『復讐するは我にあり。死なば諸共……そうだろう? なぁ、友よ』➁

「いましたか?」

「―—いません。気配も」

「やはり、もう脱出されたのではないか? 先生は即断即決される方だ。ここが死地であることは理解している筈」

「でもでも、リタはまだいるって言ってます!」

「がぅ!」

「結界は対魔王用の物を張っています。カイ様でも潜り抜けることは難しいです」

「同意。ソフィヤの結界、魔王戦の時よりも堅い。カイでも手こずる筈」

「つまり、まだカイは……この屋敷内にいる、ということですね……。とりあえず、アデル」


 クレアは、焦燥感に駆られている六人を他所に椅子へ腰かけ、紅茶を飲んでいる赤髪の少女を睨みつけた。他の子達も同様。普段は温和なソフィヤとセレナですら、殺気が漏れ出ている。


「何?」

「……協力を! 貴女の感知魔法なら、カイの居場所を把握出来るでしょう?」 

「嫌よ」

「なっ!?」

「私、今、少し忙しいのよ。ほら? さっき、奪い取ったこの書類――王家公認の婚約書に、サインをしなくちゃいけないし?」

『っぐっ!!!!』


 見せつけられた一枚の書類――王家の家紋が入り、国王の直筆サインがされている段階で、恐ろしい強制力を発揮するだろう。少女達の目に、殺意が宿る。

 それには国王、アル・アーネルの署名が入っていた。空欄は後三か所。内、一か所にアデルがペンを走らせる。『アデル・アーネル』。

 書き終えた少女は、心底から幸福そうな笑みを浮かべ立ち上がった。 


「さ、これで、あとはあいつと、あいつの保護者? のサインを貰えば私は正式にあいつの――」


 アリス、クレアが抜剣。瞬時に距離を詰め首筋へ剣を突き付けた。

 オルガもまた魔銃を照準。ソフィヤは教会に伝わる、禁呪を紡ぐ。


「……アデル、二度目はありませよ?」

「―—協力してください。もしくはその書類を」 

「アリス、それでは意味がない。あくまでも、書面上で名前を書かれてしまっているからな」

「アデルさん♪ 手伝ってください。抜け駆けは禁止デスよぉ?」

「……あんた達って、あいつのことになると、ほんと視野狭窄に陥るわよね。私にかまけてていいわけ? ルルとセレナはもう行ったわよ?」

『!!?』


 クレア達が振り向くと、アデルが指摘した通り二人の姿はもうなかった。どうやら、アデルと交渉するよりも、カイ捕獲を優先したようだ。

 歯ぎしりし、オルガがまず駆け出した。次いで、アリスとクレアが、悔恨の表情を浮かべつつ後を追う。

 ―—残ったのは二人。

 アデルが問いかける。


「あんたは行かなくていいわけ?」

「はい。私がカイ様を追いかけても、捕まえられませんから。なので、アデルさん、手伝っていただけませんか?」

「……はぁ? なんでよ」

「あら? そんなこと言っていいんですかぁ??」


 ソフィヤが微笑んだ。アデルは、背筋を、ゾワリと震わす。

 一歩、聖女が前進。大魔導士が一歩、後退。

 視線が交錯する。


「私に協力していただけないのならぁ……私にも考えがあるんですぅ」 

「な、なによ」

「アデルさんが、内緒で集めてらっしゃっるカイ様の」 

「―—分かったわ。協力しましょう。あいつを探せばいいのよね? 間違いなく屋敷内にはいるわ。端から潰せばいずれあぶり出せる」

「はい♪ うふふ、アデルさん、大好きです★」

「…………い、言うんじゃないわよ?」

「うふ?」


 ソフィヤは微笑みを崩さない。が、その瞳には凄まじいまでの意思。今回の件について、聖女は一歩たりとも退くつもりはないようだ。

 ―—こうして、『八英雄』内における魔法技術の上位二人が手を組んだ。

 婚約書、残り七枚。


※※※


「…………くっ! こ、ここも駄目かっ」


 地下通路を進んでいた俺は、思わず悪態をついた。

 目の前には先程よりも凶悪さを増した結界が十重二十重に張り巡らされ、これ以上の前進を阻んでいる。

 ……この魔力。アデルが手を貸し始めたらしい。

 歯を食い縛る。あの赤髪少女は八人の少女達の中で、最も魔法に秀で、またこの手の詰将棋においては怪物。あいつが差し手になれば、抵抗すら出来ず詰みかねない。

 故に、自分の貞操が危うくなることは百も承知な上で、わざと書類を取られたのだ。英雄同士の足の引っ張り合いを期待して。

 しかし……当ては外れたようだった。こんなに早くアデルの説得に成功するとは。

 

 ―—ヨハンが送り付けて来た八枚の書類は、余りにも危険物過ぎた。


 単なる口約束であれば、最悪ではあるが、言った言わない論が成立する。

 しかし、王家の家紋入り+国王+各英雄達の保護者の直筆サインが入っているとなると、洒落にならない。本人・カイ・カイの師、がサインすれば、婚約書とは名ばかり。即、結婚式コースだ。

 

 ……はぁ? 王都の中央通りで叫んだ?? いったい、何の話 

 

 身体が大きく震え出し、立っていられない。駄目だ。思い出すな。思い出せば、心が死ぬぞ!

 ――屋敷内は、とんでもない魔力を持った少女達が依然として駆け回っている。

 強引に脱出するのは不可能。ソフィヤが張った結界だけでも難儀だったのに、アデルのそれまで加わってしまえば……。

 と、なると――左袖を引っ張られた。


「マスター、マスター」 

「! ゼ、ゼナ!? ど、どうしてこんな所に……つーか、どうやって」

「? 穴開けてもらった!」

「お、おぅ……」


 気配すらなくゼナが隣にやって来ていた。胸元には笛。……おのれ、クレアめ。そういう徹底する所だけは、兄に似やがってっ!

 吹かれれば終わる、色々と。

 ……いや、俺も健全な男だ。嬉しくないわけじゃない。ないんだが…………早く死にそうな予感が、こう、ひしひしとだな……。


「マスター、手ー」

「ん? どした??」


 ゼナが手を伸ばしてきたので合わせてやると――刹那、内側に引き込まれそうになった。慌てて回避。


「う~! マスター、じっとしててっ!! サイン、するっ!!!」

「ま、待て、ゼナ。こういうことは、もっと大人になってから考え」 


「―—―—考えてるよ。私は、マスターのお嫁さんになりたい! だから」


「へっ――し、しまっ」 

「取ったぁ♪ んしょ、んしょ。マスター、マスター、はい!」


 大人びたゼナに気をとられ書類が入っている封筒を奪い取られた。あっという間にサインを書き終え、見せてくる。

 その瞳には、純粋な幸福しか映っていない。

 頭に手を置き取りあげる。じー、とカイを見ている子猫。 

 ……勝てるか、こんなもん。さっと、書いて渡す。


「マスターぁ♪」

「……いいか? 誰にも見られちゃ駄目だからな?? 見られたら失格―—ゼナ、どうして笛をくわえてるんだ??」 

「ふれあ、がひってた!」

「やめっ」

 

 笛の音が響き渡る。それを聞き終える前に、カイは脱兎を超える脱兎となり、逃げだしたのだった。

 

 ―—婚約書、残り六枚。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る