第8話 少女は今日も道を征く

「IPOCの銭形です。千の十字架サウザンドクロッシーズ一家ファミリーの逮捕に参りました。容疑は麻薬の密造と密売、恐喝、暴行、殺人などです」


 そう言った女性警官に対して、ジャスティナが声をかけます。


「警部、お疲れさまですの」


「ジャスティナ、あなたはいつも無茶をしすぎます。いくらIPOCの特務秘密捜査官とはいえ、今回の騒ぎも囮捜査ギリギリでしょう」


 苦言を呈する女性警部に対して、ジャスティナは悪びれずに答えます。


「それだけの無茶をしても悪を裁くのがIPOCの役目ではありませんこと?」


「まあ、確かにそうなのですが……」


 整った顔を苦虫をかみつぶしたようなようにしかめる女性警部に対して、ジュリアが恐る恐る尋ねました。


「あのう、あなたはICPOインターポールの方なのですか?」


 それに対して女性警部はきっぱりと答えます。


「いえ、本官はICPO――国際刑事警察機構International Criminal Police Organization――ではなくIPOC――国際有罪宣告警察機構International Police Organization for Convictingの所属であります」


 それを聞いて戸惑うジュリアに、ジャスティナが説明をします。


「従来からあるICPOというのは、言うなれば世界中の警察の互助組織のようなもので、強制捜査権はありませんの。でも、それでは、この国のように警察の力が弱くマフィアの力が強い国では、いつまでたっても麻薬犯罪の撲滅はできませんわ。それにごうを煮やした某超大国の大統領が『我が国に入る麻薬を根本から絶つには国際的な犯罪を強制捜査して逮捕できる強権をもった国際警察が必要だ!』とゴリ押しして作られた新しい組織がIPOCですの。今までのICPOと違って、主権国家の枠を超えて犯罪捜査と逮捕、有罪宣告までできる超国家機関なのですわ」


「国家主権や三権分立の原則から考えると本来あり得ない組織なのですが、本来あり得ないようなゴリ押しをするのが、かの大統領ですし、それにユーラシアの強権主義の二大国が賛同してしまいますと、大抵の無理が通ってしまうものでして……」


 女性警部の補足を聞いて目を白黒させているジュリアに、ジャスティナは肩をすくめながら言いました。


「できてしまったのですから、せいぜい有効活用するということですわ。こいつらのような木っ端マフィアを潰すのには役に立ちますもの」


 そして、女性警部に向かって尋ねたのであります。


「捜査の方は?」


「別働隊がこいつらのアジトを抑えています。証拠はいくらでも見つかるでしょう」


「さすがは『スマホ警部』、抜かりはありませんわね」


「その徒名あだなはやめてと言ったでしょう……」


「あ、ごめんなさいですの」


 顔をしかめる女性警部に、あわてて謝るジャスティナ。それを見て不審そうな顔をするジュリアにジャスティナは説明いたします。


「警部は、わたくしと同じように少女時代から警察活動に協力していた方で、わたくしの大先輩ですの。姉妹や従姉妹も同じような活動をされている警察一族の出身なのですわ。その頃は捜査に携帯電話フィーチャーフォンを活用されていたのですけど、今はスマートフォンを活用されているので『スマホ警部』と呼ばれているのですわ。ご本人はお気に召していないというのは前に聞いていたのですが、つい使ってしまいましたの」


「妹は別働隊の方を指揮しております。ちょっと失礼」


 徒名は気に入らないと言っていながらも、着信があったスマホを取り出して連絡をする女性警部。


「大丈夫、こいつらを有罪にするだけの証拠は見つけられたようです。もう千の十字架サウザンドクロッシーズ一家ファミリーがこの町の平穏を脅かすことはないでしょう」


 女性警部の言葉に、胸をなでおろすジュリアなのでありました。


「下っ端の構成員については、あとで護送車を回します。とりあえず、首領ドンサウザンと負傷者はヘリで護送することにしましょう」


 そう言って、意識を取り戻した首領ドンサウザンを引っ立てようとする女性警部。ところが、ジャスティナはそれを制して首領ドンサウザンに尋ねたのであります。


「その前に、ひとつ聞いておきたいことがございますの。首領ドンサウザン、今年の一月二日、わたくしのお父さまとお母さまを殺すよう仕向けた者を知っていますか?」


「なに!?」


 一瞬、何を問われたのか分からないという顔をする首領ドンサウザンに、ジャスティナはさらに鋭く問います。


「一月二日、ニューヨークで起きたゴールドフィールド財閥総帥夫妻爆殺事件の首謀者を知っているかと聞いているのです! 国際的に麻薬撲滅運動を推進しようとしていた両親を邪魔に思った、この国のマフィアが影で糸を引いていたことは分かっているのですよ!!」


