの侍女であるマリアに内宮まで案内される。

 そうして案内されたのはシャーロットが好んで使うというサロンで、庭に面した大きな窓ガラスから暖かな陽気が差し込み、庭にはこの時期に咲く色取りどりの花々が植えられており、思わず見とれてしまう程見事な庭であった。

 サロンに用意されているテーブルの席には既にシャーロットとフィリクスが座っており、クリスティーナの入室と共に2人から同時に微笑みを向けられ、思わずたじろぎそうになってしまった。

「王太子殿下、王女殿下、この度は御招きをありがとうございます」

 クリスティーナは、落ち着いた水色のストライプ生地をベースにしたドレスのスカート部分を摘み、淑女の礼を取る。すると、王太子殿下から席へ座るよう促されたので、空いていた席に着いた。

 三人が揃ったところで、給仕役の侍女達が紅茶や色鮮やかなお菓子をテーブルにセッティングしていく。

「わたくし、クリスが来るのを楽しみにしていたのよ!」

「私も、シャルと会えるのを楽しみにしていたわ」

「本当に2人は仲が良いね」

 フィリクスはそう言うと、2人に微笑む。

「当たり前ですわ。クリスはわたくしの唯一の親友でしてよ」

 シャーロットも少し胸を逸らし、自慢げに微笑み返す。


 紅茶等の準備が終わる頃を見計らい、フィリクスはクリスティーナに視線を向ける。

「先日私が提案した通り、今日から社交の練習を始めたいと思うのだけれど、それに伴って提案があるんだ」

「提案、ですか?」

 クリスティーナは小首をかしげる。

「そう。練習中はいつもに比べ、格段に貴方の名前を呼ばなければならない機会が増えるのだけれど、その度に『サンテルージュ侯爵令嬢』と呼ぶのも堅苦しいので、この練習中だけ私にクリスティーナ嬢と呼ぶ事をお許し願えませんか?」

 この国の社交界においては、家族ではない異性間で名を呼び合うというのは、婚約者や幼い頃からの友人の様に、余程の親密な間柄でなければありえない。しかし、互いが許可を出した時は別であるとされてもいる。

 それ故、フィリクスは名前を呼ぶ許しをクリスティーナに請う。

「必要なのであれば、私はかまいません…」

「ありがとうございます。では、クリスティーナ嬢も私の事はフィリクスと。私はこの場を気兼ねの無い気楽な場にしたいのです」

「そ、れは…」

「抵抗はあるかもしれませんが、王太子殿下と呼ばれるのは私も堅苦しく感じてしまうのです。ですからどうか」

「クリス、お兄様のお願いを聞いては下さらない?わたくしもこの場では、王女という立場を忘れて楽しみたいわ。お兄様が殿下と呼ばれていると、私まで堅苦しく感じてしまうもの」

 「お願いよ」と困った様な表情で、親友のシャーロットに言われてしまうと、クリスティーナもそれ以上は断るわけにはいかなかった。

「慣れないので…、少しずつでも宜しければ……」

「ありがとう」

 そう言って微笑むフィリクスを見ていて、クリスティーナはある事に気付く。



(殿下は、今日は夜会の時みたいな口調だわ)



「……あの、練習をして頂く私からのお願いも、1つだけ宜しいでしょうか」

 不思議そうな表情をしたフィリクスとシャーロットが、視線をクリスティーナに向ける。

「その……、気楽な場にと仰るのであれば、どうか私の事はお気になさらずいつもの殿…フィリクス様の話し方でお話し下さい。その方が私もあまり緊張しないかもしれませんので」

