第36章 河上との決着

「じゃあ、僕を思い切り強化してくれ。ここで、面倒なしがらみは、全部片付けて地上へ行こう!」

 悠太はそう言うと、大きく腰を落として駆け出す姿勢を取った。

「『プライム』!」

 「加速」が始まる時の、金属を打ち鳴らしたようなカーンという音が響いた。

 悠太以外の時間の流れが、急激に緩やかになった。

「『ダブル・プライム』、『トリプル・プライム』!『スクエア・プライム』!…」

 万梨阿は、なおも悠太に「加速」を掛け続けた。時間はどんどんゆっくりとなり、最後には悠太と万梨阿以外のすべてが静止した。

 音すらしない、絵画のような世界が広がった。

「行くぞ、河上!」

 悠太は、万梨阿の能力について行けなくなった河上に向け走り出した。彼の顎に向けて、思い切り拳を突き出した。

「悠太、行くわ!」

 次の瞬間、時間が元に戻った。

 悠太の拳が、加速したジェット機のような速度で河上の顔面を打ち抜いた。

悠太の四倍以上の速度で殴られた河上は、「ぶふっ!」と声にならない音を出した。後ろに吹き飛んで地面を回転し、壁に激突してやっと止まった。


 悠太の身体も、止まりきれず、前のめりに地上を何回転も転がていく。

「いっっっっっでええ!」

 悠太は殴った拳を抱えて、地面を無様にのた打ち回った。指の骨が衝撃で何本か折れたようだ。手首から先が動かなくなっている。

 河上も動かなくなり、事態は一時収束した。

 結局、小林が河上を上へ連れて行くことになった。小林は、しぶしぶと言った表情をしたが、悠太に殴られた河上の顔右半分を見て、ぎょっとした。

「大丈夫、私が地上で修復する」

 万梨阿がそう言った。

 小林は、「仕方ないですね」とわずかに河上に哀れそうな視線を向けると、彼を抱え上げた。

 悠太も、動かない右腕の激痛に耐えながら、なんとか万梨阿に付いていった。

 こうして悠太たちは、なんとか地上に避難した。

 万梨阿は、悠太たちが地上に出たのを確認すると、空間の割れ目を両手で掴んだ。そして、筋トレのように二つの空間をぐぐっと中央に引き寄せた。

 すると、空間の裂け目の青いネットが再びくっつき始め、やがて元に戻るとともに消えてなくなった。

 万梨阿が空間を閉じた直後、地面がものすごい勢いで揺れ始めた。

マグニチュード7はあろうかというすごい揺れに、悠太は立っていられず、地面にへたり込んだ。

 周囲に立っていた建物も、上下に突きあげるように激しく揺れている。

「わわ、大地震ですよ!」

「地下で爆発が起こったんだ!ビルが倒れるぞ!」

 悠太は思わず叫んだ。

 ビルが激しく揺れ、ガラス片が辺りに散らばった。上空の電線が何本も切断され、地面に垂れ下がってきた。

 悠太たちのいる場所のはるか前方、そびえ立つ岩山の頂点から、煙幕と炎が噴き出した。

 しばらくして、揺れは治まった。

 建物のあちこちから人が次々出てくる。彼らは、予期せぬ揺れに驚き、あちこちで号令を掛け合っている。

 やがて、彼らのうちの誰かが、動けなくなっている少年少女たちに気付いた。よく見れば、先程到着したばかりのはずの、ここの最高責任者が警備兵の服装をして気絶している。

 少年編成隊のリーダーであるはずの上官や、白地のワンピースを着た青白い顔の少女もいる。

「き、君たちは何者だ!」

 周囲の大人たちは、二重に混乱した。

 その後、月面は一週間ほど、事態の把握のため混乱状態が続いた。

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