『復讐するは我にあり。死なば諸共……そうだろう? なぁ、友よ』➆

 『扉』を潜り抜けると、そこは寝室だった。

 所謂、キングサイズのベッドが鎮座している。


「………………」


 無言で踵を返し、戻ろうとするも無慈悲にも『扉』は消失。

 嗚呼、神よ。どうして、俺にこんな試練をお与えになるのですか? 確かに俺は、各戦場や日常で、貴方を罵ってきました。

 だが、しかしっ! これ程の苦境に追い込まれる筋合いは


『あるだろう? ある筈だ。きっと、あるに違いない。なくても、あるのだ。……相手が妹でないのは罪状に追加しておこう、我が親友よ』


 黙れ脳内ヨハンっっっっ!!!!

 お前は、搾り取られていれば――普段通りのアデルの声がした。


「そんな所に突っ立てないで座りなさいよ」

「お、おう」

 

 びくびくしながら、椅子に腰かける。

 …………良かった。寝間着じゃねぇ。

 流石は『大魔導士』様。物事の道理をよくよく分かっていらっしゃる。何処ぞの神やら、辺境伯とはモノが違うわなぁ。

 多少、心を軽くしつつ、改めて見ると、ベッド脇に置かれた丸テーブル上には赤ワイン、白ワインの瓶が複数に、チーズ。

 中身は既に数本が空――……前言撤回。い、いけねぇぇっ!!

 腰を浮かせ、逃走を試みるも足は『鎖』に捕らわれ、椅子に拘束。

 赤髪の美少女が、紙とペンを差し出してきた。


「さ、まずは助けてあげた御礼に、名前を書いてもらおうかしら? ……今、逃げようとしてたわよね?」

「ハハハ。い、嫌ですねぇ、アデル御嬢様。この私、カイ・ローグエンドがそんなことする筈ないじゃないですかぁぁぁ」

「喋り方自体が胡散臭い。でも……ローグエンド、ね」

「あん?」


 ほろ酔いな少女は、頬杖をついてニマニマ。上機嫌。

 震えながら、婚約書に自分の名前を記す。

 ……なお、空欄は既に一か所、俺の親の欄のみとなっている。

 アル・アーネル、アデル・アーネル、カイ・ローグエンドって、直筆で書いてあるぅぅぅ。 

 あ、あ、あの、爺っ!!!!!

 さ、さっきまで書いてなかっただろうがっ!? 幾ら何でも甘やかしの度が過ぎるっっ!!

 頭を抱えていると、グラスにワインを注ぐ音。


「な~に、黄昏てるのよ。それが、救ってあげた恩人に対する態度なわけ?」

「…………お前なぁ」

「――……あんたの、育ての親の話は、少し聞いてる。最後の一か所を書かせるのは至難なんでしょ? だったら、ぴーぴー、騒ぐんじゃないわよ」 

「……あ~まぁ、な」


 頬を掻く。確かにあの人から署名を得るのは、想像を絶する難事だろう。子離れ出来てそうで、全く出来てない人だし。

 アデルが、グラスを突き出してきたので、俺も手に取り、合わせる。

 硝子の気持ち良い音。


「……で、これは何の乾杯だ?」

「え? 決まってるじゃない。あんたが、アーネル家の婿入りが内々定したことのお祝いよ☆」

「決まってねぇぇぇぇ!!!! あと、俺」

「なんかより、って言ったら、襲う」

「ま、待て! ア、アデル」

「な~に?」


 爛々と輝く瞳の奥には、好奇心と欲望が半々。おい、少しは嫁入り前の慎みを持て、持ってくれっっ!

