第35章 緊急事態、発生

以前悠太が見た万梨阿より、元気そうである。まだ歩けないようだが、地面に這いながらこちらへ進んでくる。

「万梨阿!」

 悠太は、彼女に駆け寄ると、思わず手を握った。

「よかった、無事だったのか…!」

 悠太は、感無量の気持ちだった。どっと安堵感が胸の底から沸き起こってくる。

「悠太、早くここから逃げないと!」

「え?」

 聞きかえした。よく見れば、悠太とは対照的に、万梨阿は深刻そうな顔をしていた。

「どういうこと?」

「悠太が破壊した結晶体、あれは今、エネルギーが内側に逆流しているの。もうすぐ、超新星爆発を起こして、この辺りをすべて消滅させるわ!」

「え?」

 そんな話は聞いていない、と思った。しかし、質問したい上官は生憎この場にいなかった。

「今すぐ、避難しなくちゃ」

「でも、今から来た道を戻るなんて間に合わなくなるよ」

 悠太は、小林と上官が未だ地下の研究室に取り残されていることを伝えた。

「どうすればいいんだろう?」

「じゃあ、こうするわ」

 万梨阿はそういうと、ふらふらと何とか立ち上がった。そして、右手を突きだして呪文を唱えた。

「『ラウンド』!」

 そう言った瞬間、万梨阿の正面に青いネット上の文様が入った。万梨阿はその一か所に両手を掛け、息を大きく吸った。

「はああ!」

 気合と共に、ネットを左右に大きく引き裂いた。引きちぎられた空間の間から、別の景色が覗いていた。

「こ、小宮山さん!」

 その先に居たのは、研究室にいるはずの上官と小林だった。

「二人とも、急いで!」

「小宮山君、やり遂げたのか」

「はい、なんとか。さっき、高杉さんというおそらくボス的な人に襲われましたが、なんとか気絶させてここへ来ました」

「高杉氏か。この作戦の責任者だぞ!ここへ向け三日前に地球を出発しているから、おそらくここへ到着次第、すぐ地下へやってきたのだろう。

それより、この状況は?」

「結晶体の容器は無事破壊できましたが、万梨阿によれば、結晶体はエネルギーを溜めこんで、大爆発を起こすらしいです。早く、避難しないと」

「そうか。まさか、そんなことになるなんて!」

 上官は、光を増し続ける結晶体を、苦々しい表情で眺めた。上官でも、この状況は予想外だったらしい。

「爆発まで、あとどのくらいだ?」

「えっと、万梨阿、爆発まであとどのくらい?もう、ここに立っているだけでなんだか熱くなってきたんだけど」

「3分、くらい」

 万梨阿が、結晶体を見ながら言った。

「む、そんな短い時間か!私は、高杉さんを回収してくる。すぐそこだろう?」

「は、はい」

「小宮山さん、これはどういう状況でしょう?僕はもう何がなんだか」

 先ほどから思考が追いついていない小林は、半泣き状態になっていた。

「小林、話は後でするから!万梨阿、それで、地上にはどう出ればいいんだ?」

「私がここにもう一つ、穴を開けるわ。でも、爆発と同時に、私の能力の供給源が無くなって、空間が閉じるから、それまでに外に出なくちゃ!」

「そうか、なら早くしよう!」

「そう簡単に地上に出すわけにはいかねえぞ」

 聞き覚えのある声に、悠太と小林の肩がビクリと震えた。

後ろを振り返ると、小林たちと一緒に閉じ込められていた河上が立っていた。河上は、額に青筋を浮かべて、怒りに震えている。

河上は、万梨阿を指さすと、言い放った。

「従兄弟の俺を裏切って、敵に肩入れか!

 お前、ジジイとの約束を破るつもりか!俺たちを新政府のポストに就けてくれる、って言ってたよな?お前は、ジジイを見殺しにして、外の男とくっ付くつもりか!」

 河上は、不愉快そうな顔つきで言い放った。

「えっ、二人は従兄弟だったんですか?」

 小林が、二人の顔をそれぞれ見比べる。二人の顔はあまり似ていないが、祖父譲りの先の赤い団子鼻は共通していた。

「お前ら、絶対に、絶対に許さんぞ!もう少しで、政府の要職について、万梨阿の恩恵に預かって、悠々自適に暮らせると思っていたのによ!

まったく、ああ、人様の人生を滅茶苦茶にしやがってよおおぉぉぉ!」

河上は、そう言うと、腕を捲り上げた。

「特に腹が立つのは、小宮山、お前だ!

たまたま、万梨阿の血に適性があったからって、こうも俺たちを引っ掻き回してくれてよぉ!

 お前は、地下で石と一緒に消し飛んじまえ!!」

「こんな時に!」

 万梨阿が、苦々しく言った。

 上官が高杉を担いで、こちらへ戻ってきた。万梨阿は、それを確認すると、研究室への空間を閉じた。そして、再び「『ラウンド』!」と唱えると、別の空間への入口を作りだした。

「さあ、早く!」

「小宮山、いかせねえぞ!」

 河上は、そう言って悠太の前に立ちふさがった。万梨阿は、河上を止める手段がないため、悔しそうに下唇を噛んだ。

「万梨阿、僕に能力を移したりは出来る?」

「えっ?」

「万梨阿が直接戦えなくても、万梨阿の力を借りられたら、僕でもなんとか出来るはずだ。大丈夫、やれば出来るはずだ」

 悠太はそう言ってなんとか微笑んでみせた。

万梨阿も決心して頷いた。

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