 フィリクスはふっと笑うと、「分かった。なら俺も気を付けるよ」と、その申し出を了承するのだった。


 そして肝心の練習について、フィリクスによると「まずは家族以外と会話する事から慣れて行こう」との事で、3人で他愛もない話をしただけで、本日は終了となった。

 話の内容も、話題の提供が苦手なクリスティーナを様子を見てか、フィリクスとシャーロットがその都度話題を振ってくれたので、思ったよりも早く時間が過ぎた様に思う。

 会話をする中でやはり何度かは「殿下」と呼んでしまう事もあったけれど、フィリクスは言っていた程その事は気にしていない様だったので、クリスティーナはほっとした。


 練習が終わり退出する際に、シャーロットへ持って来ていた本を渡す。

「まぁ!いつもありがとう」

 シャーロットはそう言うと、自身も返すべく持参していた本を侍女であるマリアから受け取ると、クリスティーナに手渡した。

「それは?」

 一連の流れを見ていたフィリクスは不思議そうに2人が手にしている本へ視線を移す。

「クリスから時々こうして物語を借りているのですわ」

「そういえば、クリスティーナ嬢は物語を読むのが好きだと先日言っていたね。しかし、シャルが好きだったというのは初耳だ」

「あら、そうだったかしら?」

 シャーロットは兄に伝えていない事を知っていて、あえて素知らぬふりをする。

「ああ、聞いたことはないな。シャルが夢中になる程とは、どんな内容の物語なんだい?」

 次の瞬間、乙女2人は固まる。

 文字通り、固まっている。

 流石に男であるフィリクスに、中身について詳しく話すわけにはいかないからだ。

「そんなに話せない様な内よ…「恋愛物語なのですわ!」」

 訝しみ始めたフィリクスの言葉に、はしたないと思いつつもクリスティーナは口を挟む。

「へぇ。恋愛物語とは女性らしい選択だ。それで、それはどんな話なのかな?」

 クリスティーナ達乙女の思いとは裏腹に、フィリクスは興味を引かれた様で更に問いかける。


(い……言えない)


 本当の内容について話す事は、クリスティーナ自身はまだしもシャーロットの沽券に関わる。


(ええ~い!なる様になるわ!!!)


「よ、よくある、身分違いの恋が題材になった本です。今日お貸ししたのは確か、貴族と使用人という普通ならば結ばれるはずの無い身分の2人が題材になっていまして、人気があるのかシリーズ化されているんですの」

「俺はそうした物語とかは読まないから詳しくはないんだけれど、広く大衆向けに書かれたものだからこそ、彼らの理想を形にした作品といったところかな?」

「そう、なのかもしれません」

「それで、その本は貴族の男性と使用人の女性の恋なのかな?」

「いえ、貴族の女性(受け)と使用人の男性(攻め)ですわね」

 ある意味本当の事である。貴族の性別以外は。

「それは…、なんだか結ばれた後も苦労しそうだね」

「ええ、それがまたこの物語の面白い所なのです。2人が様々な苦難を共に乗り越えていくところが醍醐味なのですわ」

「そうか…、良かったら今度、クリスティーナ嬢のおすすめの物語を俺にも貸してくれるかな?少し興味が湧いてきた」

 何も知らないフィリクスは微笑むと、念を押す様に「頼むよ」と言った。

 クリスティーナは何とかこの場を乗り切った事に安堵しつつ、フィリクスに貸す為の本を何とか昔読んでいた(の)本の中から、何とか似たものを探し出さなければと頭の中で読んだ本のあらすじを必死に思い出すのだった。



***************************



 フィリクスが執務室に戻ると、そこにエドワルドが待ち構えていた。

「よっ!で、例の練習で変わった事あったか?」

「エド…、一応私が留守の間は勝手に中で待たない様伝えてあったろう?」

 幾ら近衛騎士団・副団長補佐とはいえ、主が留守の部屋に入るのは様々な誤解を招く恐れがある為、フィリクスは彼の行動を窘める。

「そうは言ってもこの時間勝手に抜けてきたのがバレると、俺も副団長に絞られるんだから仕方が無いだろ?」

「お前…、まさかサボって来たのか?」

「妹に関係する事なんだから当たり前だろうが!因みに時間が無いから手短に聞くが、変わった事は?」

 フィリクスは親友とはいえ、王太子の自分にさらりとサボった宣言をするエドワルドに軽い頭痛を覚える。




(後で副団長を招集するか…)




 どうもエドワルドは普段は優秀にもかかわらず、妹の事となるとそれまでの結果を疎かにしてしまうきらいがある。

 昔もそうだった―――。



 あれはフィリクスとエドワルドが、まだ寄宿学校に入学していた時の事だ。

 あの頃からエドワルドとは親しく過ごしており、実は何度か休暇の折にはサンテルージュ侯爵家に遊びに行った事もある程だ。

 エドワルドは学校ではフィリクスに負けない程の優秀な成績を収めていた。そして、あの溌溂とした性格から、同級生や後輩たちからの人気も厚かった。

 しかし、長期休暇明けに学校に戻ると、エドワルドの雰囲気はガラリと変わりこの世の終わりとばかりに沈んでいる事が多くなった。

 これは、フィリクス達が入学した当時も同様で、クラスにあまりにも絶望した表情の生徒がいたので、思わず声を掛けるに至ったのがエドワルドだったというのが、実のところの出会いである。

