『復讐するは我にあり。死なば諸共……そうだろう? なぁ、友よ』➂

 屋敷内をひたすらに駆ける。現状、感知出来ている追手は二人。

 立ち止まれば――精神的な死刑台が近付き、物理的な死刑台の気配が色濃くなる。

 万が一、万が一、だ……あいつらが師匠に書かせようとしたら。

 想像しただけで、身体が震え、冷や汗止まらなくなる。

 俺は、俺は、まだ死ねないんだよっ! そんなことになったら、物理的に死ぬ。最低、八回。

 背中から楽しそうな声。


「きゃっーきゃっー。マスター、マスター、もっと、もっと速く~♪」 

「ゼ、ゼナ、す、少し静かに、っ!!」


 咄嗟に急停止。轟音と共に天井が落下。大穴があき、小柄な白髪ドワーフの少女が大斧を抱えて降って来た。舌打ち。


「……ちっ。勘がいい」

「ル、ルル! 当たれば、死んでたぞっ!? 少しは加減をしろっ」

「? カイがこの程度で死ぬ筈がない。死ぬなら、私は貴方を数百回殺してる。戯言はいい。書類を渡して」

「くっ……ま、待て。こ、これは俺達に必要な物なのか? 違うだろ? 俺とお前の関係性は、こんな紙切れ一枚で左右されるものじゃない筈だっ!」

「……ふむ。一理ある」

「だ、だろ? ここは、俺に協力をしてだな」

「だが、断る」

「なっ!?」

「カイ、私は今まで少しだけ素直じゃなかった。今回は素直になろうと思う」

「…………今まで、お前が素直じゃなかったことなんかあったか? 東方動乱の時も、鉱山都市の籠城戦も、好き勝手やった尻拭いをした記憶しか」 

「婚約書にサインをして渡せ。残りは燃やす。そうすれば……ふふ」


 い、いかん。もう、違う世界に行ってやがる。

 こうなった時のルルは字義通り『狂戦士』。止めるのは――背中から、ゼナが降り、とことこ、とルルの近くに。


「ルル?」

「む、ゼナ。……どうせ、貴女はもう入手してる筈。止めないで」

「…………ルルは、私がマスターの傍にいちゃ、ダメなの?」

「! そ、そんなことは」

「だって、残りは燃やす、って言ったよ?」

「そ、それは……」

「私はルルとも、一緒にいたい、よ?」

「―—分かりました。貴女の分は燃やしません」

「わーい♪」


 ゼナがルルを丸め込んだ。

 が……俺の置かれた状況は変わらず。むしろ、これは――はっ!

 咄嗟に、弦を展開し弾丸を弾く。まるで、生きているかのように動き回り、何度も襲ってくる。


「オ、オルガ! 死角を狙ってくるのは、どうかと思うぞっ!? お前は、こんな紙なんかいらないよな? なっ?」 

「先生……すいません。幾ら、先生の言葉でもそれはきけません。せめて、他の子達の分は私が燃やしますので、渡していただければ、と思います」

「! そうか、その手が」 

「馬鹿ですね。アデルの手に一度渡った書類ですよ? そう易々と処分出来ると思いますか? ……オルガ、弁明は後で聞きます」

「!」


 絶対零度の声色。奇妙なことに、その中には隠し切れない愉悦。

 前方のルル、ゼナに気を配りつつ、振り向く。

 そこにいたのは、魔銃を構えているエルフの美女と、剣を抜き放ち、俺を含め全員へ微笑んでいる人族の剣士。

 い、いけねぇ……これはいけねぇ。囲まれた!

 おずおず、とお尋ねする。


「あー……クレアさんや」

「何です。私のだけにサインをして、他は燃やして、アデルのも取り上げる気になりましたか?」 

「お、おおぅ……」

「クレア……それは酷いのではないか?」

「オルガ……貴女も同じでしょう?」


 予想通りではあるものの、どうやら、クレア、オルガ、そしてゼナにほだされたとはいえ、ルルは強硬派らしい。

 結界が強化されたことから考えると、アデルとソフィヤは手を組んだ。

 あれで、アデルは詰めが甘いところがあるからなぁ……『大魔導士』と『聖女』の結界は抜けない。いや、抜けなくはないが、それだけに全力を尽くす必要がある。その隙を逃す甘い連中じゃない。

 ―—そして、ここにはいない『勇者』様。

 軽くやり合っただけだが分かる。アリスは純粋に強い。強すぎる。おそらく、アリス、クレア、ルルが手を組み、本気で奪いにきたら……どうにか、こいつらを分断しつつ、逃げ道を探さねば。

 前方には言い合いをしているクレアとオルガ。後方には、ルルとゼナ。

 つまり、俺が逃げる先は――懐から、丸い球を取り出し前後に投げ込む。


「む、カイ」「マスター」

「この程度で」「先生?」


 即座に反応し、迎撃。流石は『八英雄』様達だ。

 瞬間―—


『! こ、これは!!』

「ハハハ、さらばだっ、英雄様方!!!!」


 煙幕が発生。視界がなくなる。

 廊下に大穴を開け、俺の魔力を持った特製カイ君人形三体を次元から取り出し、天井と廊下の穴へ走らせる。

 オルガの弾丸が俺を狙ってくるが弾くと同時に弦で拘束。「カイ! 無駄な抵抗は止めて、サインをしてくださいっ!」「そうです、先生!」「む……でも、この気配。多分人形。欲しい……」「マスターの人形? 欲しい♪」……囮の役割は果たしてくれそうだが、罪悪感に苛まされる。すまんっ。

 複数の窓を切り刻み、脱出路を形成しようとするも――割れもしねぇ。 

 ア、アデルめぇぇ。なんつー頑丈な結界を張ってやがるんだっ!? しかも、ここを突破して、外にも結界を張ってやがる。

 何があっても俺をこの屋敷の敷地内から出すつもりはないってことかよっ!

 クレア達は多少、混乱しているがあいつらとて歴戦。俺の手持ち時間は数秒だろう。このままでは……。


『えっと、えっと、ふ、伏せてください!』

「!」


 咄嗟に、伏せると窓が吹き飛んだ。

 外から突風と霧。こ、これは……。 


「こ、こっちです」「ぐるぅ」


 声に従い砕けた窓へ飛び出す。同時に手持ちの煙玉をばらまくのも忘れずに。

 むんずと、伸びて来た腕に捕まれた。


「リタ! 外の結界に触れないようにな。触れたら、アデルとソフィヤが転移してくる」

「ぐるぅ!」


 了解と、リタが答え飛翔。背中のセレナは満面の笑み。あ、まじぃ。

 ……そうなんだよな。この少女も『八英雄』。魔王殺しの英雄なのだ。


「えっと、えっと、痛いことはしたくないんです。けど、けど、少しお話したいなって」


 さーて、何を言われることやら。

 ……アリスの気配が、何処にもない。何をしてるんだ?

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