 チーズを差し出し、食べさせつつ、咳払い。


「うっほん……いいか? 控えめに言って、お前さんは美少女なんだ。そして、魔法の分野では今後、とんでもない成果を達成すんだろうし、実家は金持ち。非の打ちどころがねぇ。対して、俺は、育ての親以外は知らずの根無し草。こんな男にだな、天下のアデル・アーネルがぁぁぁぁ。ってっ! お、おいっ!?」

「…………ふーふーふーふー」


 顔を真っ赤にし、息を荒くしたアデルがにじり寄って来た。怖い。

 鎖を断ち切ろうとするも、な、なんという魔力量。あと、俺が苦手にしている構成にわざわざ変えてやがるっ。無駄な魔法技術の発露っ!

 両手を前に突き出し、必死の懇願。


「ま、待て。待ってくれっ。お、俺が悪かったっ! 気に障ったんなら謝るから、か、勘弁してくれっっ」

「……って」

「……あん?」

「もっと、言って。いっぱい、いっぱい、褒めて。私だけを」


 咄嗟に室内等々を探る。

 馬鹿馬鹿しい規模の結界。これを力技で突破するのは、他の七人でも困難か。

 目の前には、今にも飛びかからんとする、赤髪少女。

 何時から、お前は、肉食獣になったっっ! 

 が、おそらく真っ当な指摘をした途端――……ちらり。視界の外れにベッドが見えた。

 ……是非に及ばす。

 言葉を必死に絞り出す。


「ア、アデルは本当に凄いなー」

「……」

「あと、努力家だなー」

「…………」

「だけど、時折、抜けていて」

「……む」

「意地っ張りでもあるわな」

「…………」

 

 少女の両足に魔力が集まっていく。

 や、やだなぁ。こ、この近距離にそんな魔力はいらないですぜ?


「まーでも……」

「……でも?」

「そこが可愛いところでもある」

「……えへ。えい」

「! お、おい」

「♪」


 アデルは俺の膝上に腰かけ、鼻歌を歌っている。

 どうやら、生き残り……部屋の扉から、つんざめく音。

 この気配は


「クレアとルル! ア、アデル、ど、どいて、どいてくれっ! こ、こんな姿を見られたら、俺は、俺はっ!!」

「大丈夫よ」


 ワインを飲みつつ、赤髪少女は人差し指で軽く動かした。

 音が消失。

 た、対『英雄』用結界、だ、と!?

 こ、こいつ……。

 ふんふん、と鼻歌を歌い続けている少女に戦慄を隠せない。

 …………つーか、音聞こえないってのは、やべー。

 何が、やべーのか説明しねぇが、やべー。


『……カイ、人は時に諦める必要があるのだぞ? さぁ、河を渡れ。そして、共に進もうではないか』


 ヨハン、お前はそこで死んでいろっ。

 どうにか、アデルがこの決定的な事実に気づくのは阻止を


「――組んだ時は気づかなかったけど、ここまで音、なくなるんだぁ。……へぇ」


 ひぃぃぃ。

 か、神よっ! い、いや、神様っ!! わ、私に大至急、救いをっ!!! 

 アデルが、上目遣い。その瞳には妖しさを湛ている。視線を逸らすも、両手で戻される。


「……まぁ、遅かれ早かれ、ね」

「え、えい!」

「!?」

「! セレナ!?」


 可愛らしい声と共に、アデルを気を失わせたのはセレナだった。

 子龍姿のリタが赤髪少女をベッドへ運んでいく。

 ……た、助か――即座に、新しい鎖。わーお。

 目の前の椅子に、セレナ。そして


「マスター♪」


 空いた膝上にゼナが、さも当然、と言わんばかりに座ってきた。

 どうやら、精霊に路を作ってもらったようだ。

 アデルの対策をも超えてくるとは……流石、というべきか、末恐ろしいと言うべきか。

 とりあえず……おお、神よ、何故、俺にここまで過酷な運命を背負わせるのですか? 

 

 是正しなければ、今度、会ったらヨハン共々、地獄へ送ってやるっ! 絶対に、絶対にだっ!!」

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八英雄のお師匠様(他称) 七野りく @yukinagi

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