 理由を聞けば「妹が…、泣くんだよ……。『お兄様行かないで!!!』ってさ……。こんな事初めてで…さ。夢にも毎日出て来るんだよ……。で夢の最後には、私の事をおいて行くお兄様なんて大嫌いって………あぁあぁぁあぁあ~~~~っ!」と、最後には盛大に泣き崩れる始末で、正直最初は引いた。

 しかし、他の同級生も始めに声を掛けたのが王太子というだけあって、助けるべきか見守るべきかと悩み、手を出しあぐねている者が多く、仕方なくフィリクスがそのままエドワルドの話を聞き、最後に「そんなに泣いてくれる妹君なら、帰った時には喜んで抱きついてきそうだね」と言ったのが功を奏した。

「抱き……、そうか……。そっか、そうなんだよ!妹は、クリスは!!!誰だか分かんないけど、話聞いてくれてありがとうな!!!」

 エドワルドはそう言い、フィリクスの両肩を力一杯叩くと、さっきまでの絶望が嘘みたいに晴れやかな笑顔に変わっていた。

 その後、フィリクスの名前を聞いて百面相みたいに顔色を変えたエドワルドは今でも思い出せるほど面白かったと思う。


 エドワルドは一言目には妹自慢をする程で、それは同級生や下級生には周知の事実だった。

「うちの妹は本当に天使みたいで~、いや本物の天使に違いないんだが…」

「この前の休暇で邸に戻ったら、一番に出迎えに出て来てくれて~」

「聞いてくれよ、フィル!この前クリスの誕生日に、瞳の色と同じ石があしらわれたブローチを邸に送ったら『お兄様大好き』ってカードが届いて~」

 こんな具合に、何かあれば妹が可愛いと自慢しており、時には授業開始のベルにも気づかずに熱弁するものだから、教師に廊下に立たされる事がある程だった。

 だからだろう、周りの友人達の中でエドワルドの妹は『天使の様に可愛い』、『兄思い』、『健気』等々、かなり良いイメージを持つ者達が多かった。

 そうした中、今では誰が言い始めたのかは分からない。「そんなに可愛い女の子なら、大人になった時に奥さんにしたくなるよな」と言う友人が出始めた。

 当然だろう。

 実際に見た事はなくとも、エドワルドが常に妹自慢をしていたおかげで何となく想像は出来るくらいの外見を友人たちは知っていた。

 両親の髪の色を混ぜたかの様な、淡い金色交じりのミルクティー色の髪の毛、瞳は大粒のエメラルドと見違える程の美しい緑色、唇は淡いピンクの花弁を添えたかのような愛らしさで、嬉しい事があるとその可憐な顔を朱色に染め微笑む少女。

 これを聞くだけでも、まだ10やそこらの年齢の少年たちにだってエドワルドの妹が美少女ではないかという想像は容易い。そしてその想像に拍車をかけたのが、サンテルージュ家の3兄弟の見目が麗しいという事実だ。

 エドワルドを始め、上級生に在籍していた彼の兄2人もかなりの美形だったのだ

 加えて、サンテルージュ家は建国以来300年は続く名門の侯爵家だ。公爵家には劣ると言えど同じ家格の侯爵家の中でも、筆頭と言っても良い家格の家系である。

 その家の令嬢であれば、大抵の家は諸手を挙げて歓迎するだろう。

 だが、エドワルドは今まで考えた事も無かったのだろう、そうした友人たちの声を聞くのに比例して少しずつ妹の事を話す事が無くなっていった。


 入学して3年が経った頃、その時に特に仲の良かった友人達とで、長期休暇中にエドワルドの家に滞在しようという話になった。

 エドワルドは友人と休暇中一緒に過ごせるのは嬉しい様で、二つ返事で了承していた。

 フィリクスは、自身の立場ゆえにこの話を辞退しようとしたが、サンテルージュ侯爵からも「殿下がより良い学生時代をお過ごしになられる一端になれるのであれば、是非ともわが家へ滞在して頂きたく存じます」と招待された為、行く事に決めた。父からも「子供は何も気にせず遊べばよい。なぁに、何かあれば父が其方そなたくらい簡単に支えてみせよう」と言って頂いたのも、行く事に決めた理由の一つだった。

