『復讐するは我にあり。死なば諸共……そうだろう? なぁ、友よ』④

 闇に潜んでいる困った勇者様の探知を続行し、隠れる気もないのか、派手に魔力を使っている大賢者と聖女様をマークしつつ、ニコニコ顔のセレナに尋ねる。


「で、話って何だ、セレナ? あと、離してくれると嬉しいんだが」

「えっと、えっと、まだダメですっ! み、みんなが来ちゃうかもしれないので、リタ」

「ぐるっ!」


 瞬時、俺達を覆う物凄い竜巻。伊達に真龍じゃないわな。この規模なら、幾ら暴走状態一歩手前のクレアやらオルガでも手間取るだろう。ゼナは抜けてくるだろうが、仕方ない。子猫には勝てねぇ。

 ま……『俺はここにいる!』と大声で叫んでるのと同義だし、とっとと話を聞いて、逃げねば。

 そんなことを考えていると、リタが俺をゆっくりと屋根に降ろしてくれた。セレナも飛び降りる。巨大な真龍の身体が小さくなっていく。子犬程度になり、普段通り俺の頭の上に。撫でつつ、気合が入っている少女に尋ねる。


「で、どうしたんだ? ま、まさか、セレナまで婚約書を狙ってるのか!?」

「えっと、えっと、私はそこまで欲しくないかな~って」

「お、おお……俺の天使……」

「ひゃう」


 思わず抱きしめて、頭を優しく撫でまわす。

 はぁ……良かった。本当に良かった。この世界の良心は死んでいなかった。

 ヨハンの馬鹿め、読み違いやがったな。ざまーみろ、だ。お前は、奥さんと仲良くしてればいいんだよ! 大丈夫だ。俺はお前さんの子供を甘やかしまくる自信がある。

 とにかく、ホッとした。いや、本当に。

 ゼナはまぁ子猫だし、あんまし意味も分からず、何となく面白そう!で行動してるとこが大半だろうが、他の英雄様達はガチだからなぁ……。

 あいつら、本気で分かってるんだろうか? 結婚だぞ?? この紙にサインが全部揃ったら、そうなっちまうんだぞ??? こんな俺相手に。

 いやまぁ、想いを疑ってはいない。何せ俺に会いたいが為に、魔王を倒したんだからな。

 だけど、八人は……。


「あ、あの、あの……」

「お。悪い悪い。セレナが余りにもいい子だから、ついな」

「い、いえ……それに、私、私、いい子じゃないです。すっごく、すっごく悪い子ですから。だって、もう持ってますし……」

「セレナ?」

「! な、何でもないです。あの、その……カイ様!」

「んー?」


 腕の中で、少女が上目遣いに見てくる。少し潤んでいるが、強い目だ。

 ―—初めて会った時は、泣いてばかりいたんだがなぁ。子供が大きくなるのは早いもんだ。


「えっと、えっと――……」

「セレナ、大丈夫だぞ~。大概のことは聞くからな~」


 視線を合わせて笑ってやる。

 何せ俺はこの子達を託されたのだ、あの死にゆく龍から。

 ならば、俺に出来ることならしてやろう。それが人の道ってもんだろう。

 にしても……まさか、成人する前に、隠れ里から出てくるとは思わなかったが。 あの野郎、何が『我に任せておけ、矮小なる人間よ!』だ。今度会ったらしめる……というか、泣かす……。

 意を決した様子、でセレナが口を開く。


「―—私と一緒に、お母さんとリセおばさんのお墓参りに行ってほしいんです。命日が近いので」

「ああ、そうか……。ん、いいぞ。どうせ、次の停泊予定地から行ける距離だしな」

「ほ、本当ですか!?」

「お、おお」

「や、やったぁ! リタ、リタ、一緒に行ってくれるって!」

「くわぁぁぁ♪」


 セレナが俺の腕を脱出し、リタも飛び上がって、喜色満面。少女と幼龍がダンスを踊る。胸元につけているネックレスが音を立てるくらいだ。

 そんなに嬉しいことなのか? 少なくとも、俺はそこまで薄情なつもりは――はっ! こ、この気配っ!

 竜巻の外に、い、いやがる。暴走状態のクレアとオルガが。

 ルルは……ゼナが止めてくれてるか。二人なら、二人なら何とかなる!

 ―—ん?


「セ、セレナ? どうして、竜巻を解こうとしてるんだ??」

「えっと、えっと、クレアさんとオルガさんが開けろって……クレアさん、怒ると怖いんです。すぐに『おやつ抜きにしますよ!』って言うし……」

「待った! おやつなら、俺が幾らでもあげるぞ。だから、な? クレアとオルガを止めておいてくれないか?」

「んと、んと、クレアさんが『カイの甘言に乗ってはいけません。それがあの人の常套手段です』って!」

「あ、あの兄にして、あの妹ありかよっ! な、なら」


 次の瞬間、竜巻が切り裂かれ、剣を両手持ちしたクレアが突入してきた。後方にはオルガが悠然と魔銃を構えている。この距離で躱すのは全力でも賭け事。

 ……い、いけねぇ、詰みかけてやがる。

 魔法通信で赤髪少女を呼び出す。


『……何よ?』

『分かってんだろ!? マジでヤバイんだよっ!!』

『高い――あ、やっぱり無理。精々、頑張んなさい』

『あ、おい!』


 唐突に通信が切れる。いったい、何が。

 ゆらり、と陽炎を纏いつつクレアが前進してくる。微笑。


「カイ」

「お、おう。ど、どうしたんだ、クレア。そ、そんなに物騒な物を持って。さ、鞘に納めようぜ」

「いいですよ。婚約書を渡してくれれば」

「っぐっ! そ、それは……」

「出来ないと? アデルとゼナには渡しておいて?? どーせ、セレナにも渡したでしょう??」

「わ、渡してねーよっ!」 

「……セレナ?」

「も、貰ってません。今回のは」

「ほ、ほらな? お前が思ってるような話は何も……ん?」


 今、脳裏を何かが掠めたような。

 クレアがセレナに問いかける。


「セレナ『今回のは』と、言いましたね? それはどういう意味ですか?」

「私、私は、ずっと、ずっと前から、もう貰ってます♪」 

「!?!!」


 とんでもない破壊力を持った炸裂弾が投下された。

 俺、そんなのを書いた覚えは……はっ! 腰の短剣をなぞる。


『望み通りその短剣は封じたわ。印ある限り二度と暴れはしない―—この子達のことをよろしく。少し席を外してちょうだい。親子水入らずで話をしたいのよ』


 ま、まさか龍遣いが、俺をは、嵌めたと!? あ、あの大陸一、誇り高い!!? い、幾ら何でも、過保護としか言えねぇぞ、おい!

 クレアが笑みを浮かべた。


「カイ」「先生」

「ま、待った! こ、これは流石に」

「問答」「無用!」

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