『復讐するは我にあり。死なば諸共……そうだろう? なぁ、友よ』⑥

 屋根の上をひたすらに駆ける。

 途中、妨害用の罠魔法を設置しているが……相手は何せ、天下の英雄達。足止めにもならねぇだろう。

 何か、何か時間を稼ぐ方法はっ!


『諦めろ。男は、諦めて、真の男になるのだから』


 黙れっ、人生の墓場のその先へ逝った者よっ!!! 

 お前は俺に、甥っ子? だか姪っ子? だかを甘やかす権利だけをくれれば――咄嗟に、弦で楯を形成、魔弾を弾く。

 同時に真下から襲ってきた、斧の一撃を身体を捻って、回避。


「ちっ!」

『流石、先生。死角を狙ったのですが』

「むぅ。カイは無駄にしぶとい。とっとと、サインすべき。んしょっ」


 屋敷端の尖塔上に佇み、俺を狙っていたのはオルガ。わざわざ、風魔法で賛嘆を伝えてくる。その間も照準は動かない。

 そして、屋根に開いた大穴から、小さな身体に合わない斧を持ったルルが飛び上がって来た。背中に何かを背負っている。あ、あれは……。


「カイの人形、逃げ足早く設定し過ぎ。でも、可愛いから許す」 

「うぐっ! ……ルル、一つ聞きたいんだが」 

「何? 子供は何人欲しいか?」

「俺の人形なんか捕まえて、何をするつもりなんだ?」

「え? …………カイ、夫婦の間にも秘め事は必要」

「夫婦じゃ――っ!」


 後方より複数の気配。まずい、囲まれたっ!

 数は――アリス、ソフィヤ、そしてクレアの三名。

 前方には身体をくねらせている、ドワーフの少女と、狙撃手。

 一対五は……歯を食い縛る。

 い、いかん、このままでは、ヨハンよりも過酷な運命が俺を待ち構えているっ!

 ゼナは子猫で、セレナもまだまだ子供。アデルは――……対策を考えないといかんが、あれで初心だし、早々、間違いは犯さない、だろう、多分。

 けど、こいつらは……。

 どうする? どうするんだ、俺!? 

 先の戦争の時だって、ここまで追い詰められたことはなかった。

 ふふ……冷や汗と、身体の震えが止まらねぇぜ……。

 クレアが勝ち誇った声で、話しかけてくる。

 

「カイ、どうやら、観念したようですね。いい心がけです」

「―—カイ様が私を可愛いって、可愛いって」

「大丈夫ですよぉ。は、初めてですけど、が、頑張ります♪」


 クレアは未だ暗黒面に囚われ、勇者様と聖女様はお花畑状態。ルルも同じ。オルガは……もう、大分、冷静になっている。次弾を躱せるかは、運だ。

 冷静に戦力分析。

 あー……うん、一対五は無理だ。

 と言うか、こいつら、一人で魔王を討伐可能なくらい強いな。まさか、ここまで成長するとはなぁ……。

 これで、中身もきちんと成長してくれてれば……黄昏ていると、アデルから通信。


『あら? もう、諦めたの??』 

『おい、大賢者』

『ふ~ん……そんな口の利き方して、いいわけ?』 

『あーあー。う、嘘ですっ。大賢者様。アデル様。どうか、御知恵をっ!』

『いいけど』 

『おお!』

『条件付きでね』

『お、おお……』


 じ、条件だ、と?

 この状況下。おそらく普段だったら呑めない条件な筈。

 が……


『わ、分かった! 何だ?』

『―—―—って、言って』 

『っぐっ!! そ、そいつは……』

『なら、話は終わりね』

『わ、分かった、分かったっ! 約束するっ!』

『そ、聞き分けのいい男の人は好きよ。簡単よ。こうすればいい』


 !? 

 そ、それは……骨まで断たれるのではないか?

 い、いや、この窮地。そこまでしないと、逃げ切れまい!

 懐から手帳を取り出し、自分の名前を書く。『カイ・ローグエンド』

 その頁を破り、高く掲げる。


『!?』

「……分かった。俺のサインはくれてやるよ。ただし、一人だけ、な」

『!?!!!』

「ほい、っと」


 紙に現状の俺が出来る最高の風魔法をかけ手を離す。

 瞬時に下へ向けて紙が加速。同時に俺は、大穴へ飛び込む。

 後方を封鎖していたクレアとルルは、躊躇った。その隙に、アリス、ソフィヤは屋根から飛び降り、紙を追う。そこへオルガの連続狙撃。

 聞こえる筈がない、クレアとルルの歯軋りが聞こえてような気もするが、無視。

 今の内に、身を潜めねぇと。少なくとも、あいつ等が冷静さを取り戻すまで。

 まー……散々、走ってるし夕飯の頃になれば、少しは頭も冷えるだろう。

 で、その前に俺は――廊下のど真ん中に『扉』。

 うぅ……賢者様は取り立てがはぇぇ……。

 項垂れながら、扉を開き、中へ。

 名もなき神に祈る。どうか、アデルが酔っていませんよーに。


※※※


 出遅れた私はルルと一緒に歯軋りしていました。

 まさか、カイがあんな手を。


「……おかしい」

「何がですか?」

「カイは汚い。ただし、それは戦場のカイ。これは、あくまでも。サインは欲しいけど、結局、まだ結婚が誓約になるわけじゃない。ここまで、身を犠牲にするのは、普段の甘ちゃんカイじゃない」 

「確かに。では――……まさか」

「アデルが入れ知恵した」

「! ルル」

「ん。カイの貞操が危ない」


 二人して、頷き合います。

 いけません。まだ、お外は明るいのに、そんなことをするのは許されない行為です。いえ、夜でもダメですが。

 あくまでも、あくまでも、私達は一歩一歩、進んでいくべきであって、いきなり、色々なことをすっ飛ばすのは……その、ズルイと思いますっ!

 そうこうしている内に―—カイの気配が掻き消えました。

 これは、ますますもって……。


「クレア、急ぐ。カイの危機は私達が救う」

「了解です。それを条件に、ですね?」

「当然。普段のカイは、そういうところ、とってもちょろい」

「同感です」


 だからこそ、アデルに転がされてしまったのでしょう。

 まったく、情けない人です。将来的には、再教育が必要ですね。


 ―—それにしても、ゼナとセレナの気配もありません。さっきまで、ちょろちょろしていたのですが。

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