『復讐するは我にあり。死なば諸共……そうだろう? なぁ、友よ』➄

「はぁはぁはぁ……はぁ……」


 暴走状態のクレアとオルガの魔の手から、何とか逃れた俺は屋敷内にある書庫に身を潜めていた。

 囮の人形達は……二体が健在か。

 ゼナとルルが追いかけているな。

 だが、あれは前回の教訓を踏まえ、改良に改良を重ねた特別製。早々、捕まりはしないだろう。途中で飽きられる可能性も踏まえ、幼児化する機能まで付与した――どうやら、セレナも加わったようだ、良し。

 残りの一体は――……。通信。


『……おい、大賢者』

『な、何よ』

『お前、買収されたな?』

『失礼ね。正当な報酬を貰っただけよ。それよりも、いいの?』

『? 何を言って、はっ!』


 影から出現した無数の鎖を、弦で切り払いつつ躱す。

 それでも止まらず、俺を拘束しにかかる漆黒の鎖。こ、この魔力は……。


『気を付けた方がいいわよー。そうなってる状態のソフィヤって、私達でも本気にならないと止めれないから』

『おまっ! つーか、転移させたのは、お前』

『通信終了ー。それじゃね』


 唐突に通信が途切れる。

 捕獲されたらしい人形からは『構わず、逃げてください……』という、メッセージ。すまんっ。カツカツ、という靴の音が近付いてくる。


「うふふ♪ カイ様ぁ」


 振り向くな。振り向くんじゃない、俺。

 そこにいるのは、心優しい『聖女』様じゃない。同じ容姿はしてても、違う何か、だ。捕まったら……色々と喪うぞ。言葉にはしないが。

 必死で逃げ惑いながら、入り口を目指し。もう少し。あと少し。

 クレアとオルガは別の階にいる。

 廊下に出さえすれば、まだまだ、俺は逃げられる……筈だ。ソフィヤは、魔力こそ凄まじいが、そこまで身体能力は高くない。

 またしても、唐突にアデルと通信が繋がる。入口まで、あと十歩。


『あ、言い忘れてたわ』 

『何だよっ!? 今、とてつてもなく、忙しくてなっ!! あと、諸々の危機』

『この人形、どうやら特別制みたいだけど―—これを捕まえたの、誰だと思う?』

『!?!!』


 急停止し跳び、本棚の上へ着地。上には大きな天窓が見える。

 振り下ろされる綺麗な斬撃が重厚な扉を真っ二つにした。

 あ、当たれば、死んだんじゃ……


「―—大丈夫です。加減しています」 

「か、加減してても、当たれば痛いからな?」

「―—お戯れを。カイ様に、私の剣が届く筈もありません。直撃しても剣が折れたでしょう」

「…………」


 涼やかな声と共に、『勇者』アリスが音もなく別の書棚の上に降り立った。

 表示には微笑。こうしてみると、とんでもない美少女だ。

 ……が、空気は別物。

 いやー、こりゃ、魔王も倒すわ。

 後ろの司書棚にも、降り立つ音。

 本気状態の『勇者』と『聖女』が相手か。

 俺、そこまで、酷い事をしてきたつもりは――


『死なば諸共……』


 黙れっ、脳内ヨハンっ!! 

 お前は、とっとと喰われ――こほん。奥さんとよろしくしてろっ!!! 俺を巻き込むなっ!!!!


「―—カイ様」「カイ様ぁ」

「! ア、アリス、ソ、ソフィヤ。ま、待て。こういう役回りは、お前達らしくないだろ? そういうのは……ほら、クレアやルルがするもんであって」

「「嫌です! 婚約書、欲しいです!!」」 

「うぐっ!」


 甘さと拗ねが絶妙に混ざった二人の声が重なる。

 それだけで「…………いや、もう、抵抗しなくていいんじゃねーかな?」と洗脳されかかる。ソフィヤ、これ洗脳魔法……「うふ♪」。こわっ!

 い、いけねぇ。二人共、普段は真面目な分、たがが外れると、手の付けようがねぇ。

 二人でも厄介なのに、ここでクレア達に合流されたら……良くて、社会的死。悪くて……身体が震える。


『死ねぇ……死んで、俺の義弟になれぇ……』


 お、おのれ、ヨハン! 死ぬなら、お前一人で死ねっ!! 

 つーか、師匠のサインとか……魔王倒すより、困難――聖剣の一撃を、両手で捉えたのは奇跡に近かった。


「―—御見事です。流石はカイ様」

「ア、アリス、もう少し、手加減をだな……」

「―—……嫌です。昔のように、私と二人きりで稽古してほしいくらいです」

「お前の方が、強、ちっ!」


 さっきよりも、数を遥かに増した漆黒の鎖が俺を拘束しにかかる。

 弦で薙ぎ払おうとするも、弾かれる。

 堅っ! ソフィアが、うっすら笑う。強化したと!?

 書棚の上を跳びつつ後退。次々と鎖が襲い掛かってくる。アリスは悠然と聖剣を構えた。い、いけねぇ。これは、マジでいけねぇぇぇぇ!!!!


『カイよ……我が親友よ……。男には、諦めが必要だぞ? さ、諦めろ。諦めて、八人の嫁をもらえ。全員、英雄で、年下の、な★』


 馬鹿なっ! 俺は諦めねぇ、諦めねぇぞぉぉ!!

 そ、そりゃ、今、俺を追い詰めているアリスもソフィヤは可愛いさ。美少女なのは言わずもがな。大陸中でも屈指。否定する奴は、俺が叩きのめしてくれる。

 が――だからこそ、俺なんかとそうなるのは、ん?

 鎖が消失。アリスは両手を頬に当てて、あたふたしている。お??


「あー……どうした?」

「―—……」「…………」


 二人の顔は林檎のように真っ赤。

 お? おお? 

 頬を指で掻きつつ、確認。


「…………もしかして、声に出して、か?」 

「「…………」」


 二人が同時に頷く。

 目は潤み唇を尖らしている。気恥ずかしい空気が書庫内を包む。

 何か声を――超高速の短剣が前髪を掠めた。こ、ここでか。


「カ~イ~ぃぃぃぃぃ」


 入口に、陽炎を纏ったクレアが立っていた。ひぃ。

 ……だけど、助かった。ありがとう。

 弦を展開し、天窓を破壊。勿論、破片が少女達に当たらぬように魔法で統制しつつ、逃走する。

 

 俺は俺は……ヨハンには負けないっ!

 逃げ切ってみせるっ! 親父の名に懸けてなっ!!


『……お前、実の親父の名前、知らないだろうが』


 五月蠅いぞっ、ヨハン・ダカリヤ辺境伯!

 こういうのは、気持ちが大事なんだよっ!!

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