父の日と龍巳

「これ、あんたのか。落としたぞ」

「ああ。確かに僕のだけれど。……持って行ってよかったんだよ、そんなに痩せて」

「いけないんだ。人のものを取っちゃ、いけないんだ」

「……そっか。じゃあ僕と家族になろう。君は今日から僕の息子だ」

「なに、いって……わっ」

「軽いなあ。僕の家で好き嫌いは許さないからね」

……

「狭いな」

「ああ、うん。色々事情があって」

「五木龍巳は、もっと贅沢をしているものだと思ってた。でも食器は二人分ある。その人に言わなくていいのか」

「あ、僕の名前……バレてたかあ。うん、もう使わないはずだったんだけどな。待ってて」

「……これは?」

「干し肉のスープとパン。それから、野草とじゃがいも炒め。スープからゆっくり飲むんだよ」

「……」

「お口に合わなさそう、かな」

「いや。俺は奴隷にはなりたくないんだが」

「息子にご飯を作るのがそんなにおかしい? お父さんって呼んでよ」

「はは。気色悪いな、あんた。いただきます」


俺があの頃、龍さんが何より大切な人を亡くしたばかりで、政府内の地位も定まらず、薄給で暮らしていたことに気付いたのは、それからしばらく経ってのことだった。どいつもこいつも自分の身を顧みないからいやになる、と零したら、それはお前でしょうと通りがかった雪白に突っ込まれて。俺は屋根の上で、少し赤い空を見上げていた。


「吸ってないし飲んでないぜ」

「茜くん」


心配そうにこちらを覗き込む顔もずいぶん老け込んだ。今の平均寿命が四十五だったか。龍さんは今三十五歳か? いつまでこうしていられるのだろう。

俺がぶん投げた『それ』を、龍さんは受け止めた。紫陽花型のピアス。古物屋で売っていたものだ。


「今日父の日なんだってな。……いつもありがとう」


俺は笑う。感謝が伝わるように。愛が伝わるように。


「茜くん……」


寝床をもらった。美味しい食事をいつも振舞ってくれる。闘い方を教えてくれた。居場所をくれた。出会いをくれた。愛をくれた。


「十年分には安いが、ぶっ」


気がつけばがっしりした体に抱きしめられていた。


「ありがとうありがとうありがとう! 毎日着ける! お守りにするよ、茜くん。君の父親になれて嬉しい!」

「そーかい、そりゃよかった。親父」


そう言うと、龍さんは目を潤ませてさらに抱きついてくる。俺たちはそのまま、今までの思い出について語らった。……そろそろか?


「寒いな」

「あっ、そうだよね。戻ろう茜くん……なんだかいい匂いしない?」

「なんだろうなあ」


あんたに感謝している人間は俺だけじゃないってことさ、みんなのお父さん。

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茜に揺れる_番外 一匹羊。 @ippikihitsuji

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