『復讐するは我にあり。死なば諸共……そうだろう? なぁ、友よ』①

「はっはっはっ! それで、皆様、来られたわけですかっ! 何と申せば良いのやら……世界を救いし大英雄の特権でございますな!」

「……うっせぇ。救っちゃいねぇよ。救ったのはあいつらと、名も残らねぇが、世界と自分の家族、恋人、大事な誰かを守る為、死んでいった連中だ。つーか、お前さんが否定してくれれば万事解決だったろうがっ! 『――アデルは、あの時からカイ殿へ嫁がせたと認識しております』だ、なんて、厳かに言いやがってっ……何だ? 俺を虐めて、そんなに楽しいのかっ!? 本気で、死ぬかと思ったんだぞっ!!!!」

「無論。可愛い、可愛い孫を嫁がせるのです。むしろ、あれやこれやを八英雄様方に吹き込んでもよろしいのですよ?」


 無言でカイは頭をアル・アーネルへ向かって下げた。地面スレスレ。最早、土下座に近い。

 身体は細かく震えている。屈辱ではない――純粋な恐怖の為だ。


「冗談でございます。コーネリアの花街でのことなど、口が裂けても申しませんとも。……ですが、ここ最近、寄る年波のせいか物覚えが悪くなりましてな。もしかすると、忘れることも」 

「…………何が望みだ。あ、言っとくが金はねぇ。あっても、俺に権限もねぇ。領地開拓は、おそらくだろうが、当面、金は出る一方だ。むしろ、あんたに借りる必要が」

「カイ殿。資金面での心配はご不要に。アデルと『聖騎士』殿より、詳細は既にうかがっております。我がアーネル家が如何様にもいたしますれば」


 ……何時、交渉してんだよ。

 時折、忘れそうになるがアデルだけじゃなく、クレアは恐ろしく有能なのだ。


「それじゃ……何を――ああ、ちょっと待て」


 額を押さえカイは立ち上がり、椅子の裏をまさぐった。

 ――超小型の盗聴器。あ、あぶっねぇぇぇ。

 握りつぶしながら、アルをジト目で見る。


「……おい」

「はて? 存じませんな。おそらく、アデルがつけていったのでしょう。さて、本題ですが」

「お、おぅ」


 妙な威圧感。

 魔将相手にすら、圧されなかった俺が? バカなっ!


「――カイ殿は、此度の大戦において、正しく大英雄となられた。大変慶賀すべきこと。神師しんし様もお喜びになられることでしょう」

「あー……どうだろうな。師匠には怒られるかもしれねぇ。『こんなに危ないことをするなんてっ!』ってな。あと、その呼び方、御法度だからな? 気をつけろよ?」

「それは肝に命じまして。ここからは我が家の話。現状――我がアーネル家には子がおりません」

「…………待て」

「いいえ、待ちませぬ。家の存続――そして、あの子の幸せが懸かっておりますれば。私もそろそろ曾孫の顔が見たいので。そうですな、最低、五名は」

「あーあーあーきこえーん。は、話はそれだけか? それじゃ、俺はこれで」


 そそくさ、と立ち上がり、部屋から退室しようとしたカイへアルが決定的な一言を呟いた。


「――そういえば、別件もございました関係で、ヨハン・ダカリヤ辺境伯より御手紙を預かっております」


 壊れたブリキ人形のようにカイが振り向く。

 ギリギリ、のところで理性を保ち尋ねる。


「……内容は」

「存じ上げません。が」

「……が?」

「伝言を受け取っております」

「悪いな、俺は今日、ここに来なかった。あいつらの追っ手を振りきり、辺鄙な場所へ落ちていったと伝えて」


「『カイ! 元気にしているか? 俺はとても…………そろそろ、テレーザに絞りつくされて死ぬかもしれん。俺だけ、こんな目に遭うのは到底納得がいかぬっ! 俺とお前は莫逆ばくぎゃくの友な筈。この裏切り者めっ!! ……アル・アーネル殿へお前への手紙を託した。読め。復讐するは我にあり。死なば諸共……そうだろう、なぁ、友よ?』。手紙はこちらに」

「…………」


 ヨハン、そうか……いやでも、お前ら夫婦じゃねぇかっ!!

 子供がほしいって何度も言ってたろうがっ。どうせ、遅かれ早かれ同じ結果に――受けとった瞬間、重みを感じた。お、怨念を感じる。

 躊躇しながらも、封を開けると、中から出て来たのは八枚の紙。

 

 ……八枚?

 

 俺の直感が告げている。これを読むのは駄目だ。絶対に駄目だ。余りにも余りにも危険過ぎる。つーか、あいつらに見せたりなんかしたら――はっ! 妖気っ!!

 瞬間、真横に飛ぶ。扉が切断。魔法の鎖が迫ってくる。ちっ!

 弦で防御しつつ視線をアルへ――いない、だと!? 

 見れば、さっきまで座っていた場所には精緻な魔法陣。転移魔法か。 

 

 う、迂闊……これすらも罠っ!!!


 手紙を握りしめながら、窓を


「それ、高いわよ? 約三百年前のステンドグラスだから」

「っ!」


 アデルの淡々とした声に思わず急停止。自分の貧乏人根性が恨めしい。

 ―—間合いを詰めてくる、三人の影。


「――カイ様」「カイ!」「それを渡してください。今すぐにっ!」


 アリス、ルル、クレアの前衛陣による波状攻撃。

 咄嗟に弦で受け、反撃を


「当たり前だけど、ここにある物、全部年代物よ」

「っぐっ!」


 床を転がり、必死に逃走経路を探す。

 よもや、弦をこんな形で封じてくるとはっ。お、おのれぇぇ、ヨハンっ!

 そ、そこまでして、俺を同じ立場に――お?

 逃げるのを止め、相対。手紙を見せ、目の前で燃やす。


『!?』

「はっはっはっはっ。これで、問題は解決されたっ! 何が書いてあったか知らねぇが、俺はヨハンなんかには」


「ほら、やっぱり燃やしたじゃないですか? 私とアデルの勝ちですね!」

「当然よ」

「むぅ……カイは意気地なし」

「――カイ様」 


 何故かクレアとアデルが勝ち誇り、アリスとルルは不満気。

 困惑する俺に、部屋の外からゼナが突進してくる。


「マスター、終わった?? 次はゼナも♪」

「ん~?」


 無意識にゼナの頭を撫でていると、肩に重み。子龍姿のリタだ。

 左袖が引かれる。


「あのあの、私も、その。ダメ、ですか?」

「あー」


 セレナの頭を撫でていると、オルガとソフィヤが最後に入って来た。

 ――ソフィヤが何かを手に持っている。手紙?

 いかん、逃げ――れない、だと!?

 足は、ゼナの精霊によって固定。手は、セレナの召喚した不可視の霧木によって捕まっている。


「マスター逃げちゃ、めっ」

「あのあの、ご、ごめんなさいっ!」


 こ、ここまでが全て、罠、だと!?

 くっ……い、嫌だ、読みたくない。読みたくない。読みたくないぃぃ。

 ―—あ、内容は何でもなかった。

 本当だ。嘘はつかねぇ。単なる公式書類が八枚入ってただけだ。

 そう、八人分、な……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る