24歳 男性 既往歴:特になし

陽炎が揺らぎ始めたアスファルトの上を、少し大きめの革靴を履いた男性が急ぎ目に歩いている。

彼の名前は「川津 恭弘(かわづ やすひろ)」。今日からここ、「鳴崎総合病院」に勤める社会福祉士である。

教えてもらった暗証番号で、社員通用口のロック番号を入力する。


ピーッ

「解除されました」


ドアを開けると、冷んやりとした風が汗を撫でる。心地よさに息をスーッと吸い込み、立ち止まる。


ここから新しい人生が始まるんだ。


川津はゆっくり息を吐き、第一歩を踏み出した。


真っ白な廊下を進み、総務課のある事務所へ進んで行く。先月の入職前健診の時に、しっかりと場所を覚えておいたので抜かりはない。

広々とした正面待合に出た時、既に受付には十数名の外来患者が並んでいた。受付開始にはまだ1時間以上もある。外の駐車場にも続々と車が入ってきていたから、これからますます列は伸びて行くのだろう。

川津は行列を横目で見ながら、冷えた額の汗を拭った。


総務課の前に着くと、周りに誰もいないことを確認してから、大きく深呼吸をした。喉の調子を整え、大き過ぎず、小さ過ぎず細心の注意を払ってノックする。思いの外小さな音が鳴り、ドアを開けた。

「おぅはようございます、今日から働かせて頂きます川津です。よろしくお願いします」

緊張のあまり、出だしから声が上ずってしまった。と同時に、室内の視線が一気に川津へ向かう。軽く二十四の瞳は超えている。

「おはようございます川津さん、少しこちらでお待ちくださいね」

入職前健診の際にも対応して下さった総務課の五百蔵(いおろい)さんが、今日も優しく声を掛けてくれる。これから共に仕事をしていく仲間として名前を覚えるのは当然だが、五百蔵さんは名前のインパクトからして助かる。

通された応接室には、既に2人の女性が立っていた。2人ともスーツ姿であり、川津と同期となる新人であることが見て取れた。

「あと1人来ますので、揃い次第理事長と看護部長呼びますね」

五百蔵は笑顔で応接室を後にした。笑顔のおかげか幾分緊張が緩み、そっと部屋を見渡す。

「おはようございます、今日から宜しくお願いしますね」

2人の女性のうち、年上だと思われる女性が挨拶と共に声を掛けてきた。40代前半だろうか、恰幅のいい体型から既にベテラン感が滲み出ている。

「いえこちらこそ、宜しくお願いします。看護師の方ですか?」

「そうなんです。ワタベといいます、よろしくね」

かすれた声質が、更にベテラン感を増幅する。

「ワタシ緊張したのかものすごい早く着いちゃってね、一番乗りしちゃってねぇ…」

ゲラゲラ、という表現そのままの笑い方をするワタベの横で、口元を押さえて微笑むもう1人の女性を川津は見逃さなかった。

20代であろうが、童顔で小柄な体型は学生と言っても通用するかもしれない。ショートカット、ボブと言うのだろうか。可愛らしい雰囲気に川津は一気に呑まれた。

ぜひお近付きになりたい、そう思った瞬間、応接室のドアが開き、五百蔵に促され男性が入室してきた。身長は…180cmくらいだろうか。軽く会釈をし、川津やワタベの方へと歩みを進める。

「全員揃いましたので、理事長呼んできますね」

五百蔵は新人4名にそう告げると、そそくさと部屋を後にした。

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医のなかのカワズ 田中 芳春 @taishow0527

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