 結果、フィリクスを含め3人でエドワルドの家を訪れた。邸へ向かう間、他の友人はエドワルドの妹について色々聞きたがっていたが、「普通の子供だよ」とぶっきらぼうに言うのみで、あまり妹の事を話そうとはしなかった。

 邸に着くと、フィリクスがいたからであろうが、侯爵夫人とエドワルドの兄妹がエントランスに出迎えに出ていた。

 フィリクスは友人2人と共に、年の離れた兄の右横から半身を隠す様にして立っていた噂の妹君に、短い時間ではあるが目が釘付けになった。噂通り、「可憐な少女」。フィリクスのクリスティーナに対する印象はその程度で、まだ齢が10にも満たない少女にそれ以上の興味は持たなかった。

 エドワルドも友人たちの視線が妹に向いていたことに気付くと、そっと妹が友人達の視界にあまり触れない様にする為に、妹が友人の視界からギリギリ隠れる位置に立ち紹介した。妹以外の家族を。


 その後も、何かと友人の目に妹が映らない様に上手く立ち回っていたお陰か、フィリクス以外の2人はすっかりエドワルドの妹の存在を気に留めていなくなっているのが分かった。

 フィリクスはエドワルドがあまりにも妹を守る姿が必死だったので、それ以上は触れずただ友人達と過ごす時間を楽しんだ。

 その夜の事だ。夕食後、湯浴みなどを済ませたフィリクス達はエドワルドの部屋でボードゲームの続きをする事になっていた為、部屋付きになった侍従に案内されエドワルドの部屋に向かっていた。

 部屋の近くまで来ると、曲がり角の向こうからエドワルドが怒鳴るような声が聞こえた為、案内してくれていた侍従の足が進むのを躊躇う様に止まる。

 フィリクスは侍従の後ろから、声がした角の向こうを見ようと少し体を角から覗かせた。瞬間、角の向こうから走って来た何かとぶつかり、慌てた侍従に身体を支えられる。

 振り返ると既に、その者の姿は薄暗い廊下の向こうに消えてしまっていた為見えなかったが、すぐに侍女が「クリスティーナ様、お待ち下さい!」と、灯りの点されたランタンを持って追いかけて行ったので、エドワルドが妹君と何かあったのだという事位は分かった。

 エドワルドの部屋に行くと、何かを後悔する様に顔を歪めたエドワルドが室内に立ち尽くしており、フィリクスは何かを言おうとも思ったが、何を言っても今のエドワルドには辛いだろうと思ったので、エドワルド付きの侍女へ「他の友人達には部屋に戻る様伝えるので、彼をゆっくり休ませて下さい」と伝え、その場を後にした。


 翌日以降は、エドワルドはいつも通り溌溂とした表情で友人達と接していたが、ふとした瞬間に辛そうな表情になるのにフィリクスは気付いていた。

 長期休暇が明けて学校へ戻った後も同様で、成績も上位だったのが30位近くも落としてしまい、教師たちからも何度も呼び出されていた程だった。

 結局は解決してくれるものは時間しかなく、1年を過ぎた頃には成績も上位に戻っていたし辛そうな表情をする事もかなり少なくはなっていた。

 親友ながらとんだ手のかかる男だと、今でも思う。


「おい、聞いてるか?クリスに何か変わりはあったか聞いてるんだけど?」

 フィリクスの思考は、そんな友人の声で現実に引き戻される。

「大きな変わりは無いさ。ただ、今度彼女のおすすめの物語を借りる事になったんだけど、どんな物語が来るのか今から楽しみではあるかな」

 そうエドワルドに告げると、明らかに彼は動揺する。

 何か問題でもあるのかと問えば、エドワルドは言葉を濁し「いや、その、なんだ。頑張れよ…!」と憐れみを含む目で言い残すと、彼はフィリクスの執務室を後にした。

「一体何だというんだ…、あいつは……」


 フィリクスは、自分の言いたいことだけをさっさと言い残して親友が出て行った扉を見つめると、廊下に控えていた他の近衛兵に「副団長をここに」と伝えた。

 そして、副団長が来るまでにエドワルドが仕事をサボった事への処分を何にするかを考えつつ、再び昔の思い出へと思考を飛ばすのだった。

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腐女子令嬢でもリア充になれますか!? 櫻華 @chija1121

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