カブリオレの季節はおしまい

RAY

カブリオレの季節はおしまい


 天井が開いた 銀色のBMW

 夜のとばりが下りると 潮風が少し肌寒い


 瞳に映るのは 三日月の光が注がれた ダークブルーの海

 それと 誰もいない海岸通り


 カブリオレの季節はもうおしまい

 お気に入りの白いワンピースもこれで着納め


 聞こえてくるのは エンジンの回転音と波のざわめき

 それと 早鐘はやがねのような胸の鼓動


 ――おしまいなの? 夏の恋キミと


 心の声といっしょに小さなため息が漏れる



 出会ったのは三ヶ月前

 親友のジューンブライドの二次会


 雰囲気に流されて会う約束をした

 初めてのドライブもこんな三日月の夜


「三日月に腰掛けて世界を見下ろしてみたい」


 助手席から夜空を見上げながらボクは真顔で呟く


「魔女みたいな女性ひとだ」


 ハンドルを握るキミは無邪気な笑顔を見せる

 その瞬間 ボクはプイっと顔を背けた


「魔女は昔からあでやかな美女と決まってる」


 キミがさり気なくフォローしているのがわかった


 でも 怒っていたわけじゃないの

 少年みたいな笑顔に胸がキュンとなっただけ


 あの夜 KISSした理由?


 魔女は自分の正体を知られた人と

 その日のうちにKISSしないと死んじゃうから


 まだ死ぬわけにはいかなかった

 キミのこと もっとたくさん知りたかったから


 もちろん それはボクの妄想的舞台設定

 簡単に言えば 自分に対する言い訳



 宇宙そらと海が溶け合う場所で微かに点滅する 船のサーチライト

 今にも消え入りそうな光は ボクの不安な心みたい


 ――ボクたちはどこへ向かっているの?

 ――いっしょに三日月まで行けないの?


 心が同じ質問を繰り返す

 誰も答えてくれないのはわかっているのに


 ――おしまいかな


 躊躇ためらいがちに心が発した 終止符ピリオドのような言葉

 まるで海の中にいるみたいに 景色がぼやけて見えた



 不意に ひざの上にフワリと何かが落ちる

 それは 見慣れたサマージャケット


 思わず運転席の方に目をやった


「どうせ『三日月に座りたい』とか考えてたんだろ?」


 まっすぐ前を見ながらキミは真剣な表情かおで言った


「そんな格好じゃ風邪をひく。夏はおしまいなんだから――


 ジャケットを持つ手にギュッと力が入った

 キミの匂いがボクの全身を包み込んでいく


「このまま離れていく気がした。でも……そんなの嫌だ」


 キミの口から出たのは 弱気な台詞

 同じことを考えていたキミが 堪らなく愛おしく思えた


「ずっと……ずっとそばにいて……三日月にたどり着くまで」


 瞳を揺らしながら やっとのことで絞り出した言葉

 ブレーキを踏むと キミはボクの身体を強く抱き締めた



 カブリオレの季節はもうおしまい

 お気に入りの白いワンピースもこれで着納め


 ――おしまいだけど、はじまり


 どこからかそんな声が聞えた

 まるでボクの声に答えるみたいに


 銀色のBMWは再び走り出す

 いつたどり着くかわからない あの三日月へ向かって



 RAY

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

カブリオレの季節はおしまい RAY @MIDNIGHT_RAY

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説