「えっ!?」


 それを聞いて驚くジュリアら孤児院のメンバー。いや、首領ドンサウザンすらも驚愕しております。それを見回して、ジャスティナは静かに口を開いたのであります。


「黙っていてすみませんでしたの。わたくしは、ゴールドフィールド財閥の正当後継者、ジャスティナ・ゴールドフィールドなのです。名目上は既に総帥ですが、未成年なので実務は後見人である叔父が行っておりますの。ですから、わたくしは成人に達するまでの自由な時間がある間に、何としても両親のかたきを討つべく、IPOCの特務秘密捜査官として、この国でマフィアを潰してまわっているのですわ」


 そして、再び首領ドンサウザンに向き直ると、語気鋭く問い詰めます。


「さあ、言うのです! わたくしの両親を殺した者を知っていますか!?」


 その剣幕にひるんだ首領ドンサウザンは、慌てて答えました。


「し、知らん! 噂では南方の麻薬地帯のマフィアが関与しているという話だが、誰かまでは聞いていない」


「……そうですの。まあ、あなた程度の小者が知っているはずもありませんわね。警部、すみませんでしたの。護送をお願いいたしますわ」


「それでは、また」


 敬礼して首領ドンサウザンや負傷した無法者どもを引き立てながらヘリに向かう女性警部に敬礼を返すジャスティナ。それから、ジュリアやカリンたちに向き直って笑顔で言いました。


「これにて一件落着ですわ」


 そんなジャスティナに満面の笑顔で飛びつくカリン。


「ありがとー、ティナお姉ちゃん!」


 と、そこであることに気付いて、慌てて飛び離れます。


「あ、ごめんなさい。ティナお姉ちゃん、すごいお金持ちなんだよね……」


 それを見たジャスティナは、カリンを抱き寄せて語りかけたのであります。


「確かにわたくしの家にはお金がありますが、今のわたくしには自由にお金を使うことはできませんの。だから遠慮などしないでくださいな」


 それを聞いて、再び笑顔になってジャスティナに抱きつくカリン。


 そんな様子をにこやかに見ていたジュリアが改めてお礼を言いました。


「ありがとうございました。これで、この孤児院も救われます。生活は苦しいですが、みんなで頑張れば何とかなるでしょう」


 それを聞いたジャスティナは、軽くあごに人差し指を当てて考えていましたが、やがてポンと手を叩いて言ったのであります。


「わたくしには自由にできるお金はさほどありませんが、わたくしの両親が設立したゴールドフィールド財団には途上国の子供たちに支援をする基金がありますの。この孤児院なら支援の基準を満たしていると思いますわ。のちほど担当者を来させますから相談してくださいな」


 そして、ゆっくりとカリンから離れると、その頭を軽くなでてから別れの挨拶を口にいたます。


「それでは、わたくしは両親の仇を求めて旅を続けますの。みなさま、どうぞお元気で」


 そのとき、ちょうど二八郎も正気を取り戻して起き上がってきました。


「ああ、二八郎、気付きましたの。あなたのクルミ中毒はどうしようもないですわね」


「面目ナイ……」


「まあ、人間誰しも欠点のひとつやふたつはあるものですの。あなたが暴走したらわたくしが止めますから大丈夫ですわ」


 しょげかえる二八郎を、ジャスティナは苦笑気味になぐさめて、バギーに乗り込みます。二八郎も気を取り直して後部座席に入り込みました。


「ティナお姉ちゃん、ニハチローお兄ちゃん、ありがとー! また来てねー!!」


「ええ、両親の仇を討ったら、かならず遊びに来ますわ」


 そうカリンに答えると、手を振って見送るジュリアや孤児院の子供たちに一度手を振り替えしてから、バギーを発進させるジャスティナ。


 土煙を蹴立てて荒野を疾駆する一台のバギー。今日は東に明日は西、両親の仇探して旅烏たびがらす。弱きを助け悪を懲らす正義の天才少女探偵ジャスティナと勇猛なる好漢銕二八郎の旅はまだまだ続くのでありますが、ここで一旦幕を下ろすといたしましょう。

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銕(くろがね)のサンチョ・パンサ 結城藍人 @aito-yu-ki

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