エピローグ

 悠太たちは、すぐさま少年編成隊ごと地球へ送り返された。

 突然起きた激しい揺れの原因、ここの最高責任者が倒れ込んで動かない理由、突然中止された地球への奇襲作戦など、月面の関係者は立て続けに起こった原因不明の出来事に大混乱に陥った。

 しかし、混乱がピークを過ぎた頃になると、内情を詳しく知る者の一部が、大まかに起こった出来事を察し始めた。研究者たちは、ここで起こった不祥事の隠蔽に頭を悩ませることになった。

 悠太を含む少年編成隊は、今回の事態と直接的に関係が無いという判断が下され、早々と地球に戻された。万梨阿についても、いくらか取り調べが行われた後、地球へ送還された。

しかし上官と河上は、今回の事件の一部に関わっていたため、すぐには解放してもらえなかった。

 日本の発射基地に戻るとすぐ、面会謝絶状態のまま、OISDの留置所に送られることになった。万梨阿も、元いた病院に強制的に送還され、一週間は面会謝絶状態になった。

 高杉については、悠太はその後の事情を知らない。その日からテレビや国会中継等で彼を見かけることは無くなった。

 彼が、有権者へ向けた謝罪VTRが流され、自分は政界を去らなくてはならないことが伝えられたため、生きてはいるみたいだ。

 悠太が地下へ潜った際、なぜ高杉が待ち伏せしていたのかははっきりしない。しかし彼は猜疑心の塊で、要職のポストを身内や部下で固めるくせがあったようだ。おそらく月でも、究極的には血の繋がった一部の人間しか信じていなかったのかもしれない。

 月で今回計画されたことは、地球にはほとんど証拠が残されていなかったようだ。

メディアでも大きく報道されることはなかった。それよりも、月へ新たな資源を開発する計画が、当面中止されるという報道が新聞の一面に載った。

 こうして、悠太たちは、半ば強制的に元の日常に戻ることとなった。


 それから三か月後、悠太は万梨阿、小林と病院近くの川原に座っていた。

「ねえ、悠太。いつから粘土細工なんて始めたの?」

「月にいる時、気づいたんだ。僕は、実は粘土細工の才能があるかもしれないって」

「そうなの。

 それで、今は何を作っているの?」

「今流行りの美少女ヒロインだ。部屋に飾るんだ。

 この、太ももの絶妙な曲線がなかなか表現できな、あっ!」

 悠太が棒状の粘土を捻じりながら喋っている途中、万梨阿が横から揺さぶりをかけた。

「万梨阿、何するんだよ!」

 万梨阿は、ぷいっと横を向いた。

「小宮山さん、女の子がいる隣で、そういう際どいのを作るのはどうかと思います」

「でも、学校の美術室で作っている時は別になんとも言われないよ」

「想像するだけで、周囲の視線が痛々しいです。小宮山さん、それで学校に友達は出来たんですか?」

「・・・その話は、しないでくれ」

 悠太の胸がチクチク痛んだ。

 悠太が通うことになった高校は、普通科しかなかった。美術を専門的に勉強している者などいなくて、最近の悠太の話し相手はほとんど美術の先生だけだ。

 前途は多難だった。月でなくとも、生きていくのは大変らしい。

月に行く前は、進路は美術を専攻できるところだけしか考えていなかった。しかし、今は、もしかしたら自分は、自分のデザインしたもので人に喜んでもらいたいのかな、と思うようになっていた。ものづくりなら、美術だけを勉強するわけにはいかない。

自分の心境の変化は視野が広がったからなのか妥協したからなのか、今の悠太には分からない。

 万梨阿は、地球に戻ってから、あの特殊な能力がぱたりと使えなくなった。

 うすうす気づいていたことだが、あれは月面の、星屑に囲まれた環境でしか使えないものらしかった。

 地球に戻った万梨阿は、相変わらず足の筋肉が弱く歩けない。

しかし月にいた頃よりは元気そうだ。特殊な力は、維持するだけでもものすごく体力を消耗するらしい。

 小林は、偶然にも通い始めた高校が近所だった。悠太は学校に友達がいないから、万梨阿も含めて時折遊んだりしている。

 月から帰ってきたその日、上官の姉のリカから連絡先を聞かれた。リカもたまに近況報告をくれる。悠太は、メールの差出人の名前を見て、最初誰の名前なのか分からなかった。

 上官は、しばらく刑務所で拘留されることになったらしい。しかし取り調べを受けて一週間程度で釈放された。

 リカは、水商売から足を洗ったらしい。上官も大学院を退学してしまった。二人とも元いた世界を出てしまったわけだが、以前より明るく暮らしているという。

今は、都内のアパートを借りて姉弟で生活している。近いうちに彼らの父親のところに面会に行き、真剣に話し合いをするという。

 詳しくは言わなかったが、上官たちの親子関係もかなりぎくしゃくしているようだ。

 悠太は、自分と未だそりの合わない自分の父親の顔を思い浮かべながら、「どこも同じだな」と苦笑した。

 小林は、月の資源開発が無期延期となり、月面へ行った特権が帳消しにされたことにひどく失望していた。

 しばらくして気を取り直したのか、書店で見つけたらしい株式投資の本を片手に、スマホを日に何度も確認している。彼は彼で、進学してまともに就職する気配は感じられなかった。

 空気を得る手段が無くなってしまい、月での資源開発は無期限延期がOISDにより公式に発表された。今は、月面には今回建てられた建物がそのまま残されているだけだ。

 悠太は、人類はまた近い将来、別の手段で月へ行こうとするんだろうな、と感じていた。資源や環境問題のためではなく、人類は月に帰りたがっているような気すらする。

月の地下に広がっていた近代式のトロッコや坑道は、ずっと以前に誰かが掘ったものではないだろうか。そう考えなければ、説明のつかないことがたくさんある。

 その日が来れば、月と万梨阿の関係も、もう少し明らかになるかもしれない。その日が近いだろうと思いながらも、悠太は今日も地球の片隅で絵を描いていた。

























































































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星屑ひろいの少年 @tomoyasu1994

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